10.地球転星という物語
真理と出会った日から一夜が明けて土曜日の今日と明日の日曜日は、その時間の全てを地球転星の熟読に費やそうと決めていた。以前からプリントしてあった地球転星を手に取りペラペラと読み耽りながら、これから自分が体験する事を予想して章子は部屋の窓から澄みきった秋の空を眺めていた。
青い天高くで筋雲が曲線を描いている。
心地いい秋の昼間だった。その秋の光を羨ましそうに見ながら章子はまた膝の上で捲っていたプリント用紙の束に目を戻した。
地球転星。ある小説投稿サイトに投稿されている一つの虚構小説。今、章子が手に持っているのはその三章までだ。地球転星は現在、第三章までが投稿されておりそこでこの物語は完結されたという扱いになっている。
話の出だしとしては現在の状況と同じだ。
ある日、突然日蝕が起きた後の空に巨大惑星が現われて、その日の夕方に学校から帰宅する少女の前に不思議な少女が現われてその惑星へ共に行くという話。
しかし実はこの部分は肝心の序章にも書かれていないそれ以前の物語だ。どうやら作者は地球転星を投稿する前にいくつかの試作品を作っていたらしく。現在の章子の状態はどちらかというと試作品側のエピソードに近い。
少女のもとに現われた見知らぬ少女が、一緒に行く人間はもう一人いるということも同時に知らせてくるという……。
その少年の名が半野木昇。
何度も今の状況を考える章子はすでにその名前を覚えてしまった。
章子の他にあの謎の惑星、転星へと招待された選ばれし少年。彼は地球転星という劇中でも特に重要人物として描かれている。章子と同じ中学二年生なのに世界の全てを身通して、あの転星世界にも大きな影響を与えたはずの、ただの脇役。
(……絶対に嫌味だよね)
章子は地球転星を読んでいて常にそう思っていた。半野木昇という少年は地球転星では脇役という扱いになっている。役不足という言葉の正しい意味はまるまる彼にこそ当てはまるだろう。彼の存在感は脇役では収まらないほど異質だ。作中では彼は世界の全てを認識しているという。
その証拠に地球転星の第一章では地球で最初に栄えた文明だといわれるリ・クァミスという世界でこの
「何が脇役よ」
章子は一人で毒づいた。脇役というのなら地球転星の章子のほうがよっぽど脇役にふさわしい扱いだった。転星が現われては驚き、少女が現われては驚き、他にも様々なことが起きでも驚くだけで何も出来ない無様な章子。
地球転星を黙読している自分でさえ、本の中の章子という少女の行動と思考にはもどかしさを感じるほど影の薄さを感じていた。
(……わたしも……こうなるのかな……)
地球転星をプリントした紙をパラパラと捲りながら何気なく思う。半野木昇よりも先を歩いているように見えて実は半野木昇の力に頼ろうとしている芯の弱い少女。章子の目には地球転星の中で翻弄されて生きる章子の姿はそのように見えていた。
「でも、それはしょうがないよね」
声に出して言う事で、章子は自分にも言い聞かせようとしていた。
章子と半野木昇は明らかに違う。今の章子でさえ地球転星の中で登場する半野木昇の考え方には全くと言っていいほど追いつけていない。
(どうすれば、この子に追いつけるんだろう)
章子はまだ会ってもいない少年の事を思い浮かべてみる。この虚構の中の少年と同じようにこの現実に生きる半野木昇も考えているのだろうか。
〝彼はもうそんな事では行かなくなることはありません〟
真理から言われた意外な言葉。地球転星の昇はいつも自分を過小評価していたと思う。自分よりも章子のほうが優秀と考え自分の意見を押しつぶし、一人で勝手に先を歩いていく。
それが今では全く違うと言う。
章子と会っても考えを変えない。章子と会っても邪魔者だと感じる。章子も含めた全ての人間は無能だと決めつけている。
真理から聞かされた言葉から、今の半野木昇の精神状態が全くと言っていいほど想像できなかった。あの地球転星で描かれたような不器用な優しさを持つ少年が、今では変わり果ててしまったのだろうか。
どのように変わってしまったのだろう。もしかすれば章子と面と向かった時に罵声を浴びせるのだろうか? それとも暴力? 様々な可能性を章子は考えながら地球転星のページを何枚もめくっていた時。
〝その剣をしまってくれ〟
〝ならお前は大丈夫だ〟
〝もう言葉は必要ない〟
〝それは確かにぼくの平和だ〟
半野木昇が発した言葉の数々を地球転星の中で見つけて、そんな心配はやはり杞憂なのではないかという気持ちが章子の心を占めるようになっていた。
それと同時に気になることもあって、今の章子は自分が住むこの国、日本のことも考えてしまう。
地球転星は……今もまだ日の目を見ていなかった。空にはあの謎の巨大な惑星が現われたというのに、それを虚構で先に描いていた地球転星へのアクセス数は全くといって言いほど増えてはいなかった。
地球の現代世界はまだ、地球転星という虚構を無視していた。
そんな事に思いを馳せながら時は過ぎて、いつの間にか土曜日、日曜日を無作為に過ごしていると、遂に運命の月曜日がやってきた。
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