9.日常と別れるまで
「それでは今日はここでお暇します。また折を見てお伺いしますので。それまでごきげんよう。章子」
結局、章子の自宅前までついてきた真理がそう言って白い
遠のいていく真理の姿がよく知る近所の角の道を曲がったのを確認して、章子も自分の家に入ろうとする。章子の通う中学校からはだいぶ離れた距離にある自分の家。既に空は暗くなり例の巨大惑星の姿も幾分、小さくなっている。あの惑星が地球転星でいう転星と同じならば、太陽が沈んだら巨大な惑星の映像も消えて
「空がまだ明るい……」
満月よりも強い光りを出す転星の影響で夕闇の空でも空はまだ随分と明るく感じる。これからこの空の夕焼けが日常になるのだ。そう思うと章子は家の玄関のドアを開けるのを躊躇ってしまった。
父と母と弟はどんな反応をするだろう。小学校ではあれだけ揶揄われて中学校でもまだ尾を引いている地球転星という虚構の影響。しかも今はそれが現実のこととなってしまった。
これから父や母や弟とどんな話をすればいいのだろう。章子の父も母も地球転星という虚構は読んでいない。三歳年下の弟の
「そう言えば……弟の名前は違ってたな……」
今更ながらに思い出して章子は玄関のドアを開ける。
実際の章子の弟の名は景吾という。たしか地球転星では章子の弟は
章子はいつもの我が家に帰宅した途端、そんな事を思ってしまった。
「ただいま……」
何も変わらない日常。何も変わらない家族。そして何も変わらない世界。そう思っていた生活はしかし、家のリビングから聞こえてくるテレビのニュースの声を聞いてやはり無理なのだと悟ってしまう。
リビングから聞こえていた声はやはりニュースの音声であり。母も先に帰宅していた弟と一緒にソファに腰掛けて食い入るように見つめていた。
章子はそれを見て、ごめんなさいと心の中で謝っていたように思う。問い詰められるかもと思って身構えていた緊張感は、母も弟もこぞって夕方のニュース番組に齧りついている光景に幾分、救われていた。
いつも通りキッチンで空の弁当箱を流しに置いて、リビングから動こうとしない母と弟に声をかけると二階の自室に入ってドアの鍵をかけたところで崩れ落ちそうになった。
これから自分はどうすればいいのだろう。
そんな考えが頭の中に浮かぶ。
中学二年生になって夏休みが来たと思ったら夏休みが終わり、すぐに二学期の中間テストが始まると思ったら、あの惑星が現われた。
これからテレビ局の関係者や警察などが我が家に来るのだろうか。しかし、それは無いだろうと章子は根拠もなく納得していた。きっと誰も大騒ぎはしない。今までの地球転星と同じように誰も何も触れずにこのまま一週間が過ぎ去るのだ。そして章子と昇だけが地球から居なくなる。
カバンは机に置いて制服を脱ぎだすと上の制服はハンガーにかけてスカートは折り畳みいつもの場所に置いてしまう。部屋にある姿鏡に自分の姿が何度か行き来すると部屋着に着替えた楽な格好になったところでやっと気分を落ち着ける事ができた。
「来週の月曜日……」
いつもだったら章子は、この時点で次の時間割りを用意しておく。しかし今はそれをする気には何故かなれない。
(来週……どうしようかな……)
章子の頭をもたげたのはその事だった。本当に半野木昇の家に行くのか? 行ったとしてもそこで何をするのか? 章子にとっては何もかもが未知の領域だった。
「地球転星……」
何気に気になったので章子は自分の机の上に置いてあった地球転星の内容をプリントした用紙の束を見る。あの虚構に書かれている事がこれから本当に起こる。その証拠は置いたカバンの隣にある真っ白な無地の
章子を選び、章子をこの
そのチケットを手に取って章子は俯いた。
これは奇跡なのか呪いなのか。中学二年生の章子にはまだ分からない。学校に不満は無かった。家族にだって不満は無い。ときどきケンカをしてしまう私生活だったが今考えても掛け替えのない大切な家族だった。章子は恵まれているのだと思う。自分にも周囲にもかけがえのない
それをあと一週間で手放さなければならない。いや、それはもう既に始まっている。章子の日常はもう普通の生活を送ることができない。
すでに転星は上空に現われたのだから。
これから迫る残り一週間で章子はこの日常に別れを告げなければいけなかった。
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