Case.72 流された場合


 失恋更生委員会、PURE、雪浦家と計12人と、ここまで揃うんだったら団体割使えばよかったと後悔するほどに集まってしまった。


「おい。こんなにも人数がいるんだ。もっと広いところを取りたまえ」

「お前らのために取ったんじゃねぇけど⁉︎」


 休憩スペースが荷物を置くだけでぎゅうぎゅう。

 文句を垂れる土神は全身をラッシュガードで包んでいた。男と肌が触れないようにするためだろう。こんな灼熱のコンクリートに叩きつけられては命が持たないので、距離を取る。

 ただ今日は晒を巻いていないのか、胸部の存在感が大き過ぎて、俺含めてすれ違う男は皆、凝視している。


「ゆとり〜、やっぱどこも空いてないみたい。もうここを奪うしかないね」


 園内を軽く見てきた金城。

 彼女の水着は黄色いビキニ。シンプルイズベスト。

 インフルエンサーでもある彼女が今の姿を投稿すれば、一万いいねはくだらないだろう。

 彼女のハリのある胸がビキニを押し付けている。お、おぉ、俺触ったことあるんだよな、おぉふ。


「というわけだ。即刻立ち退いてもらおう失恋更生委員会の諸君」

「ゼッタイやだね! 後から来たくせに、ズルいぞー!」


 バチバチと二人の間で火花が散る。

 うちの委員長は「偉そうに!」と偉そうにプンスカ怒っている。


「なら勝負と行こうじゃないか。どちらがここを使えるか──」

「ねーねー! いいからおねえちゃんもあそぼうよー!」

「いこういこう!」

「ちょ、ひ、引っ張るな……!」


 因縁などはお構いなしの三葉と四郎に、それぞれ両手を掴まれた土神は左右に引き裂かれそうになっていた。

 四郎も男だが、年齢が低いと投げないんだな。良かったよ児童虐待にならなくて。


「そうそう! 遊ぼう! 泳ごう! ささっ、あゆゆは今のうちに!」

「お、おう! ……雪浦、さっそくウォータースライダーに──」

「お兄ちゃん! 一緒にまわろー!」


 火炎寺に見せつけるかのように、妹の二美が全身を使って雪浦に抱き付く。

 中学生にしては大きい胸を存分に押し付けて気を引こうとしているが、当の雪浦は無反応。

 火炎寺も思い切って行きたそうにしているが、なかなか踏み込めない。

 そこに、さらなる強敵が立ちはだがる。


「先輩、私もご一緒してもいいですなの?」


 雪浦の右手を取り、両手で包み込むようにして握る五十嵐。

 二美は威嚇しているし、火炎寺に至ってはわなわなと震えている。


「お兄ちゃん!」

「先輩なの」

「先輩じゃなくて私のお兄ちゃんよ!」

「なの?」

「ちょっと待てぃ‼︎」


 火炎寺は言い争う二人から雪浦を連れ去る。

 女番長の称号を持つ彼女のタックルを受けても無傷な雪浦はされるがままにお姫様抱っこされた。

 さっきから表情が変わらない雪浦。なんか泣かない赤ちゃんみたいになってんな。


「こ、ここは……平等に! みんなで遊ぼう! なっ⁉︎」


 あいつまたひよった!


「いいから降ろしてくれ」

「あ、すまん」


 雪浦はようやく口を開いた。

 にしてもあいつ、全国一頭良くて、腹筋もバキバキで、さらには可愛い妹に、美女からモテモテなくせに鈍感だと? ……まるでラブコメ主人公だな……「あひゅん!」

 俺が嫉妬して眺めていると、横腹を誰かにツンツンされた。変な声出ちまったじゃねぇか!


「あの七海くん」


 犯人は心木だった。

 彼女の水着は以前にも見たスクール水着。加えて浮き輪やゴーグルなど準備万端だった。


「今日は七海くんが来ることが分かっていたら、もっと凄い水着を着ていたのに、ツイてない。けど、七海くんと会えてすっごいツイてる。自分と二人で遊ぼう?」


 なんと上目遣いで心木がこっちを見ているではないか! 凄い水着ってなんだ……マイクロか⁉︎ それは公共の施設では止めておこうな‼︎

 くそっ、可愛い……し、しかし俺は……


「そうは問屋が卸さないよ! 七海くんはワタシたちと遊ぶんだよ! ね! ういちゃん‼︎」

「へっ⁉︎ あ、うん。そうだね……!」


 日向と初月もこちらにやって来た。

 みんなが俺を取り合っているのかこれは……⁉︎ 俺も俺でラブコメ主人公になれるというわけか⁉︎





 ──あ、違う。俺これ保護者だわ。

 日向は目を離したら何やらかすか分からんし、心木は何に巻き込まれるか予想できないし。初月は結構流されやすいからどこに行くか知らないし。

 てか、ロリよりしかいねぇな⁉︎ 大丈夫か⁉︎ ロリコンって周りに見られねぇよな⁉︎


「もー! とりあえず行くよロリコン‼︎」

「そう呼ぶなよ⁉︎」


 というより日向自身もロリだと思ってんのかよ。

「みんなお昼までには一度帰ってくるんだよ〜」と一番保護者らしいことを金城が言っていたが、それを守れる自信は到底なかった。



   **



「お〜、流れるね〜」


 言葉まで流れている日向はレンタル浮き輪に乗っかり流れに身を任せていた。


「ちょっと〜七海くん〜。流されちゃうんだからしっかり持っててよね〜」

「わぁーってるって」


 適当に返事をした俺は右に日向が乗っている浮き輪、左には心木が乗っている浮き輪を持っていた。

 ちゃんと保護者した。


「ありがとう七海くん。ここ結構流れ速いから自分一人だと遭難してたよ」


 プールで遭難って何?


「ここのことを昨日自分調べたけど、所々広くて危険で迷いやすいから年に何人か行方不明になってるんです」


 どんなプールだ‼︎


「余計にお前らから目が離せないな……。初月さんも逸れないようにな」

「う、うん……!」


 俺の後ろを付いてくる初月は先程から会話に参加せず、ずっと胸元を気にしていた。

 それにしても、流れるプールでありながらもこの辺は渋滞している。夏休みに入ったばかりだから、家族連れや学生グループが多くあちこちが混雑している。

 確かに迷子にはなりそうだ。


「おぉ、この辺多いね〜」

「邪魔だから一旦浮き輪降りろよ」

「え〜、もうしょうがないなぁ」


 日向は体を折り畳むと、浮き輪の穴からスルンと器用に出てきた。

 一方、心木も降りてくれようとしているが、運動音痴なのか不幸体質が故なのか、水飛沫あげて後ろに落ちた。


「きゃっ……!」

「ちょ、心木さん大丈夫⁉︎」

「ゲホッゲホッ、大丈夫。鼻に水入ったけど鼻うがいだと思えばラッキーだったかな」


 人間出汁塩素仕立てですけど、それでいいのか。

 ただ不幸は続く。心木にではなく、初月にそれが降りかかっていた。


「え、ちょ、初月さん⁉︎」


 突如として、初月が背後から俺に抱きついてきたのだ。

 俺にとっては幸運な出来事、ダイレクトに彼女のふにっとした柔らかい感触が背中に伝わる。やっぱりパーカー着なくて良かったぁ、じゃなくて!


「み、水着が……流されちゃいました……」

「マジか」


 人々がひしめき合う中にリボンの付いたビキニが流されていくのが見えた。意思があるかのようにヒラリスルリと間を縫っていきどんどん遠くへと行ってしまう。


「じ、自分のせいですよね……⁉︎ 自分が取ってきます!」


 心木は浮き輪を捨て置き、急ぎビキニ救出へと向かう。

 誰かに取ってほしいと叫んでは、初月が上裸なのが周りに知られてしまうし、そもそも騒がしいから誰も聞いてくれないかもしれない。

 けど、心木が行って大丈夫か……? ここは日向が行った方がグヘッ⁉︎


「ういちゃんの後ろはワタシが守ってあげるからねー!」


 日向が初月越しに背中へと抱き付いてきた。

 前に俺、後ろに日向とサンドイッチされた初月。

 これでいつ前から変態通り魔が来ようとも初月だけはしっかりと守ることができる最強の陣形だ。待て、俺だけ致命傷負うじゃん。


「うぅ、ありがとう……。七海くんも急に抱き付いてごめんね……」

「いやいや別に! むしろありがとうございます‼︎」

「え?」


 しかし、この出来事は死に値することかもしれない。なら刺されてもいっか。後悔はない。


「すまん、今の忘れてくれ」

「う、うん……その、あとあまり動かないでくれると、た、助かるかな……」


 初月の抱き締める腕により一層力が入った。


「──な、なるほどぉ……ういちゃん、やるなぁ……‼︎」

「日向、何か言ったか?」

「え? うん! ういちゃんの肌がスベスベしてて気持ち良いなぁって!」

「ふぇ⁉︎」


 あまり初月の身体について触れるな! 余計意識してしまうだろ‼︎

 とりあえず初月の肩まで身体を沈めて、より周りに気付かれないようにする。


 ピークが過ぎたのか、少しずつ周りから人がいなくなっていく中で、いつ心木がビキニを持って帰って来てくれるのかと今か今かと待ち望んでいた。

 そして──


「あ! あれ、こころんじゃな……」


 日向が上流からどんぶらこと流れてくる紺色の桃を見て、心木と言った。

 違う、これ心木の尻だ⁉︎

 尻だけ浮かんでいる状態で他沈んでる⁉︎


「ちょ、大丈夫か⁉︎」

「ぁッ……ひ、ひゃぁぁ‼︎」

「だいじょーぶ! ういちゃんの胸はワタシが守るよ!」

「ひ、ひなたちゃん……! も、揉まないでよ……‼︎」


 流れていく心木を捕まえようと、俺は陣形を崩してしまう。

 日向が初月を手ブラして守ってるらしいが、ちょ、振り返ってはいけない気がする!


 心木はちなみに全然平気だった。足を吊ったから誰かが助けてくれるまで息を止めてジッとしていたらしい。

 逆にここまで助けてくれないとは不審物だとでも思われたのか。


「し、死ぬかと思ったけど、七海くんが助けてくれてラッキーだったよ」


 手にはビキニ。

 こうして無事に初月は露出狂とならずに済んだのであった。

 あと、心木の浮き輪は失くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る