Case.85 嘘がつけない場合


「じゃ、じゃあ、これからまぁ、付き合うということで……」

「そ、そだねー……」


 お互いにモジモジした甘ったるい空気の中、先に耐えられなくなった日向が俺を「ドーン!」と突き飛ばした。

 さっそくDVじゃないかこれ⁉︎


「うわっはぁ〜、変な感じだこれ。も、もうー七海くんったら……」

「照れすぎだろお前」

「だ、だってさ! これからクリスマスとかバレンタインとか誕生日とかさ、記念日に七海くんと恋人っぽいことをするって、めっちゃ屈辱じゃん!」

「せめて照れてくれ! ……けど、まぁ、それまで一緒にいてくれるんだな」

「ん? あぁ、まぁー……えへへ……」


 あどけないその笑顔に、俺はクッッッと顔面パーツを狭めた。

 分かってはいたけど、やっぱりこいつは可愛いんだよな。


「めっちゃ顔面崩壊しててキモいね」

「うるせぇ」

「そういえばさ、七海くんって誕生日いつなのー? ワタシ2月4日ね! プレゼント期待してまーす!」

「気が早ぇ! 俺は7月3日だよ」

「おー! ……ん? 一ヶ月前……?」


 今日は8月6日。

 まぁ、そうだな。家族の雑なもの以外、誰からも祝福はなかった。というより毎年そんな感じだから自分自身別に嬉しくはないんだよな。

 今年は確か日曜日で……あぁ、初月と心木とでホテルに泊まった時か……。その帰りに「まぁ! 誕生日に朝帰りだなんて!」って揶揄されたんだった。


「め、めっちゃ過ぎてるー‼︎ てか、7月3日って! 七海ってこと⁉︎ そんな安直なー!」

「うるせぇ! 小学生の時それでイジられてたから言わなかったんだよ!」

「よぉし! じゃあ誕生日会しよ!」

「はぁ? 別に今さらいいって──」

「何を言うか! 誕生日なんだから豪華にしなきゃ! 一年に一度の特別な日だもん!」


 うちとは違って、日向家では家族の誕生日をしっかりと祝ってきたのだろう。ケーキとかもホールで食べてそうだもんな。


「これがカノジョとして最初のすることだよ! というより単純にパーティーしたい」


 それが本音かパーティーガールめ。

 ただ言い出したことは止めないのが日向日向だ。付き合う前から当然のように知っている。


「みんなを呼んで豪勢に祝おう! そうしよう!」

「はぁ、分かったよ。けど、どうすんだ。その、俺たちのことはみんなに言うのか?」

「ん? 七海くんがワタシのこと好きって大体は知ってるんだし、まぁわざわざは良いんじゃない? 聞かれたら答えるくらいで」

「そうか……って、ちょっと待て! え、なに? お前、もしかして前から知ってたの……?」

「うん」

「マジかよ⁉︎」

「まー、七海くんは顔に出やすいし、声がデカいからよく聞こえるよー」

「じゃあ、俺が告白しようとしてたのも……」

「大体は。知ってた」


 ニヒッと小悪魔のように笑う日向に対して、俺は項垂れた。

 もしかして最終的にここに導かれたのは全てこいつの策略で、俺は日向の掌の上で踊らされていたのか……?

 ──でも、日向も少なからず俺のことを良いとは思ってくれてたってことか。好意を寄せられているのを分かった上で距離感を変えることなく、いつも通り接してくれてたわけだ。こいつ、案外演技派だな。


 ……ん?


「もしかしてだけど、分かっててはぐらかそうとしてたか?」

「うぐっ⁉︎ い、いやー、どうかなぁー? ひゅーひゅー」


 嘘つくの下手くそか!

「いやぁ、むず痒かったんだもん」と、日向は告白されるのがとにかく恥ずかしかったと言うが、それよりも


(こいつ告白するな)


 って思われながらさっきまでの俺の行動を観察されてたってことで、ギャァ‼︎


「ふっふっふっー、七海くんの誕生日会、楽しみだねー!」


 こいつ小悪魔じゃなくて、ただの可愛い悪魔だなちくしょう。



   ◇ ◇ ◇



 数日後。猛暑に酷暑を掛け合わせたような地獄の夏休み中、日向は初月に誘われてショッピングモールへと出かけた。


「ひなたちゃん。来てくれてありがとうございます」

「ふ、ふぅー。いやぁ、ほんと今日も暑いね〜。汗が止まらないよー」

「わたし、その……」

「クレープ食べようっ! ほらあそこにあるよ!」

「七海くんにフラれちゃいました。ひなたちゃんも匂いで気付いていますよね」

「ぐふっ⁉︎」


 冷や汗も止まらない日向。彼女に失恋は隠せないし、彼女自身も知りたくない事実も知らざるを得なかった。


「うぅ、ういちゃん。その、ごめ──」

「ごめんなさい」


 先に初月の方がなぜか謝った。

 どうしてか分からず日向は戸惑うことしかできなかった。


「わたし、やっぱり自分の気持ちに嘘はつけない。七海くんのことが好きなままです」

「ういちゃん……」

「でも、わたしはひなたちゃんのことも大好きだから、悔しいな、寂しいなの気持ちと一緒に、嬉しい気持ちもいっぱいなんです。だから謝ろうとしないでください。わたしたちはライバルでもあったんですから、そこに遠慮はいらないはずです」

「うん……そうだね」

「こんな感情を持ち合わせてるわたしですが、これからも仲良くして──」

「当たり前だよ! ワタシたちはライバル、友達を通り越して、もう親友だー‼︎」

「ひ、ひなたちゃん……ちょ、ちょっと声落としてください……!」


 叫ぶ日向に他の客が何事かと目を向けるが、他人の視線など気にも留めない日向は「わっはっはっー!」と高らかに笑う。


「……ふふっ。改めてひなたちゃん。──おめでとうございます」

「ういちゃん、ありがとう!」

「ゔゔゔぅぅ……」

「ちょわっ! 泣き過ぎじゃない⁉︎」

「なんが、色んながんじょうがまざっで……しゅみまぜん……」


 顔がくしゃくしゃになるほど泣く初月。けれどそのどこかに笑顔も垣間見える。


「──絶対絶対羨ましいなって思うほど幸せになってくださいね。そうじゃないとわたし……諦めきれなくて横取りしちゃうかもしれませんから」

「何だとぉっ⁉︎ お、おぉー、ういちゃんカワイイからなぁ……油断ならないよ……!」

「ふふっ。ひなたちゃん。また、失恋更生、お願いしますね」

「ういちゃん……うぉぉ! もちろんだー! 今日からワタシがカレシだー!」

「ふぇっ⁉︎ どうして⁉︎」


 また日向は強制的に抱きついたのだった。

 その後、クレープを食べながら七海の誕生日会についての話をした。

 初月も誕生日を知らなかったようで、二人で会の計画を立てていく。


「……えっと、本当にこんなことするんですか……? 七海くん困るんじゃ……」

「そりゃ〜豪勢にしないとだからね〜。ういちゃんの誕生日は9月1日だよね。ういちゃんのも楽しみにしててね!」

「普通で良いですよ⁉︎」

「ふっふっふっ〜、七海くんを驚かすぞぉ……!」


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