#10 尻尾と翼

 わたしは思わず、サヘラを押し倒していた。

 フルッフお姉ちゃんは姉妹なのに――、

 どうして、サヘラはそんなにも、家族を敵扱いするのだろう。


「フルッフお姉ちゃんに謝って――謝りなさい、そんな酷いこと、言ったらダメ!」


「お姉さんぶらないでよ! 私を見捨てて、家出をしたくせに! 

 それに今度は、私に相談しないで、しかも報告さえもしないで、旅に出るなんて……、

 もう一生、会えないかもしれないのに、なんでそんな酷いことができるんだ!」


 言葉の強さと共に、ぐぐぐっ、とわたしとサヘラの体が持ち上がった。

 視線が高くなったのは、サヘラが変身させた、尻尾のせいだった。


 サヘラ自身の力は弱くとも、変身したことにより、竜の基本的な力が使えるようになる。

 たとえ尻尾だけであっても、二人分の体を持ち上げることは簡単だ。


 わたしたち、竜の精霊にとって、竜に姿を近づけるこの変身は、戦闘態勢を意味する。


 つまり、言葉だけだったサヘラは、遂に武力を使ってきたことになる。


 尻尾によって支えられている中で、わたしはサヘラと手を組み合わせ、押し合いをする。

 サヘラの尻尾がやがて、折り畳まれるように低くなっていき、もう少しで地面に背中がつく――そのところで、


 わたしの体が思い切り後方へ飛んだ。

 もちろん、手を組み合わせたままのサヘラも一緒だった。


 背中から地面に着地する瞬間、咄嗟に翼を出す。

 落下を止めることはできなかったが、翼をクッションにして、ダメージを軽減させることはできた。


 いくら竜の翼とは言っても、わたしの一部分なので、当然、少しは痛いのだ。


「ほう、バネの要領か。サヘラは尻尾の扱いが得意らしいな」


 なにやら感心しているフルッフお姉ちゃんの姿が見えた。

 しかし、視線を一瞬だけでもはずしたことで、

 わたしに覆いかぶさるサヘラが、不満そうな顔をして頬を膨らませる。


「これだけタルト姉に、私を見せても、まだ他に興味が移るの!?」

「し、仕方ないよ! わたしは見るもの全てが、面白そうに見えるんだから!」


 さっきと怒りの場所が変わったように感じるが、サヘラの剣幕に違いはなかった。

 上から押さえつけられているのを押し返そうとしても、下から上に持ち上げるのは厳しい。


 サヘラは全体重を乗せてわたしを押さえつけている。

 いくら軽いとは言っても、一人分の体重が、腕の力に上乗せされたら、もちろん重い。


 わたしの腕の力では、サヘラを押し返せない。


 ……わたしの、腕、では?


「――あ!」


 わたしは腕を変身させる。

 両腕の肘まで、竜の鱗が現れる。


 指先には鋭い爪。

 力加減を間違えたら、組み合わせたサヘラの手を壊しかねない。

 だから慎重に、押し返す事だけに力を加えると、簡単にサヘラの体が浮いた。


 しかし、サヘラも諦めなかった。

 尻尾だけの扱いならば、サヘラは姉妹の中でも最も上手だと思う。

 尻尾を器用に使って、物を持ったり、リモコンを操作したりもできる。

 サヘラは細かい作業をするのが得意なのだ。


 そんなサヘラがムチのように尻尾を、わたしの腕に当てた。


「いだっ!」


 竜の腕の部分に当たったので、声を上げる程度で済む。

 だが、大したことではないと言って、攻撃自体が許されるわけじゃない。


「サヘラ……?」


 冷静ではなかった。

 いや、ずっと冷静ではないのだが、

 今のサヘラは今までと比べて、なんだかんだと最終的には止まるであろう理性のラインが、切れているように見える。


「タルト姉の目に、止まらない言うのなら――」


 サヘラ自身も、自分がなにをしているのか、分かっていなさそうに、目を回す。


「私は、敵になってもいいから、タルト姉に、ずっとずっと、見られたい!」


 そして、次に放たれた尻尾の勢いは、さっきの倍以上だった。

 もしもその尻尾が当たれば、いくら竜の腕とは言え、今度は無事では済まない。


 ……しょうがないなあ。

 これ以上、意地を張り続けても終わらないだけだった。


 サヘラはわたしのことになると、ムキになるのだから。

 これ以上、可愛い妹を、敵に回したくない。


 わたしは息を吸い込む。

 どうせ加減など、しても関係ないのだから、

 思い切りやろうと思って、わたしは吸った息を勢い良く吐き出した。


 真上に放たれた炎の玉が、天井に触れた瞬間――、大爆発を起こす。


 天井と二階部分の床を吹き飛ばし、上の通路が見える。

 屋敷の壁が破壊され、瓦礫の山が積み上がった。

 黒煙が舞い上がり、すぐにでも誰かが駆けつけてくるだろう大惨事になる。


「――タルト! こんの、馬鹿ッ!」


 フルッフお姉ちゃんは、降り注ぐ瓦礫から、かろうじて逃げ延びていた。


 爆風から守るため、

 爆発と共にサヘラを抱きしめたわたしは、そのまま横に転がり、体勢を逆にした。

 だから今はわたしが上で、サヘラが下になっている。


 サヘラを見下ろす。

 大惨事を見て、冷静さを取り戻したのか、目をぱちくりとさせる。


 冷静になっても、なにが起こったのか、まだ理解はできていないらしい。


「あ……」


 サヘラがわたしの先を見る。

 下にいるサヘラからすれば、天井だ。

 わたしが上を向く前に、わたしの後頭部に、こつんと、握り拳くらいの大きさの瓦礫が当たった。


「あだっ」

 と、当たってからそのまま、サヘラに顔を近づける。


 こつんと、額が当たる。


「――ごめんね、サヘラ」


 先に折れたのは、わたしだ。

 というか、全面的に、わたしが悪い。


 サヘラなら軽いノリで許してくれるかな、と思っていた、わたしの認識の甘さだ。


 心を込めないと、サヘラだって、許してはくれない。


「ごめんなさい」

「……うん、許す。私の方こそ、ごめんなさい」


 互いに、変身がいつの間にか解かれていた。

 爆発の時に思わず解いてしまったのかもしれない。

 サヘラはわたしの腕を優しく擦りながら、


「タルト姉と一緒にいたかったの。ずっと、これからも、一緒に。

 だって、私の中に、タルト姉はずっといた。

 うんと小さい頃から私になんでも教えてくれた。私にとってのヒーローで、憧れだった」


 それは、わたしがテュアお姉ちゃんに抱いていたものと、同じなのだと思う。


「覚えてる? 昔、私のせいで、タルト姉が大怪我をしちゃった時のこと――」


 覚えてるよ。

 でも、それは怪我ではなくて、

 とても不安で、悲しそうな表情を浮かべるサヘラを、よく覚えている。


「それ以来、私はタルト姉を失うことが、怖くなった。

 姉離れできていないって、笑われるかもしれないけど、

 タルト姉が危険な目に遭っているかもしれないと考えると、身が引き裂かれるような思いだった」


 それが一か月も続き、

 そしてこれからも一生続くのかと思うと、サヘラもじっとしてなどいられなかった。

 なにも言わずに立ち去ってしまうわたしをあれだけ怒ったのも、わたしを引き止めるためだった。


 それでも、サヘラ。

 わたしは、旅に出たいのだ。


「タルト姉、お願いだから、私にちゃんと相談をしてよ、連絡をしてよ。じゃないと、心配なんだよ……」


 わたしはサヘラの髪を横に分け、瞳を見る。

 泣き虫サヘラは今も変わっていなかった。


「うん。約束する。わたし、約束は絶対に守るから、安心して」


 たとえ、サヘラがわたしと一緒に旅をしたいのだと思っていても、わたしからは誘わない。

 もしもわたしが誘えば、サヘラは無理やりにでも、わたしに着いて行こうとする。

 サヘラの色々な葛藤を、力づくで横に退かしてしまう。


 あくまでも、サヘラが自分で答えを出し、

 わたしに連れて行ってとお願いしてきたのなら、


 わたしは当然、いいよと答えるつもりだ。


 わたしだって、サヘラと一緒に旅をしたい。


 一緒に旅をすることよりも、

 人に流されやすいサヘラが、自分自身で決めて成長することを、わたしは望む。


 だから、わたしはひたすら待つ。

 いくらサヘラがその目で、一緒に行きたいと訴えていても。


 わたしは、自分からサヘラを誘ったりはしない。



 ― ― ― ―



 ――タルトの桁違いの威力、あれなら、もしかしたら本当に……。


 仲直りをしたタルトとサヘラを遠目に見ながら、フルッフは作戦の成功に期待をする。


 しかし、横槍が入ったことで、その期待も霧のように掴み取れなくなる。


「……ちっ」


 囮にするため、泳がしていた偽物二名が、誰かに倒され、消滅する感覚を得る。


 二名を倒した人物は、こちらに向かってくるだろうと予測し、フルッフは舌打ちをした。

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