Case.82 志願してくる場合
花火が終わるまであと二十分。
開演してから人はどんどん増える一方で、思うように動けないし捜す難易度は上がる。
騒ぎの中心にいることには間違いないはずだが、どこかしこも騒がしいからな。
とりあえず目的地の櫓に辿り着いた。
高さ5mはある櫓の上には和太鼓を叩く爽やか系筋肉と知らん演歌歌手がいる。その周りをグルグルと曲に合わせて踊る人たち。
大体は高齢者か小さい子供を連れた親。ちょいちょい調子に乗った若い集団がいるくらい。
ほぼ規則的に輪になっているから捜しやすいが、うん、いないな……あ。
「「おねえちゃん、おどるのうまーい!」」
「そりゃもちろんだ! いいか、盆踊りであっても爪の先まで意識! キメるとこは決めて、抜くとこは抜く……そうすれば一番上手く踊れるぞ。ほら、こうだ!」
「「ピーン‼︎」」
一番外側の円周に、火炎寺と確か新しい姉弟となった雪浦三葉と四郎が踊っていた。
なんだかんだみんな会場にいたのかよ。そんな気はしてたけどな。
「ん? あれ、七海じゃねーか。どうしたんだよ、ひとりぼっちで」
「「ボッチだー」」
「うるせぇ」
火炎寺たちは列から外れてこちらに寄ってきた。
そして、多くの知り合いと会ってきた中で、初めて浴衣を着ている奴と
火炎寺の浴衣は暗めの赤をベースに焔のデザインをあしらったもの。イメージ通りのものを着ているから似合っているし、とてもしっくりくる。
双子たちはそれぞれ明るい青色とピンク色をベースとした同じ花火のデザインで、子供らしい元気さが伝わってくる。
「ん? そういや雪浦とその妹は?」
「ああ、雪浦は向こうで勉強してるよ」
「いつも通りだな」
「んで、二美とお義母さん──零奈さんも一緒で、花火見てるとこ。アタシは三葉たちが踊りたいって言うからこっち来たって感じだ」
元々、火炎寺は俺らの誘いを断り、雪浦家とここに訪れる約束だった。どうやら家族との親睦は順調そうであり、彼女の失恋更生も一歩ずつ進んでいるみたいだ。
と、ここで恒例のスマホを貸し出してもらえるか聞いてみた。
まぁ、いつもの如く何かしらの理由で断られるんだろうけど──
「おう。いいぞ」
「いいのかよ!」
「ああ? お前が貸せって言ったんだろ。ったく……って、そういやなんでだ? スマホ忘れたのか?」
「知ってる通り、日向に告白すんだよ。なのに、あいつは自分を捜せって意味わからんゲームをだな……」
「えっ⁉︎ お前委員長のこと好きなのか⁉︎」
「お前は知らんかったんかい‼︎」
てっきり全員知ってると思ってたから油断して話してしまった‼︎
……まぁ、もういいや。
俺がフラれた時はみんなから壮大に失恋更生してもらおう。
初めてあいつと出会った時は一人で応援してくれて、そして次は氷水からフラれる演技ではあったけど全校生徒の前で失恋更生をしてくれた。
次は三回目。失恋は何度でも訪れる。その度に何度も何度も立ち向かえるように俺たちは励まさないといけない。
って! なに弱気になってんだ! まだフラれるか分かんないだろ……‼︎
「おおー、そうかそうか。七海が委員長とねぇ……。ま、行けんじゃね?」
「なんか、みんな適当だな」
「んあ? まぁな。だって──」
「ご主人様。ここにおられましたでぇすか」
火炎寺が何かを言おうとしたところで割り込む人物。
あれ、五十嵐じゃねぇか。膝ついてご主人様って……ん?
「だー! またかよ! しつこいぞ!」
「この命、全てご主人様に捧げると誓ったでぇすから」
「「変なしゃべりかたー」」
五十嵐の語尾が〝なの〟から〝でぇす〟に変わっている。抑揚なく淡々と言葉を紡いでるのは変わらないが、なんか変なキャラになったな……。火炎寺のことをご主人様と敬っているし。
「五十嵐はまた本に影響されたのか? メイドの本でも読んだか?」
「違うでぇす。SMの歴史全集を最近読破したとこでぇす」
でぇすはSのエスね⁉︎ てか、全集って何⁉︎ そんなに深いものなの⁉︎
それにご主人様って、そっち系の方だったのかよ。
「ご主人様。
「だからしないって! ちょっと助けただけだろ!」
そういや以前のプールで助けた以来、五十嵐は火炎寺に懐いてしまったな。
「何を言うでぇすか。プールで悪漢から救っただけでなく、車に轢かれそうになった私を飛び込んで助けてくださり、転んで膝から血を流した際も適切で素早い処置を施してくださったり、また、私のスマホがウイルスに侵されそうになった時も滅菌してくださってでぇす……!」
めちゃくちゃ助けとる!
というか、ネット関係にも強いのか火炎寺は。ほんと隙がないな。
「あれは、五十嵐が変なサイトで本読んでたからだろ」
「心木さんに教えてもらったでぇす」
心木さんか……。
確かにネットサーフィン1級の彼女なら過激な荒波の中も泳ぎ切るだろうから、慣れてない五十嵐なら悪意に溺れちゃうだろうな。
「とにかく私はご主人様が何と言おうとも、ご主人様の奴隷でぇす」
「アタシがご主人様になってんなら即刻クビでいいよな」
「困るでぇす」
五十嵐のしつこさに火炎寺はほんと飽き飽きしてるみたいだが、なんだかんだで新しくできた歪な友達を嬉しくも思ってるから蔑ろにはできなさそうだ。
しつこいか……日向も最初はしつこかったな。
何度も突き放そうとしたというのに、しつこく絡んできては海に連れて行かれて落とされて、って……あ。
「ん? どうした七海?」
「あいつ、もしかして……」
「委員長の居場所分かったのか?」
「ま、まぁ。多分だけど」
「なら行ってこいよ。スマホはもう貸さなくてもいいだろ?」
奴隷の志願を迫ってくる五十嵐の鉄仮面を片手で押さえつける火炎寺はそう言い放った。
「あ、あぁ。分かったよ……」
「「いってらっしゃーい‼︎」」
花火がもうすぐ全て打ち終わる。
早くしないと混雑して、辿り着くのに時間がかかってしまう。
そうなる前に俺は、駅へと向かった。
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