卯月陽菜 下


「桜…噂は本当だったの?」

「本当だと思ったからここへ来たのではないのかい?卯月陽菜」

袴を着た少年が私の呟きに応える。

そして何故か私の名前を彼は知っていた

「どうして私の名前を?」

「些細なことさ気にすることはないよ。そんなことより見たまえ、今宵の桜はよく映える」

少年は大木の桜を見上げる。

私は彼につられて桜を見上げた。

本当に美しかった。

夢でも見ているかのようで現実味が薄い。

「噂を聞いてただ桜が見たいというだけの願いでここへたどり着く酔狂な人も居るくらいだ。君は運が良いよ」

「噂…そうだ、噂!」

私は噂と聞いて本来の目的を思い出す。

「願いがあるのだろう?どうやらただ桜を見に来た酔狂な者ではないらしい。話してごらん」

「…会いたい人が居るんです…幼馴染みの男の子に会いたいんです。」

私の願いを伝えると少年はフムと顎に手をあて考える仕草をする。

「…君の幼馴染み、如月慧か…彼は随分と遠い所へ行ってしまったんだね」

少年が慧の名字まで当てる。

「貴方…なんなの?本当に人間?」

「…?…ッハ、アハハハハハッ!!」

私の疑問に一度不思議そうに首をかしげると急に笑いだす。

「面白いことを聞くんだね君は。考えてもみなよ、ここはどんな場所なんだい?普通ならここは存在しない場所だよ?こんな季節外れの綺麗な桜ですら咲いている場所だ。こんなところに居る僕が本当に人間だと思ってるのかい?」

彼に言われて私は余計に困惑する。

「人じゃないの?」

私の問いかけに少年はため息を吐く。

「そんなことどうでもいいじゃないか、それよりも君の願いだ。君は幼馴染みと会いたい。それが願いなのだろう?」

「…うん。会って謝りたい…叶えてくれるの?」

「良いよ、叶えるのは桜だけどね。ただ一つ聞かせてくれないか?謝った後はどうしたいんだい?」

謝った後…?

私はどうしたい?

そんなの一つしかない。

「また…一緒に居たいよ…」

私は涙が溢れるのがわかった。

私に泣く資格なんて無いのに涙が溢れてくる。

泣いているところをみられたくなくてうつ向くけど嗚咽は抑えられない。

「…そうか、いっしょに居たいんだね。ならその願いも叶えよう…さぁ、桜に願って」

少年は優しく肩に手を置いて桜の前へと優しく促してくれる。

「君はここに来た時点で桜に願いを叶えてもらう資格を得ていた。しかし一度叶えてしまうともう二度と桜に願いを叶えてもらうことは出来ない。それでもその願いで良いのかい?」

少年は私の目を見て聞いてくる。

しかし私の答えは決まっていた。

「大丈夫…私の願いは一つだから」

「…さぁ、願って」

私は促されるままに願う。

『慧と…会わせて!お願い!!』

私が願った時、桜が淡い光を発する。

そして暖かな光が一帯を包んで元に戻る。

「君の願いは叶えられた。けど今日はもう遅い。一度家に帰るんだ。」

「家に帰れば会えるの?」

「いくら桜の力でもすぐに会えるわけないだろう?大丈夫、明日には会えるから…気を付けて帰るんだよ」

そう言われて私は来た道を戻る。

以外とあっさりしていたなと思った。

鳥居の前まで来て振り返ると少年がこちらをみていて振り向いた私に気付くと手を振っていた。

私は階段を降りていき、最後の階段を降りるとあの社の裏に戻ってきていて、後ろを振り向くが雑木林があるだけだった。

あれは夢だったのか?

そう思ったとき私の髪から何かが落ちる。

それは桜の花びらだった。

「…夢じゃ、ない」

私は嬉しくなって走って家へ帰り、机の上に桜の花弁を置いてベッドに入り眠りについた。


そして次の日、私は机の上に置いていた桜の花弁を確認して夢ではなかったことを再確認し、何時ものように登校して普通に授業を受ける。

急に元気になった私に友達は戸惑っていたけど私は適当に誤魔化して帰路につく。

夕方の道。

私は慧の家へと続く道を歩く。

心なしか足取りが軽いのは仕方ない。

何故かわからないが、慧の家に行けば会えると感じている。

近づけば近づくほど自然と足が早くなっていく。

慧の家が見える頃には既に走っていた。

そして慧の家の前に着く。

私はインターホンを鳴らした。

トタトタと家の中から廊下を歩いてくる音が聞こえた。

いる…いるんだ!慧が!!

ガチャっと扉が開く。

「慧!!」

私は嬉しくて手を伸ばす。

「…っあ」

しかしそこにいたのは血まみれのナニかだった。

「っ!ヒッ!!」

私は後ろに尻餅を着く。

「ヴ…ア"ァァァ」

唸り声の様な声に私は怖気が走る。

ゆっくりと近づいてくるナニかに私は全力で走って逃げた。

「イヤ!いやぁ!!」

私は走る。

何度か振り返るけどソレは一定の距離から離れない。

私は走る。

後ろを確認しながら。

そしてまえを見た瞬間。

「ア"ァァァ」

「ヒッ!!」

そのナニかが前にいて私は再び後ろに尻餅を着く。

するとそのナニかを横からトラックがはねた。

気付けばそこは信号が赤の横断歩道のまえで、目の前をトラックが過ぎていったのだ。

もし私の前にナニかが現れなかったら…そう思うとゾッとし、道路を見る。

しかしそこには何も無かった。

「ヒ…ナ"ァァァ」

すぐ後ろから低い声が聞こえる。

後ろに居る!!

私はまた恐怖に背筋が凍る。

「ッ!!」

私は走る。

気付けばあの神社の階段を走っていた。

そして社の後ろをまわる。

そこには雑木林ではなく階段が続いていた。

私はその階段を登る。

そして鳥居を越えたとき桜が広がっていた。

「やぁ、また会ったね」

昨日の夜に会った少年が桜と共に微笑んで私を迎えた。

「ハッハッハッ…嘘つき!!慧に…慧に会わせてくれるって!!」

「急に現れたと思ったら嘘つき呼ばわりとは…君の願いは叶ったじゃないか」

「なにを!?」

「ヴ…ナ"ァァァ」

「ヒッ!!」

後ろからまたあのうめき声に私は体を震わす。

「クッハハハ!これが黄泉の国より戻りし姿か…しかし醜いな…まぁイザナミの様にウジが沸いてないだけましだろう…なら君はイザナギと言った所かな?性別が逆ではあるが…」

急に端正な顔を狂った様に歪め嗤う少年に私は恐怖を覚える。

「なにを…言ってるの…?」

「まだわからないのかい?」

少年はいやらしい笑みを浮かべながら私を見る。

「君が願ったんだよ?死人の幼馴染みに会いたいと…」

「死人!?」

「そう…彼は死んだんだよ…乗っていた車が土砂に潰されてね…嗚呼!なんと悲劇的なことか…」

わざとらしい仕草で演劇でもしているかのように手を振る。

「そんな!?…まさか…あんたが!!」

「勘違いしないでくれ、君が願うときには既に死んでいたよ!だから言っただろう…随分と遠い所へ行ってしまったんだね…と」

「!?…知っていて…こんな!!」

「何故僕を睨む?君が望んで願った…それを桜が叶えた…それだけの事だ喜ぶがいい…後は謝ればずっと一緒にいれる…」

私と同じ背丈の少年は耳元でささやく。

「嬉しくないのかい?ずっと一緒に居れるんだよ?」

ずっと一緒に…?

この変わり果てた慧と…

凍りついた私の顔を見た少年は顔を醜悪に歪める。

「嫌かい?…なら拒絶すればいい…君の願いは彼に会って謝り、ずっと一緒に居ること…なら謝らずにそのまま拒絶すればいい。そうすればずっと一緒に居るという願いは叶えられない…さぁ望め、愚かな人の子よ自分の醜さを理解し、死ぬまで虚栄だけの良心に苛まれるがいい…クククッ」

笑い声が抑えられない様に漏れていた。

その目は冷たく嘲りを含んだ切れ長の目だった。

私はソレを見る。

やはり直視するのは生理的な嫌悪感を感じてしまう…




私は…

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