#11 最終試験

「おーおー、派手にやったなあ……」


 破壊された屋敷の一部を見て、怒るのではなく面白がっているのは、テュアお姉ちゃんだった。

 崩れた壁の向こう、庭の整えられた芝生の上に着地をする。

 翼を使って黒煙を頼りに、ここを目指したらしい。


「無事に脱獄できてなによりだ。

 ……サヘラ、か? 四年ぶりに見たら、見違えたなあ。随分と大きくなった」


 サヘラはわたしの背中に、ささっと隠れた。

 瞳だけを覗かせて、テュアお姉ちゃんを警戒している。


「サヘラ、テュアお姉ちゃんだよ。恐くないよー」

「違う。そうじゃなくて、テュア姉様はタルト姉を奪おうとするから、守らなくちゃ」


 わたしの服を強く掴み、ちょっとのことでは離さないように思えた。

 それに、わたしを守るのだとすれば、前に出て盾になるのが普通なのではないか。


「なんだか誤解をされているな……、私はタルトを奪わないよ。『タルト』が、『私を追いかけている』だけだから」


 テュアお姉ちゃんとサヘラの視線が、バチバチとぶつかり合っている気がする。


 挟まれている私は、どうすればいいのだろう……。


「ま、それはともかく。二人目の刺客は私になるんだよ、タルト」


「……え?」


「ん? フルッフが一緒なら、そういう言い方をすると思ったんだが、違ったか? 

 ロワから送られた刺客の一人目がサヘラなら、二人目が私ってわけだ」


 わたしの服を未だに掴んでいる、サヘラを見る。


「うん、一応、刺客ってことで、私はタルト姉の所にきたの」


「でも、さっき、偶然見つけたみたいな反応をしていたのに……」


「あれは……、いざ会ってみたら、どうすればいいのか分からなくて……、思わず偶然を装っちゃっただけなの」


 サヘラは顔を赤くしながら説明をする。


「い、いいから、今はテュア姉様の方に集中して!」


「はーい」

 と返事をして、視線をテュアお姉ちゃんに戻す。


 テュアお姉ちゃんは視線の先で、腰に手を当て仁王立ちをしていた。


「悪いな、タルト。私は今、ロワの陣営にいる。お前の旅を認めるわけにはいかない」

「どうして……、なんでテュアお姉ちゃんが……っ」


 誘ってくれたのは、テュアお姉ちゃんの方なのに。


「事情が変わってな。それに、ロワよりは、説得力があると思うけどな。

 ただ、勘違いするなよ、なにも問答無用でダメと言っているわけじゃない。

 私から見て、お前はまだ旅に出られるような基準に満たしていない……、私が一目見て、そう思っているだけなんだ」


 テュアお姉ちゃんは瞳を鋭くさせた。


「――私に自分を、認めてみせろ」


「テュアお姉ちゃんに、勝てば、いいの……?」


「それができれば文句はないな。けど、さすがにそれは無理だと分かる。

 だから、一分野で私を越えられればいい。

 簡単に言えば、やり方はなんでもいいから、私に一泡吹かせろ、ってことかな。

 やるだろ、タルト。今でも旅に出たいと思っているのなら」


「うん、やる!」


 サヘラの手を解き、わたしは庭に足を踏み入れる。

 にぃ、と笑ったテュアお姉ちゃんが、翼を広げた。

 そして、ふわっと、足が浮く。


 それに着いて行くため、わたしも翼を広げ、はばたかせる。


 サヘラとフルッフお姉ちゃんを置いて、わたしはテュアお姉ちゃんの、最終試験に挑む。



 

 神樹シャンドラの幹の周りを、螺旋のように周回しながら飛ぶ。

 速度を落としてくれたテュアお姉ちゃんのおかげで、並走することができた。


「翼はどんな時にも役に立つ。旅をするならな。

 移動、危険回避、戦いの時だって、翼は常に広げておいた方がいい。

 問題になるのは、体力と魔力だ。タルト、お前はどれくらいの時間、翼を広げていられる?」


 翼を広げるだけで、魔力を使う。

 そこから変身を維持するのにも魔力を消費し続ける。


 翼を動かす筋肉は、体力によって動かすため、長時間飛行するには魔力と体力、どちらも多くなければならない。


 今のところ、万全状態のわたしは体力も魔力も、多分、平均値よりは多いくらいだと思う。

 ただ、よく言われるのは、魔力消費の効率が悪い、らしい。


 そのため、魔力が多くても消費も多いため、人よりも早く底に辿り着くのが早い。

 炎の玉を吐き出したらほとんどの魔力が持っていかれる。


 さっき、一発を放ってしまったため、魔力はほとんど空に近い。

 逆に、体力はあり余っていた。

 今の残り魔力を考えると、飛行できるのは十分にも届かないかもしれない。


「足りないな。連戦した後も数時間は飛んでいられないと、外では通用しないぞ」


 テュアお姉ちゃんが速度を上げる。

 わたしもそれに着いて行く。

 速度を上げるのは魔力ではなく、体力の問題なので、

 ほとんど減っていない体力を使えば、簡単にお姉ちゃんの元へと辿り着けた。


「――フルッフに、なにを言われた?」


 え、と口には出さず、視線を向ける。

 お姉ちゃんの口調は、いつもの冗談のような、明るい感じがしなかった。

 警戒心を隠す気がないのか、ぴりぴりとしている。


「なに、って……なんだろ、言われたことは、たくさんあるよ」


「なんで、フルッフと一緒に行動をしてる? 脱獄した後の、目的は? 

 旅に出るなと言われて、捕まった……、

 脱獄したのなら、お前はすぐに森へ逃げればいいのに、なぜ、屋敷の中にいるんだ? 

 わざわざ、偽物まで囮に使って」


 テュアお姉ちゃんは偽物の存在を知っていた。

 あの偽物に引きつけられたのは、テュアお姉ちゃんの方だったのだ。


 そして、囮の後に部屋から出たわたしたちも見つかって、そこに向かったのが、サヘラだった……。


「フルッフは、お前に『なにを為すべき』と話を持ちかけた?」


「ロワお姉ちゃんを――倒そうって」

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