Case.83 終わらなくてもいい場合


「うぅ、人が多すぎて疲れた……けど、苦手を克服できる成長チャンスだよね。ラッキーラッキー……あれ?」


 祭り会場から一歩脇道に入ると、行き交う人々は大きく減った。

 持ってきていたハンカチで汗を拭こうと思ったけどどこかに落としてしまった心木は、花壇に座り込む初月に気付く。

 溶けたかき氷を大事そうに持つ彼女は、ずっと俯いたまま。少し体も震えている。


「う、初月さん?」

「……っ⁉︎ んぐ、心木さん……」


 驚いて顔を上げた初月の目元は赤くなっていた。

 泣いてたのは一目瞭然だ。


「な、何かありましたか……⁉︎ だ、大丈夫です⁉︎」

「は、はい……その、えっと……」

「……もしかして、七海くん、のことですか……?」


 言い淀む初月を見て、心木は何となく察してしまった。

 きっと、さっきまで彼女は七海といた。

 そして、彼は別の人のもとへと行ってしまった。誰が好きだとか直接聞き知っている心木は、自分に機会すら訪れなかったことも理解した。

 せめて声さえかけられれば。自分の不幸体質が恨めしいと思った。


「……隣、失礼します」

「あ、はい」


 しかし、心木が泣くことはなかった。むしろ明るい表情をしている。


「……心木さんってすごいですよね」

「え、じ、自分がですか……?」

「以前、心木さんがわたしたちは同じだなって言ったの覚えてますか?」

「も、もちろんです……!」

「けど、実際は全然違うなって思ったんです。心木さんはどんな時も前向きなんです。なのにわたしは、いつまでも消極的で、ウジウジしてて……」


「……やっぱり似てますよ。自分たち」

「え?」

「自分もネガティブで引っ込み思案で。それに昔から運が悪くて、ツイてない、不幸なオマケ付きですよ。でも、嫌なことの後は必ず良いことが起こるって。掲示板で見たんです。だから自分は明るいんじゃなくて、ただずっと先を信じてるんです。そしたら、七海くんが現れてくれた」

「……信じる」

「別に今じゃなくても良いじゃないですか。終わりよければ全てよし。ツッタカターで拾った言葉ですけど、男の人って最初の男になりたがって、女は最後の女になりたがるんですって」

「は、はぁ……。価値観の違いでってことですか?」

「はい。だから、その時まで自分は待ちます」


 俯いた笑顔で心木はそう告げた。

 なかなかな長期計画だが、彼女はそう真っ直ぐに信じられるくらいに本気で好きなのだろう。


「……わたしより失恋更生委員会向いてますよ」

「ほんとですか? 確かに金城さんによくピュアさがないと言われます。PUREじゃなくて失恋更生委員会か……緊張で死んじゃいますよ」


 七海と一緒に活動する。そんな自分の姿を想像して、心木は恥ずかしくなってしまった。


「ふふ。心木さんはとても素直な気がしますよ。すごく真っ直ぐで、そして……」


 以前より、話の節々でネットやSNSなど、根拠に基づいた情報か不明なものを信用しがちだと分かっていた。

 純粋、というよりかは真に受け過ぎが正しいかもしれないが。


「……こう、器が広いな、って」

「ほんとですか。ありがとうございます……!」


 だいぶ遠回しに言った言葉に、心木はそれこそ素直に喜んだ。

 これくらいがちょうど幸せなのかもしれない。

 むしろ初月も、主に日向などの声のデカい人に流されがちだが、困惑しつつも楽しくやってきた。


(わたしもきっと、それが合ってるんだろうな……)


「あの、心木さん」

「はい?」

「わたしにも何かオススメなサイトとか本がありますか? もしかしたら流された先に知らない自分がいるのかもしれない──わたしも心木さんのように前向きでいたいです」

「じ、自分が前向きなんて……! でも、そうですか、オススメですか……。あの、初月さんって」

「はい……!」

「官能小説とか読みますか?」

「ピュアさの欠片もなかった⁉︎」


 心木はネットの中を色々と探検していると、よくそういった作品に辿り着く。特に好きな人ができてからは、より加速的に純愛から偏愛まで幅広く閲覧するようになってしまった。


「最近知ったんですけど、世の中にはハーレムですとか、NTRエヌティーアールがありまして」

「ちょっ! わたしたちはまだそういうの見ちゃダメですよ!」

「あぁ、用語自体は知ってましたか。なら話は早いですね……!」

「ふぇっ⁉︎」


 墓穴を掘ってしまった。

 普通の人ならば国際機関の略称にしか思えない単語も、あまり知ってはいけないものとしての認識をしている。


「初月さんって、もしかして既に観てたりしますか?」

「いや、その……!」

「ちなみに参考にしたいんですけど、どんなジャンルがお好みですか?」

「あの、えっと……」

「自分は最近同人誌という──」

「心木さんって結構話聞かないですよね⁉︎」


 止まることないマシンガントーク。京都観光前の電話でも、心木はそうだった。

 自分の好きなもの興味あるものの話になると止まらないオタクあるあるである。


「あぁ、す、すみません、つい……」

「あまりその話題で止まらない女の子知らないですけども……」

「あまりいないじゃないですか。女の子でこういう話を表立ってする人は」

「ま、まぁそうですよね。見かけることはないですね……」

「だからこそ初月さんが初めてだったので。同じ話題で盛り上がれるんじゃないかなって」

「だから、わたしはそんな……その、ちょっと、サ、サンプル? くらいで、ふ、普通ですから……」

「初月さんって……ガッツリムッツリですよね」

「ふぇっ⁉︎」


 さっきまで失恋の話をしていたというのに、いつの間にこのような話にすり替わってしまったのか。


「えっと、その……!」

「──初月さん。自分が進む道は邪道ですし、褒められたことではないと思ってます」

「心木さん……?」

「それでも自分は、後悔したくないから。その日が来るまで自分は自分磨きします」


 考えもしなかった。フラれれば、失恋すればそこで恋路は終わりだと思っていたのに。それでもまだ傷付くことを省みず突き進めるのか。

 ──いや、友達に想い人の一番になりたいと努力し続けている子がいる。

 別にまだ終わらなくてもいい。どうするかは全て自分次第だから。


「だからそのためにも、七海くんが好きそうなことをたくさん──」

「そ、それは偏りがあると思いますが……」

「あ、仄果。こんなとこにいたんだ、もう〜さがしたよ〜……と、初月さん?」


 やって来たのは金城と土神。

 二人は逸れないように手を繋いでいる。


「ど、どうも。こんばんは」

「二人って仲良かったんだね〜」

「はい、そうなんです。士導様は大丈夫ですか?」


 ぐったりとしている土神。多くの男性とすれ違うだけでなく、時々金城をナンパしてくる男から守ったり、ぶん投げ未遂に留まることでストレスが溜まり、心身共に疲れ果てていた。


「あ、ああ。平気だとも。これくらい大したことない……」

「あたしのせいでゴメンね。ゆとり、帰ったらあたしオリジナルのマッサージしてあげるからね⭐︎」


 金城は息浅めで土神の手を両手で包んだ。


「す、すまないな……。くそっ、欲に塗れた男共め。もっと純粋たる恋をすればというものの、軟派な奴が多すぎる。一度、正しい教育を施さないといけないな」

「うんうん、あたしもそう思うよ」


 一番の危険人物ってもしかしてすぐ隣にいるのでは……。


「初月さん」

「ひゃい……!」

「仄果と保護してくれてありがとね」

「い、いえ、むしろわたしが助かったので……」


 金城に突然名前を呼ばれて、思わず返事を噛んでしまった初月。

 もしかしたらPUREで真に純粋な人はリーダーだけなのかもしれないと、彼女は改めて思ったのだった。

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