Case.79 背中を押す場合


「うわー人多いねー」「去年雨で中止になったから今年は余計来てるんじゃない?」「やっぱ家帰って浴衣で来ればよかったかなー」「浴衣とか家にないわ」「初月さんは浴衣持ってるの?」

「……えっ⁉︎ いえ、わたしも持ってないです」

「え、なんて?」


 喧騒の中ではわたしの声が届かないので、ジェスチャーを使って答えた。


 わたしは今、花火大会の会場にいる。


 塾があったけれども、講師の「せっかく二年ぶりの花火大会なんだから、まだ高二のお前らも青春したいだろ。勉強と休息はしっかり切り替えないとだけどな」と、いらぬ気遣いにより前倒しで授業が終わった。

 そこで、塾で少し仲の良い他校の友達と来たけども……やっぱり七海くんとひなたちゃんのことが気になっていた。

 もちろん、二人で花火大会に来ていることは知っている。なんとなくだけど、今日で関係が進むような気がしている。

 何度考えても、二人が付き合うことになったら本当に嬉しいことだし、祝福すると思う。

 けれど、何度考え直してもどこか辛くて、痛くて、泣きたくて……。

 後日どうだったか聞くのも、どうなったか連絡するのも尋ねたいのに言えない。

 わたしはずっとふらふらと決めることがないまま感情の海を漂っている。


「──あれ、初月さん?」

「ふぇ⁉︎」


 な、七海くん⁉︎ ど、どうしてこんなとこに⁉︎

 ひなたちゃん、はいないし……え、なんで⁉︎


「塾じゃなかったっけ?」

「あ、えっと、早く終わっちゃって……」

「あぁ、そうなんだ」


 ひなたちゃんは?

 と、聞きたくても口が動かない。


「あれ? 初月さん知り合い?」

「もしかしてカレシー?」

「もう! いたなら言ってくれればよかったのにー、じゃあ、あとは二人でどうぞ青春してくださーい」


 と、勝手にみんなが囃し立てたのちに、スーッと去って行った。否定しても声が届いていなかった。

「な、なんか初月さんにしては意外な友達だな」と七海くんが気まずそうに呟く。


 ……二人きりになってしまった。


「あ、そうだ。初月さん、日向に電話してもらっていい?」

「え? ……どうしてですか」

「いやぁ、あいつがなんか『ワタシを捜せー』とか言って電話に出る気ないんだよ。だから初月さんから電話して油断させようとってやつだ」


 ……やっぱり。二人は会うつもりだったんですね。

 ちょっとそのゲームみたいなことしてるのは、さすがひなたちゃんだなって感じです。


 ──けど、七海くんと最初に会ったのはわたし。

 すみません。少しだけわたしに譲ってください。


「ごめんなさい、わたしスマホ家で……塾だったので」

「あぁ、そう、か。こっちこそ悪いな」

「いえ……あの、わたしも一緒に捜すの手伝いましょうか?」

「えっ……お、おう頼むよ!」


 あぁ、色々と勉強してくるんじゃなかったな……。わたしがいたら気まずい、で答え合ってますよね。

 でも、それでも少しだけでいい。最後にわたしの心を満たしておきたい。


「闇雲に捜してもひなたちゃんは見つからないと思います。一度座って考えてみませんか? あそこのかき氷を食べながら」


 砕いた氷に同じ味のシロップをかけただけの物に、300円も払ってしまった。この時間の対価を考えればとても安い。

 列に並んでいる時、改めて浴衣を着ている人が多いなと感じた。

 もし、現在の状況を予期できていたら浴衣を着てきただろうか。あ、わたしもみんなと同じで家にないんだった。


「七海くんって浴衣持ってますか?」

「え? いや、持ってないな。男で持ってる人は少ないんじゃねぇかな」

「そうなんですね。わたしも持ってないんですよね。女の子はみんな持ってた方がいいのかな……」

「さぁ、それはどっちでもいいんじゃないかな? けど、初月さんは浴衣似合ってたし、持っててもいいかもなー──あ、俺たちか。えーと、俺はイチゴで。初月さんは?」

「……同じもので」


 京都で心木さんと一緒に浴衣姿を見せていたわたし。

 それを覚えていた七海くんは、振り返りながら何気なしに言ったんだと思う。

 でも、それだけでもう嬉しくて。

 七海くんがまとめて払ってくれたので、お釣りが来てしまった。



「いっっ⁉︎ たぁぁ……」

「急いで食べたらそうなりますよ」


 祭り会場から少し離れた花壇に腰掛ける。心もとない街灯しかないけども、会場からのオレンジ色の光があるおかげで辺りは明るい。

 その光に向かって人々は皆、一方通行にわたしたちの前を通り過ぎて行く。


「日向がいそうなところだけど……あいつ、いつものとこでって言ってたんだよな」

「いつも待ち合わせする場所、とかですか?」

「いや、ここ来るの初めてなんだけど。去年は雨で祭り自体なかったし」

「聞き間違いとかですかね」

「いやぁ、あいつの声はハッキリ聞こえたから間違ってないと思うけど……なにせ適当な奴だからな。考察しても無駄な気がしてきた」

「あはは……。えっと、ではひなたちゃんがお祭りで行きそうなところ──」


 もちろんわたしは、ひなたちゃんを捜すことには真剣に手伝った。

 今日の花火大会は地元で一番のお祭り。各地で様々な催し物が開かれている。

 その中にひなたちゃんが惹かれそうなところがあるはず。モバイルバッテリーが刺さった七海くんのスマホで公式サイトを検索しながら、いくつかピックアップする。


「確かにこんなかにいそうだな……。候補多いけど。でも、さすが初月さん! よし、じゃあかき氷食べ終わったら捜しに行くか」


 ひなたちゃんを見つけることよりも、食べるのが遅いわたしを気遣ってその場に残ってくれる彼はどのルートで捜すか考えているみたい。

 ──やっぱり七海くんは優しいよ。

 ……うん。だからわたしはそんな七海くんと大好きなひなたちゃんをもう裏切ることなんてできない。


「……あの、七海くん」

「ん?」

「その、これから──」


 その時、花火が上がった。

 夜空に一輪の大きな花が咲いたのを合図に、歓声が上がる。

 そういえば、花火を好きな人と一緒に見ると結ばれるって耳にした。わたしも彼も一緒に空を見上げて──


「やばっ⁉︎ もう始まったのかよ⁉︎ 終わるまであと一時間か……。えっと、ごめん初月さん。さっき何か言おうとしてた?」


「好きです」


「……え?」

「……よね。ひなたちゃんのこと」


 花火と歓声の音がうるさい。

 けど、それでも七海くんたちはわたしの声を拾い上げてくれる。本当の気持ちまでは掬ってくれずに済むけども。


「……ど、どうしてそう思うんだ」

「見てれば気付きますよ。誰だって」


 だって、わたしはひなたちゃんの次にずっと見てきているんだから。


「マジかよ⁉︎ ……やっぱ俺って顔に出やすいのか……?」

「きっと告白。成功すると思いますよ」

「お、おう……。え、何でそれも──」

「それはひなたちゃんに聞いてください。それでは、わたし明日も塾ですから帰ります。だから一人で、頑張って見つけてくださいね」

「初月さん……。ありがとな! 行ってくるよ!」


 花火の光で赤く照らされた七海くんは、人混みに紛れてすぐに消えてしまった。


 がんばって。

 ひなたちゃんもきっと二人きりになりたいわけですし、たぶんそれは叶うと思います。

 だから大丈夫。わたしだって失恋更生委員会の一人。

 あゆみちゃんが自分自身を応援しているように、わたしもわたしを励まそう。

 失恋は二回目だから、慣れていける。


 ──けど、痛いな。しんどいよ。ひなたちゃん。


「……別れたら許さないですから」


 わたしの最後の投げかけが呪いのように、手元に残るかき氷は赤い液体へと成り果てていた。


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