Case.75 いずれ好きになる場合


 火炎寺たちは未だにミストフォレストで彷徨っていた。仕方がないので見つけたベンチに腰掛ける。

 濃霧のせいでかなり湿っており、穿いているショートパンツの色が変化するほど濡れてしまった。

 だが、そんなことなど気にするはずもなく、今のこの状況に流れる冷や汗が止まらなかった。


「話って、なんだよ」

「……俺たちが家族になったことだ」

「あ、あぁ」


 少し期待外れだった。いや、予想通りではある。

 雪浦たちと家族になって約一週間あまり。少しずつ打ち解けてきた仲になってきたが、どこかまだ一線を引いている部分はあった。

 ただそれは至極当然のことである。突然として、同級生と暮らすとなってすぐに受け入れられる人はいない。

 雪浦自身もあの日まで知らなかったのだ。


「感謝している。妹たちに苦労と心配をかけることもなくなって、みんな毎日楽しそうに暮らしている。それに、母さんも少しずつだが、体調が良くなっている気がする。元々あの環境では身体に障ることは間違いなかった」

「それは良かったよ。別にアタシは何もしてないけどな。勝手に父さんが……そういや、どうして二人が結婚したのか知ってるか?」

「俺も直前に知らされたことだから詳しいことは分からないが、火炎寺の父は、ひと月ほど前から母の主治医となったと聞いた。出会いはそこだろう」

「そっか……」

「どうした?」

「いや、何でも……嘘だ。ある」


 火炎寺は家族となったからには、変に隠し事はしない方がいいと考えた。


「アタシの母さんはさ、病気で亡くなったんだよ」


 そのことを火炎寺の父はひどく後悔した。

 自分が医者であるというのに大切な人の命を救えなかったことを。

 だからこそ一人でも多くの命を救うために、娘は彼の母に任せきりにしてずっと仕事や勉強を重ねてきた。


「別にそれはいいんだよ、仕事頑張ってたことくらいは知ってたし。けど、そんなんでも母さんのことを想って再婚はしないもんだと思ってたけど……」

「俺の母と重ねて見たということか」

「じゃねぇかな……。真実はあの人たちにしか分からないんだけど」


 聞くに聞けない話。

 火炎寺の父はまともに取り合ってくれないだろうし、雪浦の母も適当に流すだろうと彼は言った。


「まぁ、なんだ。雪浦と家族になれたのは素直に嬉しいけどよ。ほら、まぁ、家族は別物だろ?」

「そうだな」


 雪浦は冷たく肯定をした。

 家族になった以上、付き合えることはない。


「俺たちはもう義兄妹だ。家族として好きという枕詞が必ず付く」

「だよな……」

「──しかし、もし家族にならなくてもいずれ好きになるんだろう」


 火炎寺は目を見張った。

 今、いつか自分のことを好きになるのかと知って。

 スプリンクラーが切れる時間が決まっているのだろうか、再び霧は晴れ、光が差し込む。


「泣くほど嬉しいか?」

「そりゃ……そうだろ……‼︎」


 あまりにも嬉しすぎて出た涙が止まらない。

 霧のせいにしたいのに肝心な時に止まっている。


「そんな言葉貰って、嬉しくない奴がいるかよ! ほんと何も知らねぇな!」

「そうだな。俺にはまだまだ知らないことがあるようだ」


 雪浦はまた優しく微笑んだ。

 好きになった理由は負けたくないからと、ささいなライバル意識から始まったのかもしれない。

 しかし、今は彼の笑顔が好きだ。


「そろそろみんなのところに戻るか。今なら晴れて出られそうだ」

「グスッ、そうだな……。なんかここマジで出られる気しねぇし」

「あぁ、迷って泣かれたと思われる」

「それはハズいな。助けろお兄ちゃん」

「……雪浦でいい」


 雪浦は8月31日、火炎寺は1月1日生まれと、雪浦の方が兄となる。

 無理矢理に決心した火炎寺は、雪浦と手を繋ぐ。

 離れることはなく、手のひらはきっと霧のせいで湿っていた。



   ◇ ◇ ◇



「すっかり寝ちゃったね」

「……ふっ、そうだな──あぁぁぁ……はぁはぁ、本当に子供の体力とは無尽蔵だな」

「ゆとり疲れ過ぎ〜」


 プール内に陣取った、失恋更生委員会とPUREの緊急合同本部、つまり休憩スペースにて金城と土神はいた。

 金城の膝枕で寝ているのは三葉と四郎。

 先程まで、ファミリープールを中心に二人に連れ回されていたが、ようやく糸切れたようにぐっすりと寝てくれた。


「しかし、こうしてみると、まるでこの子たちの両親になった気分になるな」

「そだね〜……え?」

「どうした?」

「いや、なんでもないよ!」


(ゆとりったら……あたしたちが夫婦だなんてー! やばっ、大胆過ぎるよその告白〜! って、ゆとりにその気はないのは分かってるけど、でも、もしあたしたちが結婚なんてしたら──)



「ん、んん……」

「ゆとり、おはよう♪」


 最初はワンルームの部屋から始まる。

 廊下と兼ねたキッチンにて、土神の好きな和食を作るだろう。


「──うん、美味しい」

「でしょー?」

「これからも花ちゃんの味噌汁を飲めるなんてボクはとんだ幸せ者だよ」


 そして、幼馴染の頃からと同じように服を着替えさせてあげた金城は玄関まで見送る。

 ビシッとスーツを着せられた土神はビジネスバッグを手に取る。


「今日は遅くなるかもしれない」

「うん。分かったよ、お仕事頑張ってね」

「……花」


 土神は真正面から金城を抱きしめる。

 狼狽えていると、顎をクイッとされて顔を引き寄せられる。もう近過ぎて顔が見えていない。


「ちょ、ゆとり……! 朝からそんな……」

「しばらく花に会えないと思えば、寂しくてね」

「もう……遅れるよ」


 お互いに名前を呼び合いながら、近付く唇と唇。


「花?」

「ん、ゆとり……」

「花ちゃんも眠いのか?」

「……へ⁉︎」


 現実に戻された金城。

 今自分はエプロンではなく、水着姿。目を瞑りキスを迎え入れる唇の形をしていた。


「べ、別に眠くないよ〜、ちょっと考え事してただけだから!」

「ふむ、ならいいが」


(やっばぁ、妄想が過ぎたなぁ……)



   ◇ ◇ ◇



「む、帰ってきたのか」

「そりゃ荷物はここにあるからな」


 俺たち四人は造波プールやふれあいプールで遊んでから帰ってきた。

 とにかく疲れた……。

 そりゃ水圧に逆らうわけだから体力使うのはもちろんだけど、色々と気を遣うことも多かった。

 ふれあいプールの頭上には、流し込まれ続ける水が貯まると一気に落ちてくるでっかい桶があるのだが、その勢いのせいでまた初月のビキニが流されたりだとか。


「七海くんって、性奴隷に興味ある?」


 などいきなり心木が耳元で囁いてきたりなど、って、俺にそんな趣味はないぞ‼︎ ……たぶん。

 いったい心木は何の本や記事に影響されたのかは知らんが、PUREと名乗ってからには純粋な方法を取って欲しい。

 あと日向はずっと騒がしかった。


「いやー! 楽しかったねー‼︎」


 日向は初月と心木とでさっきまでの時間の思い出を語り合いながら余韻に浸っている。

 だが、ここまででまだ二時間ほど。この体力のまま午後に突入するとか身体が保たん! 何であいつら元気なんだ⁉︎


 ったく、元々今日のつもりはなかったが、イベント事だと日向は純粋に楽しんじゃうから告白のタイミングとしては向いてないか?

 いや、俺は絶好の瞬間に狙いを定めていた。そのためには二人きりでいれるようにしないとだが……


「あ、あゆゆおかえり〜!」

「お、おう!」


 火炎寺が雪浦と二人だけで帰ってきた。

 手を繋いでる。


「むむむ? むむ〜?」


 訝しく思う日向だが、俺も同じ気持ちだった。

 二人の距離感がグッと近くなっている気がする。


「い、いや〜、霧すごいエリアあってさ。見えないくせにだだっ広いから出るのに苦労したよ」


 わざとらしく手を離した火炎寺がはぐらかすせいで、余計に疑惑が確信に近付いた。


「二美はどこ行った」

「それに五十嵐も帰ってきてねーのか?」


 日向がズケズケと踏み込もうとしたが、雪浦と火炎寺の言葉によって立ち止まる。

 昼時になれば帰って来るよう告げられていたが、戻って来てないようだ。

 入口近くに休憩スペースを確保したわけなので、迷うことはないだろうし、二人とも時を忘れて一人で遊ぶなんて性格でもないだろう。

 水着姿では電子機器は持ち歩いていないし、二美はスマホを所有すらしていない。


「……ちょっとアタシ捜してくるよ!」

「じゃあワタシたちも!」

「ボクたちはここで待っていよう。帰ってくるかもしれないしね。連絡が取れるようにスマホを──」

「「うぉぉぉおお‼︎」」

「聞かないか!」


 日向と火炎寺は我先にと走って行った。

 すまないな、うちのメンバーは人の話を聞かない奴が多いんだ。それとプールサイドは走るな。

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