昔々、刀太郎という童がおりました
挫刹
零ノ巻 刀の里
昔々、あるところに
刀太郎は父と母、そして幼い弟たちと隠れ里の外れの民家で、つつましく暮らしておりました。
刀太郎の父は毎朝、里の奥にある仕事場へと出かけ、母は父の遅い帰りを待ちわびながらいつも洗濯、掃除、炊事をして子供たちを育てることに明け暮れる毎日を過ごしておりました。
父が休みの日には畑仕事にも精を出し、枯れ果てた田畑からわずかばかりの収穫を得る事が毎年のささやかな喜びとして何気ない日々を送っていたのでございます。
ある時、刀太郎が毎日通っている里の寺小屋から家へと帰る道中、幼い頃からの馴染みである近くの民家に住む
お柄とお鞘は共に気立ての良い、里の中でも一、二を争うほどの明るく美しい女子たちでございました。
「ねえ、刀太。今度、西の町まで出てみない?鞘ちゃんと一緒に
「どうかな?刀くん。わたしたち、刀くんと一緒に行ってみたいの」
西の町とはこの刀の里より西に十丁ほど歩いた先にある、それはそれは栄えた町でございます。
そこでは華やかな反物や食べ物、工芸物などを売り買いできる店が端々まで並び、この世のありとあらゆる知識と見分が集まることで有名でございました。
「西の……町に……?」
寺小屋の用具が入った重い荷物を手風呂敷に包んで提げていた刀太郎は重い表情で悩んでしまいます。
「イヤだった?」
「……別に、イヤってわけじゃないんだけど」
乗り気のしない刀太郎は、お柄たちに色好い返事が出来ません。
刀太郎の家は貧しく、西の町まで遊びに行く余裕がなかったのでございます。
「……お柄ちゃんたち、二人で行ってきなよ」
「女の子二人じゃ……」
「ちょっと危ないよね」
お柄とお鞘は、二人だけで気まずく頷き合います。西の町はもともと華やかな場所ではございますが、華やかな場所とは同時に牙も剥くもの。そうそう無垢な幼い女子二人だけで行けるものではありません。
「悪いけど、ぼくは行けない」
金銭の問題もありましたが、刀太郎はそもそも華やかな場所があまり好みではありませんでした。とにかく出かけることが億劫で、母親からお使いを頼まれることですら不平を言ってしまう子供だったのです。
「刀太は、もう少し外に出た方がいいよ」
「わたしもそう思う」
二人の少女に言われ、ますます刀太郎は不機嫌になってしまいました。二人の少女は刀太郎の事を生まれた時からよく知っておりました。なぜなら三人の男女は生まれた時から共に過ごしている幼馴染みだったからでございます。
「実はおばさんにも頼まれたんだ。刀太郎を誘っておくれって」
「え?」
刀太郎が驚いて向くと、お柄もバツ悪く答えました。
「わたしたち、来年で十四になるでしょ?十四になるともう元服して男も女も一人前の大人として扱われちゃうから、その前に刀太にはもっと女の子を守れるようにしっかりして欲しいって言われて。だから今日も誘ったの」
「……母さんが……?」
刀太郎は驚いて、道の先にある我が家の方角を見ます。枯れ果てた山と山の間にある平地のあぜ道の遥か先でした。
「母さんがそんなことを……」
意外に思った刀太郎は、そんな事を呟きます。
刀太郎の母はいつも苦労をし、背中には赤子を背負いながら家の中を何度も駆け回るような姿しか見ておりませんでした。
刀太郎の父も母も、いつも生活苦に追われていたのでございます。
「いつかはぼくも、ああなるしかないのに……」
刀太郎も、いつかはこの里のどこかで家を構えて、隣を歩く二人の誰かを娶って子を成し、その子の成長に追われて、今の両親と同じような、つつがない人の生を過ごしていく。そんな暮らししかないのだと漠然と決めつけていたのでございます。
「刀太郎は、誰と考えてるの?」
隣を歩くお柄が訊ねてきます。
「刀くんはわたしとだよね?」
反対を歩くお鞘も訊ねます。
「……二人とも一緒っていうのは?」
断られることを承知の上で言うと、意外にも二人の女子は頷きました。
「うん、いいよ」
「いいよ」
「え?」
「だからそれで良いと言ってるの。三人で……、来年から一緒に暮らそっか?」
「うん。そうしようよ」
「いや、ちょっと待って、ぼくはそんなつもりで言ったんじゃ……っ」
「そんなつもりじゃないなら、一体どんなつもりで言ったのよ?」
「……て、てっきり断られるものだと思って……言った」
「わたしたちが断ると思ったんだ?」
赤と桃色の着物を着た女子たちがくすくすと笑います。
「わたしたち、刀太とならいいよ?」
「刀くんとなら、お峰ちゃんと三人で暮らしたいってわたしも思ってる。そんな話をずっと前からしてたんだよ?」
「えっ?」
驚く刀太郎に、二人の女子たちは歩きながら覗きこんで、これ以上もない笑顔を転がします。
「……じゃあ、来年は三人暮らしだね?」
「だよね、お父さんやお母さんにもさっそく教えなくっちゃ」
寿が舞う、初冬の麗らかな雰囲気は……しかし、見るも無残な現世
「え……?」
「……あれって?」
二人の女子が、帰りの道の先で、遠く山間の彼方から北風にたなびく高い高い煙を目にしてしまいました。
それは寒い冬の空へと延びていく長い長い残酷な三つの煙柱。
「……まさかっ?ウチの家がっ?」
慌てた童が驚いて叫ぶと、無事を祈って母が待つ家の方角へと駆け出していきました。
……それでは、
これより刀太郎お伽噺のはじまり、はじまり……。
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