桜が届ける願い
暁真夜
卯月陽菜 上
私達の学校ではある噂が流行っていた。
それはとある神社の裏へ行くと何も無い雑木林のはずが、希に階段が現れてそこを上っていくと季節に関係ない桜を見ることが出来るという噂だった。
しかもただの桜ではない。
その桜の前には神主さんのような服装の少年がいて、その少年が願い事を叶えてくれるというのだ。
所詮は荒唐無稽な噂でしかない。
しかしやけに具体的なのである。
そしてその桜を見たという人も何人かいるらしい。
ただそれが嘘なのかどうかはわからない。
一種の都市伝説で、あくまで噂でしかない。
私は普通ならそんなもの笑って信じなかっただろう。
しかし私には叶えて欲しい願いがあった。
喧嘩別れした幼馴染み…彼に会いたい。
彼が引っ越すことをしらず、彼は伝えようとしていたのに私は当時素直になれずに彼を避けていた。
家族ぐるみで付き合いがあったので私は両親に彼の引っ越し先を聞いたが両親は私に教えてはくれなかった。
どうやら私が彼を避けていたのも知っていたらしい。
私は後悔した。
人は当たり前だと思うことがある。
あれを持っているのは当たり前、友達といつもいるのは当たり前…彼がずっとそばにいてくれるのは当たり前。
そして気付くのはいつも全て失った後なのだ。
当たり前なんて無い。
ずっとなんてあるわけない。
そしてそれは事故的なものもあれば自業自得なこともある。
私は後者だ。
あの時を思い出す。
彼は引っ込み思案な私と違って人気者だった。
彼と違うクラスになってクラスで孤立しかけていた私に優しく話しかけてくれてグループに入れてくれた女子生徒がいた。
彼を介さずに誰かと仲良くなるのは初めてで嬉しかった。
そしてそれから友達と呼べる人が増えていって私は彼がいなくてもちゃんと馴染めると勘違いしてしまった。
そんなわけ無いのに…
そして別のクラスになっても世話を焼いてくれる彼に私は酷いことを言った。
「いい加減にしてよ!!私はいつまでも慧(けい)に頼ってるばかりじゃないの!慧は私を見下してるんでしょ!自分がいなきゃなにも出来ないんだって」
「ち、違う!!そんなこと!」
「ならもう放っておいてよ!!」
「陽菜!!(ひな)」
私は慧に酷いことを言うだけ言ってその場を走って離れた。
呼び止める慧も追っては来なかった。
この時の私はこれが最後の慧との会話になるとは思ってなかった。
そして私は大切な彼を失ったことに気付かない。
何度か謝ろうと思ってクラスへ見に行っても酷いことを言った日から彼の姿を見かけなかった。
そして彼からのLINEが届く。
『ごめん さよなら』
その一言だった。
私は訳がわからなくて何故か凄く嫌な感じがしてLINEでメッセージを送る。
しかし帰ってくることはなく、既読がつくことも無かった。
電話をしても繋がらず、電源が入ってないようだった。
そして両親に問い詰めて慧が引っ越ししたことを知った。
それから私は部屋に閉じ籠って学校も休んだ。
全てが無気力だった。
ただ謝りたくて何度も送ったメッセージと着信履歴をずっと眺めてベッドに寝転ぶだけの無駄な日々を過ごした。
そして私は桜の噂を思い出す。
桜に願えば彼と会える。
噂だとしても彼に会うにはそれしかない。
試すだけなら…
そう思った私はベッドから起き上がる。
時間は深夜の1時39分。
朝の早い両親は寝ている時間だ。
私は物音をたてないように家から出る。
噂の神社は歩いて15分程のところにある。
桜の下にたどり着く条件はわからない。
いや、確か聞いたことがあった。
それは叶えて欲しい願い事をひたすら念じて神社の階段を上って社の裏へ回ると本来は無い階段が現れているらしい。
私は早歩きで神社へ向かい、階段の前にたどり着く。
「私の願いはただ一つ」
心の中でただ慧に会いたいと念じて階段を上っていく。
そして神社の境内に入り社へと向かう。
その間もひたすら心の中で慧に会いたいと念じ続けてとうとう社へとたどり着く。
社を見たときに胸が苦しいほどに高鳴る。
所詮は噂だと切り捨ててきた桜に私は今願いを叶えて貰おうとしている。
酷く滑稽に思えた。
それでもすがるしかなかった。
後ろへ回り込もうとすると、
リィィン
鈴の音がした気がした。
しかもそれは周りから聞こえたものではなく、自分の中から聞こえた気がした。
「…気のせい?」
一度立ち止まって周りに耳をすませるがなにも聞こえない。
私は空耳だと思い歩みを進めた。
「お願い…私を桜のもとへ連れていって」
気付けばそんなことを呟いていてとうとう裏へ回り込む。
「っ!…」
しかし、当然とでも言うべきかそこには雑木林があるだけだった。
「…ハハッ…そうだよね、当たり前だよ。所詮は噂。あてにすること事態間違いなんだ」
全身から力が抜けてその場で座り込んでしまう。
「私の自業自得だもん…ね」
うつ向いて目にうつる地面は濡れていた。
それは私の涙だった。
私が泣くのは間違っている。
私に泣く資格はない。
けど…
「もう、会えないのかなぁ…」
そう思うと余計に涙が溢れるだけ。
「会いたいよ…慧…」
リィィン
私が呟いたとき前からさっき聞いた鈴音が聞こえた。
私は顔を上げるとそこには両端に灯籠がいくつも上へ並んでいる階段があった。
「…ぇ」
私は呆気に取られるが無意識に立ち上がってその階段を上って行く。
一番上には鳥居があった。
とても遠く思えたが気付けば階段の一番上へとたどり着いていた。
「今日は良い夜だ、実に良い。さて、こんな良い夜に君は何の用だい?」
鳥居を潜った先はとても幻想的だった。
石畳が橋のように前へ広がっており、その両サイド満開の桜が咲き誇っており、舞散る花びらが私の頬を撫でた。
そして石畳の先には周りの桜よりもひときわ大きく、美しく咲き誇っている桜の大木があった。
その大木の前には神職の人が着るような袴を着た少年がいた。
その顔は凄く整っていて、背景の桜が彼をとても引き立てていた。
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