Case.73 勝負を譲る場合


「なぁ雪浦! アタシまた強いデッキ作って──」

「ねぇお兄ちゃん! 日焼け止め塗ってよ♡」

「並んでる時にか」

「並んでる時だからだよ♪」


 ぐぬぬと歯を噛み砕く火炎寺。

 火炎寺、五十嵐、雪浦兄妹はウォータースライダーの列に並んでいた。

 二人乗りのチューブに乗って滑り降りるアトラクションなので、何とかして雪浦とペアを組みたい火炎寺は積極的に話しかけようとするが、二美がことごとく邪魔をする。

 文化祭後、火炎寺は度々自習している雪浦の元に遊びに行っていたが、そこで彼が遊○王をやっていたことが判明する。どうやら四郎が大好きで付き合ってあげていたらしい。

 すぐにデッキを買い揃え、初月に付き合ってもらって練習もした。家にお邪魔した際に闘おうと常に懐には最強デッキを忍ばせていた。もちろん勝つ気ではいた。

 しかし、雪浦家には初期のバージョン、しかもデュ○マやヴァン○ードなど他の種類まで混ざり、オリジナルルールでプレイしてたことを知っては驚いた。

 ただ、この手の話題だと雪浦との会話が五言は長く持つので、火炎寺はこれをキッカケに話を切り出そうとするが……


「はい、これ。胸に塗って欲しいなぁ……♡」

「届くだろ」


 二美は小さいアクリルバッグから日焼け止めを取り出して渡そうとするが、兄に拒否される。

 なかなか火炎寺は雪浦と時間が取れない。それに五十嵐も先程から黙ったままだった。


「じゃ、お兄ちゃん前ね。私後ろに乗るから」

「ああ」


 そして何の成果も得られないまま、自分たちの番が来てしまう。

 雪浦は言われた通りあっという間に滑り出す準備をし、二美はこちらを振り返り、牽制するようにあかんべえと舌を出して行ってしまった。


「クソッ、二美をどうにかしないとダメだよな……五十嵐、ここは一時休戦だ! 一旦協力してあいつを引き剥がそうぜ」

「何でなの? そもそも戦ってないなの」

「そりゃ……お前も雪浦のこと、その、好き、なんだろ」

「私は──」

「はい、次のペアー」


 係員に促されて、チューブに乗せられていく。火炎寺が前で、五十嵐が後ろだ。


「私はただ、先輩に──」

「どわっ⁉︎」


 何かを淡々と話し続けているようだが、内容を最後まで聞き取れず、チューブは滑り始めてしまった。

 右に左に上に下に前に後ろに表に裏に──


「わぁぁぁ⁉︎ どうなってんだこれ⁉︎」

「──だから、私は先輩に伝えるなの」

「えぇ⁉︎ ご、ごめん! もう一回言って!」

「私は先輩に、命を救ってもらったなの。だから」


 大きな音と共に、高く水飛沫が上がる。ゴールに着水したチューブはあまりの勢いにひっくり返ってしまい、火炎寺たちは投げ出されてしまった。


「──平気か」

「ゲホッゲホッ、あ、あぁ……」


 先に降りていた雪浦が水中に沈んだ火炎寺の手を取り、引っ張り掬い上げる。

 すぐに火炎寺は愛しの人と手を繋いでいることに気付き照れてしまう。


「お、おわぁ! す、すまん!」

「早くしろ、後ろが来るぞ」


 雪浦は火炎寺の手を取ったままプールから出るよう連れて行く。

 恥ずかしい限りだが、この状況を享受することにした。


「あれ、五十嵐は?」

「ここにいるなの」


 既にプールサイドにいた五十嵐。

 着水の勢いで後側にいた彼女が前の方に吹き飛ばされたことで、先に出たらしい。


「ちょっと! お兄ちゃんといつまで手を繋いでるのっ‼︎」


 夢の時間もここまで。

 再び妹の手によって引き剥がされる……が! 火炎寺はその手で二美の手を掴んだ!


「えっ⁉︎ 何っ⁉︎」

「ふ、二美ちゃん……ちょっとアタシとあっちに行こっか」

「い、いきなり何です⁉︎ てか、そんな名前で呼んだことありませんよね⁉︎」

「いいからいいから。姉妹として交流を深めようと思ってさ」


 ニゴッ


「笑顔怖い⁉︎ ちょ、ちょっと‼︎」

「じゃ、じゃあ! お二人さんは先輩後輩としてちょっと遊んどいてくれよ! また後でな‼︎」


 火炎寺は二美をそのままお姫様抱っこをすると、どこかへと走り去って行く。


「……妹が誘拐されたんだが」

「……先輩。少しお話いいですなの?」



   **



「ここまで来ればいっか……」

「ちょっと降ろしてください!」

「あ、ごめん」


 火炎寺はその場に丁寧に降ろしてあげた。


「どうしてあの人とお兄ちゃんを二人きりで残したんですか!」

「そ、それは……まぁ、二人だけしか分からない話があるってかさ……」

「はぁ? よく分からないですけど、あなたはそれでいいんですか?」

「……だってアタシと五十嵐じゃ、理由の重さが違うっていうかさ」


 命を救ってもらった、火炎寺はそう間違いなく聞こえた。

 詳しくは分からない。だが、自分がライバルと意識していく内に好きになったとは理由わけが違う。


「だから、せめてアタシより先に二人きりにして──」

「はぁ……? 何言ってるんですか?」


 呆れた顔で答える二美に、火炎寺は唖然としてしまった。

 アクリルバッグの中身を整理しながら、さも当然のように話を続ける。


「関係ありますか? 好きになったのに、理由の勝敗とかいります? 勝負は気持ちが伝わるかどうかだけでしょ。それ、ただ自信がない言い訳にしてません?」


 痛いところを突かれた。

 雪浦とどれだけ一緒にいても、彼が自分に惹かれているようには思えない。

 義理の家族になってしまい、二人きりでプールにも堂々と誘えず、ただただ敵前逃亡していたことに気付く。

 それはもう勝負に戦わずして負ける、不戦敗と同じだった。


「私はお兄ちゃんが大好きです。血の繋がった家族とか関係ない。私が一番お兄ちゃんを好きなんです。理由こそほんとどうでもいい。だからこそ……あの女を止めないとぉ……‼︎ あんな大人っぽい人に負けません! 私だって、それなりに色気付いてきたのにぃ……‼︎」


 確かに二美が、胸のマッサージを夜な夜なしていることを火炎寺は知っている。

 だが、そんな色気よりも殺気の方が扱い上手そうだ。そういう分では火炎寺と似ているかもしれない。

 ただ彼女とは明らかに違うのが、怯むことない積極性。

 失敗を、敗北を、失恋を、何も恐れていないのだ。


「私はお兄ちゃんの元に行ってきます。あなたもどうするかは自分で決めたらいいんじゃないですか」


 二美はアクリルバッグを持ち直し、さっきのところに戻って行った。

 失恋更生委員会に誘われて、彼女たちのアドバイスの元動いて、恋をしてから今までずっと受動的だった。

 一番を無我夢中に追い求めていたあの日々のように、今一番欲しいことは──


「アタシは…………よし」


 恋愛が向こうからやってくることはない。自分から動かなきゃ何も得られない。

 火炎寺も覚悟を決めて、二美が向かった道を辿って行った。

 雪浦たちは先程の場所には既にいなかったので、とにかく広い園内を捜し回った。

 すると、霧が濃いエリアの中で二人がいることを二美よりも先に発見することができた。

 ここ、〝ミストフォレスト〟では、周りが見えなくなるほどミストが強く噴き出しており、逢引をするとしたらうってつけの場所となっている。


「先輩に伝えたいことがあるなの」


 一足遅かったみたいだ。

 五十嵐は自分の気持ちをして伝えた。


「性奴隷でも肉便器でも私を好きなように使い捨てくださいなの」

「んんんん、ちょっと待て‼︎‼︎」



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