Case.84 辿り着いた場合
夜空を彩る時間は終わった。
本来、俺は日向とその空を見上げる予定だった。
けれども実際は、知り合いには会いまくったというのに、肝心の日向には会えなかった。
そりゃそうだ──あいつは会場にすらいなかったから。
「もしもし? 日向お前いったい──」
『おかけになった電話は現在使われてませーん」
「──やっぱここにいたか」
俺が訪れたのは、あいつと出会っていきなり連れて行かれたあの海。
そう、ここだとこいつの声はよく聴こえる。
近くの最寄駅に着いてからもう一度電話をかけると、日向が電話に出ながら目の前に現れた。
「七海くん遅いなぁー。もう花火大会終わっちゃったんだけど!」
「お前が会場にいないからだろ! 何でここにいたんだよ」
「いやぁ、最初は素直に向かおうと思ったんだよ? けどさ、電車が遅延してたんだよ〜」
確かに俺らが普段使う沿線が止まっていたのはここに来る途中で知った。俺は雨宮家とバーベキューしてから向かったのでその路線を使わずに済んだ。
一時間ほど前に運行再開したから、花火大会が始まってから人が一気に増えたんだな。
「だからルート変えるかーと思って、一回バスでこっちに出てきてー、で乗り換える前にコンビニ寄ったらさー花火があったの! うぉー! って衝動買いしたら……そこで所持金が尽きてどこにも行けなくなってしまった」
「おぉい!」
直情的に動きすぎだろ! いつもと変わらないといえばそうなんだが、今日くらいは大人しくしてほしいものだ。
「もしかしてゲームだとか言って俺をここに呼びつけたのって、帰りの運賃借りようと──」
「さぁ! 七海くん! 花火延長戦だよ! 海へレッツゴー‼︎」
話聞けよっ!
二度通った道を辿り、はしゃいでいる日向に付いて行く。
態度はいつもと変わりはないはずだが……雰囲気が少し違う気がした。それは服装によるものだろうか。
いつもは制服か、私服ではキャラが描かれたTシャツやオーバーオールなど子供っぽさに拍車をかけていたはずだったのに。
今日は夏らしく清楚な白ワンピ──
「ん? どうしたのー?」
「いや、別に何でもねぇよ」
「変なの〜。さぁ! 着いたぞ! ワタシはこれ! ボォーって燃えるやつー!」
街明かりや明石海峡大橋の光で辺りは見えるが、海だけは黒に塗り潰されたように暗い。
日向はさっそく手持ち花火を手にして、ライターで火をつけようとするが、やっすいの買ったから固くて火花が飛び散るだけになっている。
「貸してみろ」
「お、男前だね〜」
カチカチッ……
「……んー。まだ?」
「うるせぇ!」
本当に固いなこれ!
けれど、何度かトライしてコツを掴み、ようやく安定して点くようになる。
「おぉー! キレイー‼︎ 買って正解だったな〜」
「そのせいで会場行けなかったんだろうがよ」
「あはー、めんごめんご」
黒板に色とりどりのチョークで描くように、日向はブンブン振り回して背景に色付ける。
「あつっ!」
火花が日向に当たったみたいだ。バカめ。
にしても、結局は上手くいかなかったな。思い描いていたプランでは無くなってしまった。
けれども、今はこの砂浜に二人きり。タイミング的にも申し分ないだろう。
花火を一緒に見れば恋が叶うという噂の設定がアバウトなもんだし、これでも良いはずだ。
「ババーン! フェニックス‼︎」
いつの間にか日向は両手に二本ずつ持って、グ○コのポーズをしていた。
もう燃え尽きた最初の花火は海水を汲んだバケツに入れていた。
ムード作れる気がしねぇ……。
もしかして今日じゃないのか? まぁ別に焦ることはないんだ。夏休みはまだ始まったばかりだし、こいつとは毎日のように顔を合わせるんだ。
それまでに他の奴らから「え、告白してないの?」とかで意気地無しって言われそうだが、仕方ないだろ。
こいつの育児は大変なんだよ!
「ねぇ七海くん。今度は線香花火で対決しよう!」
ほらな、ちょっと今日は大人っぽい見た目で動揺したけども、中身は何も変わらない子供のままだ。
「先に落ちた方が相手の言うことを何でも聞くってことで!」
「何だと?」
線香花火か……さっきまでの手持ち花火とは違い、趣きがある。
何でも言うことを聞かせられるだと? 上手いこと使えば告白の雰囲気に持っていけるのでは。これはもしかしてラストチャンスなのでは……⁉︎
「えぇ、七海くん目怖っ。どんだけ本気なの。やらしいなぁ」
なんか日向が色々言っているが、そんなのは関係ない。
どれだけ雰囲気良く、真面目に、気持ちを伝えられるのか。それが──
「よーし、じゃあ同時につけるからね!」
……いや、違うな。
告白も会話なのだと、俺は恋愛のプロフェッショナルに学んだところだった。
自分勝手になるな。気持ちを伝えるからこそ相手の話を聞け。
俺は彼女の言葉を一文字一文字聞き逃すまいと耳を傾ける。
「あ、もう七海くん落ちた。弱っ」
「え? あ……」
集中しようとして、手元の意識が疎かになってしまい、ものの数秒で提灯をバケツの中へと落としてしまった。
ジュッと音と共に切れた玉の緒も、俺は水に沈める。
「ふふーん、ワタシの勝ちだね!」
「そうだな」
「あれ、あまり悔しくなさそうだね」
「いや、これに悔しいもあるかよ。別に今さらどんな願いが来ようとも動じないくらいお前には散々振り回されて来たからな。現に今日だってそうだし」
日向の線香花火は燃え尽きる最後まで生き残った。
当然終わった後はバケツの中に捨てる。
「おー、そっかそっかー。じゃあ、何にしようかな〜」
「前言撤回。常識の範囲内で頼むぞ」
「じゃあ夏休みの間〜」
「おい! そこで何をやっている!」
日向がニヤニヤと俺に十字架を背負わせようとしたところ、第三者に会話を打ち止めされてしまった。
振り返るとそこには、威厳を示す紺色の衣装を纏った国家権力──警察官がいた。
「ここは花火禁止だ! 君たち高校生か?」
「やばっ……!」
「逃げろー!」
制止する警察を振り払い、バケツと残った花火を持って逃げた。
警察官は逃したのか、辞めさせらればそれで十分だから見逃したのかは分からないが、途中から追いかけてこなかった。
しかし、焦燥と一種の興奮に覆われた俺たちは息切れるまで西へと走り抜けた。
「はぁはぁはぁ……もう追ってこないか……?」
「そうみたいだねー。もう驚いたなー」
疲れた様子はなく、棒で日向は話した。
「は〜、でも楽しかったなー。花火。残りどうするー?」
「そうだな……場所変えて、花火OKなところに移動して、もう少しだけしないか」
「お、七海くん〜なんだかんだで、花火好きだなー? それともワタシと離れたくないとか〜? ん〜?」
「そりゃあ、お前のことが好きだからな……」
「…………ん?」
「ん?」
あれ、今……何を口走った。
「いや、ちがっ!」
「……ちがうの?」
「……いや、違わない。俺はお前のことがさ、その、まぁ、好きなんだよ」
「……ふ〜ん。そっかぁ……」
急に黙った日向。
こいつが口を開くのを止めるだけで、世界が止まったみたいだ。
この沈黙が居た堪れない。
「……ワタシも」
「え?」
「同じだよ。七海くん。ワタシも七海くんのこと大好きだよ。もちろん、その、恋愛とぉしてぇ……」
最後の方はゴニョゴニョしだして聞きづらかったが、その……。
「お、おぉふ……」
「ちょい! せっかくのいいムードなんだから! ずっとダサいんだけど! 変なとこで告白するし‼︎」
「し、仕方ねぇだろ!」
「もー。──まぁ、ワタシたちらしいっちゃ、らしいんだけどね」
「そうだな」
結局、何一つとして思う通りに行かなかった。
けれど、辿り着いた先がこれならば、まぁ、なんとでもいっか。
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