#28 古書の姫

 宝石のように輝いて見える、真っ白な肌を持つきれいなお姉さんは、『フラウス』と名前を名乗った。

 彼女を介抱していたサヘラは、その名を知っていたのか、驚き、放心状態になっていた。


 ちなみにわたしはその名前を聞いても、まったく分からなかった。

 サヘラが言ってくれなければ、わたしは自力では気づけなかっただろう。

 外の世界に行きたいと言う割りに、わたしは外の世界のことを知らな過ぎる。

 サヘラに呆れられるのも無理はない。


「……この古書の国の、お姫様だよ……。

 今は王女、ですよね……」


「ええ、そうです。お姫様であり、王女です。

 とは言いましても、いない席を埋めている、形式上の繰り上がりというだけですよ。

 国を統治する王は、きちんといます」


 細かい違いだが、国を統治するのが、王か、王女であり、

 お姫様は、王の娘を意味するものであって、国を統治する立場にはないらしい。


 フラウスは王女であるが、それは形式に則っているだけであり、お姫様としての立場の方が強い。

 そのため、国を統治するための助言はできるが、最終的な決定権は、王にしかないと説明してくれた。


「ふーん」

「ふふっ、難しいでしょうか?」


 さすがに私でも、今の説明で理解できる。

 微笑むフラウスは、楽しそうだった。


「楽しそうにして、良いことでもあったの? フラウス」

「タルト姉! フラウス様は、お姫様なんだから――」


「いいのですよ、サヘラ。

 タルトのこの反応が、私は嬉しいのです」


 少しだけ切れていた額には、髪に被せて見えないよう、包帯を貼っておいた。

 そのサヘラの手際に、フラウスも感心している。

 ありがとうございます、とお礼を言い、フラウスがわたしを見る。


「お姫様、王女様、私を知れば大きな態度を取っていたどんな者も、すぐに私を敬ってしまいますから。

 ぐっと、距離が離れてしまうのですよ。

 ですから、こうして友人のように、馴れ馴れしく話してくれるタルトが、珍しくて、嬉しくて……楽しいのです」


「フラウスは、友達がいないの?」

「タルト姉!? 馴れ馴れしいというか、それはもう失礼だよ!」


 サヘラが怒っているのか、わたしの無礼に怯えているのか、分からない表情をしていると、

 フラウスはぷっ、と吹き出した。

 どうやら、フラウス的には、今の発言は失礼にはあたらないらしい。


「王族に向けて今の発言は、打ち首ものでしょうけれど、構いませんよ」


 さらりと打ち首と言われると、背筋が寒くなる。

 相手がフラウスで良かった……。


「――いますよ、私にも、友達が」


 しかし、語るその表情は、明るくなかった。

 会いたいけど、会えない、そんな表情だ。


「私にとっては、その友人との関係には、大きな障害があるのです」


 だから、戦わなくてはなりません、と、フラウスは決意を込めて言う。


「この国と――世界と」


「世界、と……?」


「ええ。この国では、亜人と人間には大きな確執があります。

 私が説いたところで、誰もが納得できないような、大きな溝ができてしまっているのです。

 そしてそれは序章に過ぎません。世界全体を見れば、亜人の行き場が圧倒的に少ないのが、よく分かります」


 ロワお姉ちゃんが、外の世界を知り、わたしたちに『人間は危険な存在』だと教えるほどなのだから、

 亜人たちが世界の人間から追いやられているのは、なんとなく分かる。


 行き場がない、というのは言い過ぎにしても……、

 わたしたちだって、森林街を含めた竜の国に居場所があるのだ。


 人間は一人もいないが、だからこそ、亜人たちにとっては住みやすい場所になっている。


 あの……っ、とサヘラが手を挙げた。

 フラウスが、はい、と促す。

 まるで、先生と生徒のように見えた。

 サヘラはわたしにみたいに、フラウスを友人として見ることは、まだできていないらしい。


「本で読んだ、だけですけど……、この世界にも、亜人の居場所は、あるのでは……?」


 亜人がほとんどの割合を占める国もあるのだと、サヘラは本で知ったらしい。


 フラウスが思っているよりは、亜人の待遇も悪くないのではないか、と思う。


 わざわざ、フラウスが世界と戦わなくとも、次第に改善されていくのではないか。


「そうですね。その可能性もあります。私たちが、生きている内に改善をすれば、良いのですが……。

 サヘラが言う、亜人の国にも、人間はいます。

 ですが、亜人と仲良くする人間は、決まって、周りの人間から奇異の目線を向けられます。

 ……二人のような、見た目が人間に寄っている場合は、そうでもないのですが、

 やはりさっきの方のような、獣に見た目が寄ってしまっていると、万人から理解を得るのは難しいのです」


 亜人の国は、だからこそ、『ほとんど』が、亜人なのだ。


 亜人と共に傷つけられる覚悟を持った者しか、傍にはいられない。


「亜人の方にとっては、住みにくい世界です……」


 そこでわたしは、ふと思う。

 フラウスがこんな話をし出したのは、フラウスが大切に思っている、友達について、語ろうとしているからなのではないか、と。


「フラウスの、友達って――亜人なの?」

「ええ、そうです。ですから、わたしは――この世界を、変えたいのです」


 人間と、亜人が、対等に過ごせる世界を作るために。


 誰もが人間と亜人の交流を、当たり前なのだと思えるような環境にするために。


「まずは、この国から変えていかないといけませんね」


「大仰なことを言っているけどさ、フラウス……、

 結局、その友達一人のためなんだよね」


 世界を変える、差別のない平等な世界を目指す――、

 でも結局、フラウスとその友達が、一緒にいても誰からも文句を言われないようにしたいだけなのだろう。


 フラウスは、くすっと笑う。

 見抜かれましたか、と目を細めた。


 まったく嫌にならない、小悪魔のような、ちょっと悪い顔だった。


「大きなことを言っても、ようは個人的な小さな願いなのですよ。

 タルトは、そんな私を、軽蔑しますか?」


「しないよ。人間らしいなって思う。

 だって、自分のためや大切な一人のため……その方が、頑張れるって感じがするでしょ?」


「では、タルトは、どんな願いのために、旅をしているのですか?」


「願い……。これと言って、一つに絞れているわけじゃないよ。

 色々なことをしたくて、色々なものを見たくて。

 旅をしたい、というのが、願いなのかなあ。無理やり一つにすれば、わたしのために、旅をしている――」


「私は、タルト姉が心配で、一緒に旅をしています」


「タルトは自分のため、サヘラは、タルトのため……、

 そうですよね、大きな目的を掲げても、元々は小さな願いですものね」


「願いに小さい大きいはないよ。そんなの、他人から見た勝手な偏見だもん。

 自分の願いの想いの大きさは、その人にしか分からない。

 だから、大きいか小さいかは、願いではなくて、想いなんだよ」


「……タルトはたまに、驚くようなことを言いますね。

 突飛な発想ではなく、妙に核心を突くような一言を……」


「そのギャップが、タルト姉の魅力です!」

「普段は頭がおかしいみたいな言われ方にも聞こえるけど……」


 相槌のように入ってくるサヘラの緊張も、次第に取れていっているのが分かる。


 それでも、まだフラウスへの敬語は取れないらしい。

 もしかしたら、取らないつもりなのかもしれない。

 サヘラは元々、警戒心が強い方だ。

 身内ならまだしも、外の人を簡単には信用しないだろう。


「大きな目的に、小さな願い、ですか……では、彼女は、どんな願いを……」


 フラウスは、自分自身に問うような呟きを漏らす。

 どんな答えを欲していたのか分からないわたしは、言葉を返すことができなかった。

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