Case.81 魔法みたいな場合
日向がいそうな場所。
それは賑やかで楽しそうなところだ。
まぁ、祭り会場全部と言われればそうなんだろうけど、あいつは多分メシが食えるとことか芸術品が飾られているとかよりも、アミューズメント系のとこにいるだろうと踏んだ。
ヨーヨー釣り、かたぬき、くじ等々ある中で一番いると考えられるのは──
「射的か……。いなさそうだな」
各出店を回ってきたけども、日向の〝ひ〟の字も見つからなかった。
諦めて次の場所に向かおうとしたが、何やら騒がしい。
どうやらある客が射的の景品が倒れないだのとで文句を言っているらしい。
騒ぎの中心ならあいつかもしれないと、野次馬根性込みで覗くと──別の〝ひ〟の字がいた。
「何やってんだ氷水……」
「きゃっ……⁉︎ ああ、なんだ七海か。良かったうちの生徒じゃなくて」
「生徒なんだが」
「なに? 一人みたいだけど暇なの?」
「いやいや! 気丈に振る舞ってるつもりかもしれねぇけど、何か揉めてただろ!」
「揉めたんじゃない。指摘しただけよ。私は生徒会長として地域のお祭りを見回りしないといけないの。そう、うちの生徒が不審者に絡まれたり、違法な出店でぼったくられていないかってね」
「そんで、お前がぼったくられたってわけか」
「ぼったくられてはない! ただ、不正を暴いただけよ。景品に強力なテープで固定しているのよ」
氷水が撃ち抜いたのは、あるアニメキャラのフィギュア──ああ、なるほど。声優は柴田政宗だな。
「おいおい、姉ちゃん。酷い言いがかりだな。最初に言ったろ? 落ちなきゃ景品貰えないって」
「私が指摘しているのはルールではなく、落ちないように固定しているんじゃないかってことです。全弾当たったというのに、ピクリとも動きませんでしたが」
確かに正確無比な氷水ならば、200円で5発全弾的中させそうだ。それも倒れやすい急所を狙って。
「おいおい何を根拠にそう言い切れるんだぁ?」
「では、一度景品をその場で上げてみてください」
テキ屋のオッサンはチッと舌打ちをする。
黒だな。
この様子を面白がって、周りではスマホを向けてる奴もいる。かなり強面の厳つい男だが、よくもまぁ氷水は臆せず立ち向かえるものだ。
弱きを助け強きを挫く。昔から自分の中の正義感を信じてきた彼女にとって、恐れるほどではないのだろう。以前も立場が上であるはずの教師を罷免させたような奴だ。
これも全て皆のため──いや待て、今回は私利私欲か!
「行動に移せないということは、認めるということでいいですか?」
「チッ。おい」
男が一声かけると、いつの間にか厳つい男数人に囲まれていた。俺も一緒に⁉︎
「……ぐっ、警察沙汰になりますよ!」
「なーに。ちょっと痛い目に遭うだけさ」
「それは彼氏のこいつが引き受けるので、私は勘弁してください」
「おぉい‼︎ 何しれっと俺を身代わりにしてんだ⁉︎」
「しょうがないでしょ! ちょっとここまで抵抗するとは思わなかったんだから! 彼氏でしょ、何とかしなさい」
「沙希母の前だけね⁉︎ 俺今から告白しに行くんですけど⁉︎」
「あ、とうとうなんだ。まぁ、頑張って」
氷水もやはり知っていたか。
むしろ知らない人誰⁉︎
「おぉ、兄ちゃんは告白すんのか。頑張れよ!」
なんか、周りが応援してくれるんだが……案外悪い人達じゃないのか?
「成功するコツ教えてやんよ。顔面によぉ、紫色の化粧をするといいんだ」
青痣‼︎
こ、このままだと裏に連れてかれてボコられる‼︎
「──なに、やってんの?」
喧嘩ショーの観客化とした群衆の中から割り込んで来る人がいた。
その人は背の高い大人な女性。手にはフランクフルトを持っている。
「あぁ、えー、これはですね……」
「大荒先生!」
「大荒、せ……はい?」
氷水が先生と呼んだ。てことは友出居高校の教師だよな。彼女は塾や家庭教師には頼らず一人で勉強してるし。
いや、けど一年半も高校に在籍していて記憶にないな。大荒、大荒……大荒先生……あ⁉︎
「えっ⁉︎ 保健室の先生⁉︎」
友出居高校保健室の先生であり、以前に火炎寺が熱中症で倒れた時お世話になった。
あの時はもっとぽっちゃりしていて、顔のパーツが中心に寄っていたはずなのに……いや誰⁉︎
モデルのような細い腰。ぶかっとしたTシャツ越しにでも分かるほど大きな胸。タイトなズボンが似合うむっちりとした尻と脚。
目鼻整った顔立ち。サイドに下ろした黒く長い艶やかな髪。
美人だ……女優のように美しい人がいる。
初代難関美女四天王。その称号を保有するのに相応しい人物だ。
けど、前会ったの二週間前だぞ⁉︎ この間に何があった⁉︎
「「「お、大荒先生‼︎ お久しぶりっす‼︎」」」
突如として、周りの男が直角に頭を下げた。
あまりのことに俺と氷水が狼狽えていると、「おー、お疲れさまー」と軽くいなす大荒先生。
「あぁ、こいつら友出居高校の卒業生なんだよ。昔教えてたってわけ。あーむ」
「はい! グヘヘ、青春時代はほんとお世話になりました」
フランクフルトを弄んでいるかのように食べる大荒先生。えっろ……って、男たちもめっちゃイヤらしい目で見とる‼︎
「おい、お前ら。こいつら一応後輩なんだから優しくしろよ」
「「「はい‼︎」」」
「いやー、すまんなお嬢ちゃんたち。ここにある景品全部持ってけ!」
手のひら返しが凄い!
どんだけ大荒先生は人望あったんだ⁉︎ いや人気か? 色気か⁉︎
「えっ! いいんですか! ありがたく頂戴いたします!」
「お前は自重しろよ‼︎」
推しのフィギュアに飽き足らず、貰えるものは貰っておく主義。どこかで転売して新しく軍資金作るつもりじゃねぇよなこいつ。
一悶着ついたことで、ギャラリーは自然に解散していった。ついでに厳ついオッサンたちも通常営業へと戻る。
「生徒会長は見回りかね、感心だねー」
「ええ。常日頃から気は抜けませんので」
抜けていたのは常識で、気は狂ってただろ。
「にしても、本当に大荒先生なんすか? 以前と違うんすけど」
「この姿を見るのは初めてか。あたしはエネルギーを溜めやすい体質でね、食事した分だけ太り、お腹を壊せばその分痩せるのさ。今日はあたしも快腸というわけさ」
大荒は快腸時、スリムな美魔女になるという。なにそれもう魔法じゃん。
「で、七海はこんなとこで一人何してるわけ? 告白しに行くんじゃないの?」
「ああ、それなんだが──」
俺は日向を自力で捜すというゲームに強制参加させられていることを話す。
充電はできたが、俺の電話には出てくれないので、氷水のスマホを貸して欲しいと尋ねた。
「え、無理よ」
「何でだよ。連絡先持ってたはずだよな」
「そうじゃなくて、これ。今使えないのよ」
取り出したスマホの画面はバッキバキに割れて、電源ボタンを押しても画面は真っ黒のまま。
「さっき推しの浴衣限定のガチャを回したのよ。課金までしたのに──」
「はいはい外れてキレて地面に叩きつけたんだな!」
「そう。天井もないのよ! この守銭奴運営め! イラついたところここの出店に推しのフィギュアがいたから代わりにゲットしてやろうと思ったのよ」
最初から最後まで強欲な奴だな!
「ま、日向さんなら出店じゃなくて、櫓の方にいるんじゃないかしら。あの人はそういうのも好きでしょ?」
「そうだな。次行こうと思ってたとこだ」
「ふふ。青春だね」
大荒先生の一言に思わず顔が熱くなる。
「フラれた時は保健室においで。そういった心理カウンセラーもやってるからね」
「あ、ありがとうございます。まぁ、でも大丈夫っすよ。そん時はフッたあいつが失恋更生してくれるんで」
「そう。それはなかなかにドMだね」
確かに状況だけ聞いたらそうなるわな。
「じゃ。調子に乗らないように」
「激励の言葉なしか‼︎」
氷水のことは置いておき、俺は再びあいつを捜しに駆け出して行った。
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