Case.80 恋より友情の場合


「ふむ、やはり混んでるな」


 土神は祭り会場に着いて一言そう呟いた。

 いつも一緒にいるPUREの三人だが、ここを訪れたのは心木の提案だった。


「──なるほど。実際に祭りでカップルが成立しているのかを見届けたいと」

「はい。この改良を重ねて完成したバクチャーver8.0の効果を確かめたいので」


 何度も不慮な事故に巻き込まれても、何度も不遇な目に遭っても諦めずに作り上げた心木の最新作は、数字だけに蜂の形をしていた。

 今まで虫だと勘違いされて叩き潰されることが多かったが、蜂にすることで怖がられ、撃墜率は減少(予測)。また、素材自体を金属加工することにより頑丈性をアップ。


「さらに加工方法の簡略化により大量生産が可能になりました。この〝クイーンモニター〟にて同時に8体まで操作することができます」

「すごいよ仄果! そんなに作ってたんだ!」

「さすがPUREに欠かせない発明家だ」

「あ、ありがとうございます……! バクチャーver8.0改め〝ツイビー〟を投入します!」


 そして花火大会の会場にて。

 大量のツイビーは夏の暑さと人々の熱狂にオーバヒートを起こし、次々と地面に堕ちていった。


「ツイビー……。け、けど、熱対策という課題が見つかってラッキーラッキー……はぁ……」

「ほ、仄果……」

「……でも、別にこれは二の次でいいんです。本当は士導様と金城さんと三人で、夏休みの思い出が作りたかったですから……」

「「仄果……」」


 体育座りで落ち込んでいた心木にたまらず金城が背中から抱きしめる。


「もちろん! いーっぱい作ろ!」

「うむ。当然だ。今日ぐらい浮かれても構わないだろう。ボクたちが見張らずとも多くのつがいが生まれることに間違いないのだから。そうボクたちが流布した──この花火の伝説によってね」


 夜空に火の華が咲き誇り出す。

 花火を一緒に見た男女は結ばれる。

 何とも陳腐で単純なものだが、これくらい王道で理解しやすければすぐに噂は広まる。真偽は不明でもキッカケとなる後押しがあればそれでいいのだ。

 友出居高校の生徒に限らず、周辺に住む多くの学生は告白に臨むことだろう。

 それはすぐ側を通り過ぎた男も同様。


「……あれ⁉︎ 七海くん……⁉︎」


 心木は、汗を流しながら何かを捜している様子の想い人を見つけた。


「な、七海くん、ちょっとまっ、うわっ──」


 花火が上がるにつれて増える人。

 爆ぜる音と歓声のせいで声は届かず、心木は人混みに埋もれてしまった。



「──ん? 仄果はどこ行った?」

「あれ、ホントだ。ちょっと連絡してみるね」

「うむ……正直予想していたが、やはり逸れてしまったか」


 心木がいなくなってから一分も経たない内には気付いたが、この間に一人の少女を消し去るには十分な時間ではあった。


「ダメだ、繋がらないよ」

「こうなったら地道に捜すしかないか」

「そだね……んー」

「ん? どうした花?」


 口一文字にジッと見つめる金城。

 その手は落ち着きがないようにソワソワしており、汗も滴り落ちている。


「いやぁ、あたしたちまで逸れたら困るじゃん? だから、手、繋いどかない? ほら! そしたら離れてもすぐに気付くし! ゆとりも男とかぶん投げずに済むよ!」

「さすがに場を弁えるよ⁉︎ ──おほん、ボクも一応成長し続けているのだ。一瞬当たったくらいじゃ投げてしまわないよう注意している。現に左腕は傷だらけだ」

「自傷してまで我慢してたの⁉︎」


 服を捲り上げると、土神の左腕には爪が食い込んだのだろう痕がいくつもあった。


「もう、そこまでするくらい無理しなくても……はい」

「うむ、迷惑をかけるな。肌を晒してないから行けると思ったんだ。それにあの男でなければ……ん?」

「あれ? 土神と金城?」

「んがぁぁぁあ‼︎」

「ぎゃぁぁぁあああ‼︎」

「ゆとりぃ⁉︎」


 突如目の前に現れた七海周一。

 土神は金城の手を離すと即座に彼を一本背負いした。

 断末魔を上げる七海に辺りは騒然。


「いきなりなんだよ⁉︎」

「ちょっと! ゆとりの目の前に突然現れないで。驚いて攻撃しちゃうでしょ⁉︎」

「ふしゅぅぅぅぅ……」

「俺のせいなの⁉︎」


 ドードーと土神を宥める金城は、何事もなかったかのように再び手を繋ぐ。


「ったく、この男は……あぁ、そんなことはどうでもいい」

「傷害事件ですけど⁉︎」

「仄果を見なかったか?」

「えぇ? 心木さん? いや、見てねぇけど」


 さっきまで追いかけられていたことを知らない七海は首を傾げることしかできなかった。


「ところで、七海くんはどうして一人でお祭りに?」

「え? いやぁ、まぁ……」

「告白かー」


「……っ⁉︎」


「お前も分かるのかよ⁉︎」

「そりゃあ、あたしたちPUREは告白前の人の顔をいっぱい見てきたもん。相手は前にも言ってた日向さんって子だよね」

「ま、まぁ、なんだ。応援してくれるってわけか」

「うん。まぁ大丈夫っしょ。がんばれー」

「軽っ⁉︎」


 ヘラヘラとする金城に、七海も軽くツッコむ程度で終わらせる。


「まぁ、お前らの目的に素直に乗ってやるから。じゃあ、またな」

「あ、あぁ……」

「ふぁいとー」


 七海は第一目的地へと向かって再び人混みへと潜っていく。


「なるほどねー。仄果が消えたのって先に七海くんを見つけて追いかけたから。会えてないところはさすが不幸体質って感じだけど──ゆとり?」

「ん⁉︎ あ、あぁ、そうだな」

「よかったじゃん。また一つ新しい恋が成立するんだし。たぶんあれは成功するよ」


 金城の問いかけに、土神は顔を逸らした。

 嫉妬、あるいは後悔にも似た表情に、金城は強く手を握り直す。


「ゆとり! とりあえず今日のあたしたちは恋より友情! 花火が終わるまでに仄果を見つけてお祭りを楽しまなきゃ!」

「は、花ちゃん……おほん。そ、そうだな……。ところで花ちゃん」

「ん? どうしたのゆとり?」

「……ボクたちは多くのカップルを作り上げてきた。それが人のため、その先には日本のためだと思っての行動だ。だが、全員が一番望む形になっていないのも事実。だから──むぐっ」

「いいじゃんそれで」


 金城は両手で土神の頬を挟み、グッと顔を近付ける。


「ゆとりは何も迷う必要ないよ。ただ真っ直ぐに自分の理想を追い求めてたらいいんだよ。それに、人って恋より友達の方が大切なんだから。恋が一番じゃないんだよ」

「ひょ、ひょうなのか……?」

「うん。だって、自分の幸せを一人に委ねるのって怖くない? 友達たくさんいた方が安心するでしょ」

「そ、そういうものか……」


 離れた金城の目は真っ直ぐと、土神を見ていた。その目からなぜか逸らしてはいけないような気がした。


「だからあたしたちって、友好関係に影響が出ないのも汲み取って恋人を作り上げてるでしょ。恋で壊れる友情なんて、イヤだもん。あたしは」

「……そうだな。やはり花ちゃんの言うとおりだ。花ちゃんと友達でよかったよ」

「あたしはゆとりの幼馴染で親友ですからね。──さっ! 行こっか!」



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