#35 琥珀争奪戦 その2

 病室から出てきたフラウスに事情を聞く。


 真夜中、わたしたちがそれぞれの帰路にばらけ、

 割り振られた泊まる宿に向かう途中、リューナは襲撃されたらしい。


 状態は酷いものだとフラウスは語る。

 しばらくは絶対に安静でなければならず、体を起こすこともできないらしい。


 喋れるようになれたのも、ついさっきのことだ。

 治療が始まって、六時間以上……今はもう、夕方に近い。


「なぜ、リューナが狙われたのでしょうか……、

 私たちの中では、確かに一番、力はないように見えますが、

 あの道に逃げたのを知るのは、私たちだけのはずです。

 狙って、当たる可能性は低いわけですし……、それとも、偶然、なのでしょうか」


「フラウス様。過去を振り返るよりも、これからの対策を」


 フラウスはダガーさんとこれからの予定を話し合っていた。

 その隙に、わたしとサヘラはリューナの病室に忍び込む。

 後ろから、ディーロも着いてきた。


 本当は、面会をしてはいけない状態だが、がまんできなかった。


 病室の扉を開ける。

 瞳を閉じて眠っているリューナが、ベッドで横になっていた。


 全身に包帯が巻かれ、所々が血で滲んでいる。

 顔にできた傷が、痛々しい。

 リューナにこんな怪我を負わせた、ハンターたちが、許せない。


「なに見てるのよ」


 強い言葉だった。

 それが強がりなのだと、すぐに分かった。

 わたしたちを心配させまいと、気力を振り絞ってなんとか出した声。

 その声に、わたしはじゅうぶん、救われた。


「りゅ、リューナぁああああっ!」


「ちょ、泣くな。泣かせないために、なんともないような声を出したのに……。

 人の努力を無駄にしちゃって、さ……。ねえ、タルト。あたしのこと、心配してくれたの?」


「当たり前じゃん! リューナは、友達なんだから!」


「そっか……その友達が、あたしは、ずっと、ずっと、欲しかった。

 あたしの言葉遣いって、強いでしょ? 嫌いになるでしょ? 嫌な奴だって、思うでしょ?」


 わたしは首を振る。

 しかしリューナは、

「普通は嫌がるのよ」と否定をした。


「あんたが特別な感性をしているのよ。

 ……あたしが、強い言葉を使うのは、さ。本音でぶつかりたかったんだよね。

 腹が立てば、本性が出る。本性は、本音でしょ。

 本音同士がぶつかり合えば、誰よりも理解し合って、仲良くなれるって、思っていたんだけど。

 あんまり、そういう人はいないんだね。

 結局、あたしを信用して、友達と呼んでくれたのは、

 なんでも許容してくれるフラウスと、あたしを最初から好いてくれている、タルトだけよ。

 サヘラは未だにあたしを警戒しているし。

 いや、タルトが取られて、嫉妬しているのかしら。

 サヘラとも、いつかは、本音でぶつかり合いたいものね――、あたしは、タルトを信じてる。だから、伝えることがあるの」


 耳を貸しなさい、と言われ、わたしは耳を近づける。


 伝えられたその内容を、わたしはどう扱えばいいのか、分からなかった。


「リューナ、それって……」


「いい? それは、あたしとあんたとの、約束よ。

 サヘラ、ディーロ。あんたたちは、詮索するんじゃないわよ。

 これは女の友情なんだから。妹だから、サヘラもダメだからね」


 リューナは、疲れた、と瞳を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。

 疲れていたところを、わざわざ、わたしたちのために、頑張って話してくれたのだろう。

 すると、見回っていた看護師さんに見つかり、怒られたわたしたちは病室の外に追い出される。


 相談していたフラウスとダガーさんにも怒られたのだが、わたしは、正直、全てが上の空だった。

 ずっと、リューナから受け取った言葉を繰り返していた。


『――あたしたちのチームに、裏切り者がいる』



 リューナが襲撃されたということは、つまり、残りはわたし、サヘラ、ディーロ、ダガーさんだ。

 それぞれの帰路に着いた時、リューナのように襲撃されても、琥珀が奪われる心配はないと言える。

 そのため、琥珀を守るやり方を変えることはなかった。


 結果を言えば、翌日になると、琥珀は二つ、奪われていた。


 ディーロは無傷だったが、心に傷を負い、ダガーさんは、自害をしていた。


 残ったわたしたちの中に裏切り者がいるとは思えないので、リューナとの秘密だったが、仕方なくディーロには明かすことにした。

 それに伴い、フラウスとサヘラも同時に知ることになる。


 ディーロは、自分は裏切り者ではない、と語った。

 ディーロが無傷なのは、ディーロの戦闘能力を恐れた相手が、人質を取ったからだった。


 ディーロが今、お世話になっている家の女の子で、ディーロと仲が良かった。

 ディーロ自身、誰にも言っておらず、隠していた事実だったが、なぜかハンターたちは知っていた。


 ハンターたちは女の子を拉致し、琥珀と交換だ、とディーロを脅す。

 その女の子は既に酷い目に遭わされており、痛々しい傷が目立っていた。


 琥珀を渡すことで、女の子を救うことができたが、

 女の子からディーロに向ける視線に、恐怖が混ざるようになったらしい。


 ディーロが亜人だと、受け入れていた女の子だったが、

 しかし、ディーロがいることにより、今回のような事件に巻き込まれる可能性があると考えたら……、

 女の子でも、受け入れられなくなってしまった。


 今回の件が、女の子にとって、トラウマになってしまったのだ。


 だとすると、裏切り者はダガーさんになる。

 自害、というのは不可解だが、

 役目を終えたダガーさんを、ハンターたちが殺したと思えば、線は繋がる気がする。


 ダガーさんがハンターたちに協力する意図は、まったく見えなかったが。


「いえ、ダガーは、人の役に立たなければならない、という病的な使命を持っています。

 それは、頼まれたら断れないという意味です。

 何度か見ませんでしたか? 頼まれたらどんなに忙しくても断れない、ダガーの姿を」


 思い返せば、そんな光景も、見たような気がする。

 良い人で、頼りになるなあ、と、わたしも憧れた部分があった。

 あんな風に頼られるような、人気者になりたい、と。


「頼まれたら断れない、しかしそれは、相手のお願いが『悪』であっても、例外なく聞いてしまうのです。

 今回の裏切りの件も頼まれたから裏切った、と言われれば、私も納得できます。ダガーなら、絶対にやります」


「じゃあ、自害は……」

「同じですよ。自害をしてくれと頼まれれば、彼は自害します。そういう男です」


 人が良すぎるからこそ――悲惨な末路を迎えた。


 しかし、人が良いように見えて、逆に、悪いのではないかと、思えてきた。


 頼まれごとを上書きされれば、過去のものは、切り捨てるという意味でもある。


 実際、フラウスの頼みを、ダガーさんは切り捨てたのだから。


「善も悪も、境界線など、曖昧ですよ。

 タイミングや誰に対する行動なのかによって、姿形は簡単に変わります。

 良かれと思ってやったことが、結果的に誰かを色々な意味で、殺す事になってしまった――、

 じゅうぶんにあり得る話です。善も悪も、変わりません」


 表裏一体なのです、と、フラウスは言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る