Case.69 倒れてしまった場合
そして迎える夏休み初日──
やはり夏休みと言えば……海! プール! 夏祭り! 花火大会! キャンプにバーベキュー! 夏休みはイベントが盛り沢山だ!
と、妄想するだけはタダである俺たちは本部で死んでいた。
「あづ〜」
「口に出すなよ……」
「だっでぇ……」
失恋更生委員会の活動だからといって、炎天下に晒された通学路を歩き、わざわざ蒸し風呂となっている学校へと登校した。
依頼人は来ない。冷房はない。図書室は受験生で満席、避難場所がない。何も持っていない俺たちはこうして虐げられる運命にしかなかった。
「ゔゔぅ、夏は週一営業にしようかな……」
あの日向が弱音を吐くなんて、これが夏の魔物というやつか。
ちなみに今は俺と彼女しかいない。
初月は夏休みの多くを夏期講習に費やすことは決まっているらしい。休みの日まで勉強するなんて学生の鑑だな……。いや、宿題はするぞ、うん。
「みんなでどっかに遊びに──じゃなくて失恋更生の出張するよ!」と日向は意気込んでいるので、初月の予定に合わせていつの日かそれが行われることとなる。
とりあえず今決まってる予定として夏休み後半に『失恋更生合宿』と題して小豆島に行くらしい。失恋更生合宿って何?
──あぁ、そういえば告白のタイミングが流れてしまったよな。
今二人きりだからできるにはできるが……さすがにこの状況下ではしたくない。
別にひよってるとかじゃねぇぞ。こんな汗だくでヌルヌルしてる状態ではムードが保てないからだ!
俺と日向はだいぶ付き合いが長くなってきた。こいつの性格上、ムードを作りきれないと冗談みたいになって、告白がうやむやになるかもしれない。
不可解だが、こいつに告白するにはそれくらいしないといけない。放課後に、校舎裏で、ではダメなんだ!
この夏休みが部活仲間で終わるのか、恋人で遂げるのかでは高校生としての充実度が変わってくるぞ‼︎
「あ、あゆゆ〜、おづがれー……」
それに火炎寺の方が基本暇だからな。今日みたいに二人きりのタイミングが本部では意外とないかもしれない。
だから別の場所と時間、最高のムードが作れるところを考えないとだよな──
「ど、どうすればいいんだ! 委員長助けてくれ‼︎」
「おわっ! どうしたのー⁉︎」
来て早々に火炎寺が日向に泣きついた。
いつもは日向の方から女子メンバーに抱きつくが、さすがにこの環境下において熱源人間にくっつかれるのは暑苦しくて嫌らしい。
「五十嵐のことだよ! 五十嵐芳穂‼︎ 雪浦と昔からの知り合いだとか、それってアタシが知らない中学生の雪浦を知ってるってことだろ⁉︎」
「まぁ、そうだけど……別に失恋臭しなかったし、そんな恋仲っちょわっ⁉︎」
「それって恋愛が上手くいってるってことなのか⁉︎ アタシはどうしたらいいんだよー‼︎」
「ちょ、あゆゆ……⁉︎ 脳味噌が味噌汁になっちゃう……‼︎」
ぐわんぐわん揺らされる日向。
恋のライバル(?)出現により、だいぶナイーブになってんな……。
まぁ、気持ちは分からんでもない。古くからの知り合いというだけで恋愛というのは上手く行きがちなのだ。
付き合いが長ければ長いほど、お互いのことをよく知り、趣味嗜好が分かり合いやすくなる。
恋愛は常に先手必勝だ。
「だ、大丈夫だから、あゆゆ。だって──」
「あいつ誰がどう見ても美人だからなぁ。このままじゃ横取りされちまう……なぁ七海」
「え、何……」
「男って、何が好きかな⁉︎」
それは人によるだろ。
アニメの最終回でOPが流れるだとか、機械が変形して戦うだとか、平均的な好みはあるけれども個人的好みは人それぞれだ。
と、思ったことを火炎寺に伝えた。
「そうか、そうだよな。ぐぐぐ……‼︎」
火炎寺は苦悶の表情を浮かべていた。阿修羅のような形相で、周囲を威圧していた。おいおい人死ぬぞこれ。
「あ、そうだ‼︎」
火炎寺は何かを閃いたのか、俺の右手を自身の胸に押し付けた? ムグッ?
「ってちょ! あゆゆ何やってんの⁉︎」
「PUREとの戦いを思い出したんだよ。確か金城って奴は五十嵐と同じ難関美女四天王だろ? あいつと肩を並べるためには他の四天王を参考にすればいいんだよな!」
それが胸を触らせるって……いや男としては最高で興奮するシチュエーションかもしれないが、それが雪浦にも通用するかというのはまた別であり、そもそも俺で試したところで意味あるのかと──
「もういつまで触ってんの! 七海くんの変態‼︎」
「え、俺ぇ⁉︎」
しかし、その手は断じて動かさない。
緊張と猛暑が追い討ちをかけ、手と胸の接着面が徐々に湿り出す。
「そういえば、生徒会長も元四天王だよな。猫か! 猫だよな! ニャー‼︎」
暑さで頭おかしくなってんのか⁉︎
そう考えると顔がめちゃくちゃ赤くなっている。ちなみに俺も日向も。
「──何をやっているんだ?」
熱で浮かれている空間に吹雪く一言。
開かれっぱなしの入口に立っているのは、いつも話題の中心人物、雪浦一真だった。
「ゆ、雪浦⁉︎ 何でここに⁉︎」
「部屋に行ったらスマホがあったから、忘れたのかと届けに来た」
「お、おう。そうか、悪いな……」
「で、それは?」
「ん? あ……こ、これは違うぞ‼︎」
火炎寺は急いで持つ手を振り払って、俺は黒板へと叩きつけられた。
力強っ‼︎ 俺は
「そうだ雪浦!」
と、火炎寺はさっきまで俺にしていたことを雪浦にも行う。
「お前はこれ、好きか⁉︎ どうだ⁉︎」
「……固っ」
空気を冷やすことが十八番の雪浦の反応に、とうとう活動限界を迎えたのか、火炎寺は目を回して倒れてしまった。
「あ、あゆゆー‼︎」
「何やってんの⁉︎」
「……待て」
俺たちが火炎寺に近付こうとしたところを雪浦に制止される。
代わりに側にしゃがみ込んだ雪浦は、おもむろに火炎寺の服のボタンをいくつか外す。
「えぇ⁉︎ だから何やってんの⁉︎」
「自販機で冷たい飲み物をたくさん買ってきて欲しい」
「え、わ、分かった」
そう指示されて、俺は財布を持って食堂横にある自販機へと急いだ。
「意識あるか?」
「う、うん。まぁ……」
会話することができるほどには火炎寺の意識はあるみたいだった。
**
本部に戻ると誰もおらず、おそらくいるであろう保健室に向かったら火炎寺はベッドで横になっていた。
バスタオルを敷き入れて足元を高くし、太い血管が通るところにタオルで巻いた保冷剤が置かれていた。常温の水で補給し、ある程度は回復していた。
「ジュースありがと七海くん。貰うね」
「いや、おめぇのためじゃねぇよ?」
エアコンの風が直で当たるとこで涼んでる日向にスポドリの缶を取られた。
そういや保健室も優先的に冷房付くんだったな。けど、生暖かいな。
「完全に初期の熱中症ね。たまたま調子良かったからいたけども、気を付けなさいよほんと」
この人は
今では太って見る影もないと言われているが、噂では条件を満たすと美しいその御姿を拝見することができるとか……。
ちょっと何言ってるか分からないだろうが、これが友出居高校二不思議の一つらしい。不思議終わっちまったよ。
「ま、雪浦君の手際の良さと火炎寺さんの体力があったから大事には至らなかったみたいだけど、一応病院行った方が──」
「いや、いいっす。病院はちょっと……」
「そう。じゃ、こっちはトイレ行ってくるから。冷房付けたからマジ下痢だわ、やばー」
よく腹壊して、しょっちゅう授業を中断するという。まずは自身の体調管理をしっかりしてほしい。
それにしても、気のせいじゃなくて本当に火炎寺は頭が回っていなかったみたいだな。最近周りの人間よく倒れてるからそういう演出なのかと……。
まぁ、五十嵐の出現による不安のストレスを抱えたまま、炎天下をやってきたわけだ。
恋愛の弊害は精神だけでなく体調にも影響する。いくら火炎寺と言えども調子は崩すか。
「あゆゆ良かったー。倒れた時は何事かと思ったよ」
「すまねぇ委員長。心配かけさせたな。七海もジュースありがとな」
「おう。もう日向に三本飲まれたけどな」
「水分補給は大事‼︎」
腹たぷたぷになってんじゃねぇか。
「雪浦も、その、ありがとう……」
「別に俺はいい。じゃあ、バイトだから」
「お、おう」
いつもと変わらぬ雪浦は部屋から出て行った。
「あー……ぜってぇ面倒な奴だと思われたよ……ちくしょー……」
「火炎寺……」
「……うーん、ちょちょ、七海くん来て来て」
日向に呼ばれて、一旦保健室から出る。
「何だよ」
「いやいや、さっきから思ってたんだけどね──何気なーく、あゆゆと学年一位の距離って相当縮まってない?」
「え? そりゃ、一緒に住んでりゃ──」
「もう鈍感だなぁ。だって、スマホ部屋にあったからってわざわざバイト前に学校まで届けに来る?」
「確かに……」
「それに、何しに部屋に行ったのーってわけじゃん。あゆゆが倒れた時も動揺してたワタシたちはよそに冷静な対応できてたし」
それは、雪浦自身の性格がある気がするが……まぁ、すぐに熱中症と判断して迅速に助けようとする姿勢は普通、咄嗟にできないものだ。
「それに何より! ワタシの失恋センサーが反応してないのさ!」
それは都市伝説まがいの能力だけども。
しかし、なるほど。二人の関係性については一理ある。
「これはもう一押しでなんとかなりそうですな〜。そしたらあゆゆの失恋更生は完全なものとなるし! よしよし……ワタシにいい考えがあるよ!」
おい、それは嫌な気しかしないぞ。
日向は再度元気よく保健室に入ると、火炎寺に話しかける。
「あゆゆー、良い提案があるんだけどさー」
「提案?」
「最近暑いわけだしー、今度学年一位と冷たいとこ、行ってきなよ!」
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