8.章子と彼ら



 夕暮れのつむじ風に巻かれる落ち葉が章子と真理を包んで駆け抜けると、存分に髪を乱したまま隣の公園の中で舞っている。


「わたし……、そんなにダメかな……」


 すでに自嘲することでしか自己を防衛できない章子が真理に縋った。


「いいか、悪いかで言えば最悪ですね」


 血も涙もない言い方だった。

 それならわたしの他にと言葉にするのは簡単だがそれを言うと本当に代わりの人間に権利が移ってしまう。章子にはもう選択権が無かった。


「来週の月曜日なのね?」

「そうです。私からはその日をお勧めします。それまでに地球転星をもう一度、熟読して予習でもするとよろしいでしょう」

「地球転星……WEB小説でしょ。そんなに読まれた回数とか増やしたいわけ?」


 土星の大きさに迫るほどの惑星を造りだした存在の関係者が気にするには、あまりに粗末なことだという気が章子には感じた。


「読まれた回数……閲覧回数PVというヤツですか? それは特に気にしてませんでしたが、よく読まなくてもついてこれますか?」


 私たちの会話に……。

 そんな事を言われている気がして章子はさらに劣等感を抱く。


「……あの転星にも本当にいるんだよね? 地球転星に登場した女の子や男の子、それ以外の大人の人たちも……」

「そうです。そのことは既にお伝えしましたよね」

「ということは、オリルさんやサナサさんやジュエリンさんやクベルくんに最後に出てきたカネルさんもいるってこと……?」

「その通りです」


 疑問をぶつけてくる章子に真理も頷いて答える。


「じゃあオリルさんやクベルくんたちは既に私たちのことを……」


 章子の疑問に真理はただ頷いた。


「第二世界のクベル・オルカノ・ファーチ・ヴライドを止めるのは一苦労でしたよ。既に今のこの時点で地球ここまで飛んでくる勢いだった」

「私たちのことをもう知ってるのっ?」


 驚く章子に真理は頷く。


「貪欲に地球転を読んでくれましたね。この現代に出現してから三時間も経たない内にクベル・オルカノは地球転星の第三章目を読破しました」


 地球転星の第三章は確か第二世界の少年クベル・オルカノの住む世界の話だ。半野木昇とクベル・オルカノが決闘してクベルが敗れるという本人にとっては快くない話。


「クベル・オルカノは喜んでいました」

「……え?」

「笑っていたんですよ。彼は。たぶん私たちが会う頃には……すでに彼は声を取り戻している」

「……声を……」


 章子が言うと真理はまたもや頷いた。


「彼が人を辞めていたことは……?」


 真理は章子に知っているか?と問いたいのだろう。だから章子も頷いだ。第二世界で史上最強の力を持つクベル・オルカノが全てに敵愾心を抱いていたのは章子も当然知っていることだった。


「もう……人に戻ろうとしているの?」


 章子の問いに真理は頷く。


「ええ。早いものです。目の前に自分を凌駕する人物が存在すると知った途端、げんきんにも自分の声や自分の住む世界にも俄然、興味を持ち始めた」


 あの虚構で知るクベル・オルカノが変わろうとしている。虚構でしか知らない人間が章子の知らない所で変わっている事に新鮮な驚きと一抹の寂しさを感じている自分に意外なものを感じた。


「それは、ちょっと寂しかったな」

「さみしい?」


 真理の問いに、今度は章子が頷き返す。


「ちょっとだけ会ってみたかったもの。まだ人に関心の無かったころのクベルくんに」


 あれはあれで趣のある人間だったのだろう。不器用な優しさに呑まれて自暴自棄していった一人の少年。実際に会えばどう思うのかはわからないが、あの喋らなかった頃のクベルに会えないのはやはりそれなりの寂しさを覚えるものだった。


「わかりました。そう言っておきます」

「えっ? ちょっと、それはやめて」

「おや? 言葉も発しない無頼漢のクベルに会ってみたいのでしょう? クベルもそれを聞けばまた考え直すかもしれない。他ならぬ章子の意見なのだから」

「……ク、クベルくんはわたしのことを邪魔者とか思ってないの?」


 章子の訊ねる言葉に真理は首を振った。


「彼はあなたにも興味を持ってますね。異性というよりも実験動物というような意味合いかもしれませんが、しかし確かに彼はあなたも軽視はしていない」


 あのクベル・オルカノが自分を……?

 意表を突かれた意外な言葉に、章子はまた更に目を丸くしていた。


「じゃ、じゃあオリルやサナサさんや他のみんなはっ?」


 情報は多く知っておいた方がいい。特にあと数日もしないうちに昇には会うのだ。ここで多くの反応を知っておくことは章子にとってこれ以上もなく有意義に思えた。


「オリルについては……ノーコメントということにしておきましょうか。他の皆についても同様です。彼女たちはまだ自分たちの置かれた状況を把握するだけで精一杯なのです。クベル・オルカノぐらいですよ。特殊なのは」


 真理が呆れて言うと、それもそうかと章子も納得する。

 あの地球転星が現われてまだ数時間しか経っていないのだ。それでそこまで物事が進んでいたらそれこそ驚異的と云える。


 帰路の足を早めた章子と真理が、公園が脇に見える道から先を進むと章子の家はもう目の前だった。





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