Case.78 世間は狭い場合


「ふー……おいし」


 長女の蘭がお酒を飲んでいる。色っぽい。

 雪浦母が飲み過ぎないよう注意するが、雪浦父が運転するからとグビグビ口に運ぶ。


「いいなー、アタシ来月までお預けだよ」


 次女の凛はまだ規定の年齢に達していないため、羨ましそうに姉を見ていた。

 バーベキューがひとしきり終わり、キャンプなどでよく用いられる持ち運びできるテーブルを囲んで、各々飲料を手に談笑していた。

 といっても俺は基本聞き役に徹しているけども。

 ほんと何で俺をここに呼んだんだよ! 場違いにも程があるだろ!


「HAHA! すまないね。いつもはもっと大勢を招待してPARTYをするんだ。しかし、みんな都合が合わなくてね。周一くん一人だけになってしまった」

「カレシバイト」

「彼氏は就活中」

「ママの友達はお料理教室の発表会なのよ」

「奏音は友達と遊ぶ約束を先にしていたみたいだ」


 えぇい! 全員俺を嵌めようとしたんか⁉︎ というか当然と言っていいほどみんな恋人がいるな⁉︎

 ただ、雨宮家の友達や恋人なら同じような人種が集まったことだろう。むしろこれ以上参加者がいた方がもっとキツかったな。


「ささ、せっかくの唯一のGUESTだ。ぜひとも周一くんの話を聞かせてくれ?」


 と、雨宮父がいらない気遣いをしてくれた。


「たしかに〜、憐とはどうやって知り合ったの?」

「憐は気難しいところもあったでしょ」

「憐って学校でもこんな感じなの?」

「ワンワン!」


 女性陣とワンコロから矢継ぎ早に質問をされた。

 助け舟を出してくれと雨宮を見る。


「ちょっと姉さんたち。親友が困ってるじゃないか」

「親友ぅ⁉︎」


 親友ってあれか⁉︎ 親しい友達と書いて親友か⁉︎

 俺ら連絡先交換して一ヶ月も経ってないぞ。それに初対面の印象最悪だったけども⁉︎


「へー、親友かー。憐もそういう相手ができるなんてね」


 な、なぜそんなにしんみりと……?


「今度周一くんのご家族にも挨拶に行かないとね」


 んんん凄いコミュ力⁉︎

 こんなにガンガン来る家庭が他にあるか⁉︎ というより人と関わること自体が大好きという感じだな。今回のようなバーベキューなどのレクリエーションは多く開催しているらしいし。

 家庭が違えば環境も違う。俺もここに生まれていたならば、雨宮のような人間になれたのかもしれない。

 もっともうちの家族は誘われたならもれなく行って、超馴染んでるだろうけど。


「周一くんはご兄弟はいらっしゃるの?」

「五つ上に姉が」

「へぇ、てことは私と同い年か。そういえば私の友達に七海って子いるけど、もしかして下の名前って咲季さき?」

「え? ……そうっすけど」

「ほんと⁉︎ え、成大なりだいだよね⁉︎」

「そうっ、すね。成諏磨なりすま学院大学っすね」

「周一くんってサキサキの弟だったんだ⁉︎ わー、偶然!」


 落ち着いた雰囲気の蘭さんがテンションが上がった。

 俺も確かに驚いたけども。

 七海家長女、七海咲季ななみ さき

 成諏磨学院大学に通う女子大生だ。今は大学四年生──ってとこまでしか知らない。学部は依然として把握してないし、就活もどうなっているのか聞きづらいほどの間柄である。

 そう、勘のいいガキは気付いたかもしれないが、俺の姉と氷水は名前の読みが同じである。

 沙希と咲季──両家からはサキサキコンビと呼ばれていたし、二人も相方以上に仲が良い。

 だから俺は10年来の付き合いであっても、氷水のことを名字で呼んでいる。


「私は結構サキサキの下宿先に泊まってたからさ、ほんとすごくお世話になってたんだよね」


 蘭さんがそう言うので、雨宮家がより一層七海家にお礼をしなきゃと盛り上がる。

 よく分からんが、世間ってめっちゃ狭いなぁ……。


「ほんと、あれから一年も経ってるのか……。サキサキったらほんと強いよ……」

「色々と……?」

「え? サキサキから何も聞いてない?」

「まぁ、あんま帰って来ないですし、帰ってたとしても顔合わせること少ないんで」

「あー、じゃあ今の聞かなかったことにして。ごめんね」と、蘭さんは内容をはぐらかした。

 何があったのかは知ることはできず、直接姉に聞こうにもむしろどこから聞いたのかと問いただされそうなので、俺もなるべく忘れるように努力しよう。

 まぁ気にはなるが、別に俺が直接関係するわけないしな。


 その後、コミュ力お化け家族とたのしいたのしいバーベキューは何とか佳境を迎え、とうとう花火大会の時間が迫ってきた。

 会場に向かうのは俺と雨宮憐だけらしく、駅まで送ってくれた。車で向かうと間違いなく渋滞に引っかかるからだ。


「いやぁ、僕の家族と打ち解けてくれたみたいで良かったよ」

「おい本当にそう思うのか」


 確かに雨宮の家族だなと色濃く感じるほどには性格の良さが溢れんばかり出ていて心地は良かった。

 だが、これから大事な告白が待っているというのに、既に体力を使い切っていた。相手は疲れを知らない超元気っ子だぞ⁉︎ 太刀打ちできんのか⁉︎


「って、そうだ。アドバイス! 俺はその報酬のためだけに来たんだぞ。教えろモテ男!」

「モテ男って程じゃないけどね。でも、そうだな。そのままでいいんじゃないかな」


 ファーン‼︎ と電車が行き違った。


「はぁぁ⁉︎ もっとこう、セリフとかシチュエーションとか、そうだ俺の今の服も大丈夫なのかとか⁉︎」

「そのままでいいよ。七海くんは七海くんだろ? 自分を飾る必要はない。大事なのは告白じゃなくて、その後の付き合いだと僕は考えている。あの瞬間だけカッコ付けたところでいずれは慣れてボロが出るのさ。無駄に付け足さなくていいんじゃないかな」


 ──なぜだ。説得力が違う気がする。

 たとえ同じセリフを俺が言ってみてもだ。Web広告ばりに信用度は低い。

 それって結局地のイケメン力がある雨宮だから言えるのでは⁉︎


「告白は喋る場じゃないよ。話を聞き、相手を知る時さ」


 しかし、それでも妙に納得してしまった。

 告白とは、想いを告げて自分の気持ちを白状することだと考えていた。

 しかし、告白ですらも会話の一部でしかない。相手がいなきゃ何も話せないのだ。


「だからこそ、僕はあの時、君の話をしっかりと聞くべきだったと今も反省してるんだ。今回君を誘ったのは君のことをもっと知りたかったからだよ」


 ……雨宮はそういう奴だ。根っからのいい奴なのだ。

 相手の考えを汲み取り、対象が喜びそうなことを言動に起こせる。

 だからこそ彼は人望があり、信頼される人気者で──そして表面的なのである。

 過去の俺が極めた先にこいつがいる。俺が求めていた別の未来。


「──混んできたね」


 会場である港へと近付くにつれて人が多くなっていく。俺たちは座れているが、膝が立っている人にぶつかる。

 これだと日向と合流するのには苦労しそうだな。先に待ち合わせ場所を決めるために連絡を……あ。


「どうしたの?」

「……充電、あと2%しかない」


 モバイルバッテリーは持っていない。雨宮もないらしい。


「先に待ち合わせ場所だけ送って待つか、コンビニとかで充電器を買うかだね」

「そうだな。結局はまず日向に連絡を──」

「あぁ、やっぱり相手は日向さんなんだね」

「うぐっ⁉︎ ま、まぁな……」

「なら心配はいらないかな。一緒に停学した仲だろ?」


 こいつ、分かってて意地の悪いことを言ってくるな。お世辞も上手ければ、皮肉もなかなかに上手だ。何枚も上手だなちくしょう。


「そうだ。一つ耳寄りな噂が。花火を一緒に見ると結ばれる、なんてことを学校で聴いたよ。上手く行くといいね」


 そして、会場に着いた俺たちは駅の改札で早々に別れた。

 雨宮は最後に腕を真上に挙げて手を振った。

 終始爽やかイケメン野郎だったな。


 ……さてと、とりあえず日向に連絡しないと。

 一度『充電ヤバいからコンビニで充電器買ってくる』と連絡してと……おい、電話かかってきたぞ。


『あ! もしもし〜、七海くん充電ヤバいの? もう〜その辺抜けてるんだから〜』

「うるせぇ! 充電ないから余計なこと喋るな! とりあえず俺は改札にいて──」

『ねぇねぇ七海くんさ! ゲームしよ!』

「は? いや花火は?」

『花火はもちろんするよ! と、いうわけで! ワタシを見つけてみてよ! 自力で‼︎』

「はぁ⁉︎」

『じゃあ、花火大会終わるまでに来てねー、いつものとこでねー!』


 と言って電話を切った。そして、充電も切れた。

 日向と通話すると充電の減りが早いな、おい。

 相変わらずよく聞こえる騒がしい声で、いきなり訳わかんないゲームに付き合わされることになった。

 いや、付き合わされるのもあいも変わらずか。

 俺は日向を捜しに向かうことにした。の前に、念のため充電器買っておこう。

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