Case.68 過去を知る女性が現れた場合
終業式は特に何事もなく、面白いことも起こらず、ただただ校長のつまらない講演会だけで終わった。
そして俺たちはいつものように本部──では酷暑に耐えきれないので、図書室に逃げてきていた。
「「すずしー」」
この部屋ならではの長机に突っ伏しながら、俺と日向は人類最大の発明を存分に享受していた。
「やー、いつか本部にもクーラー欲しいよねー」
「だなー。クーラーすらないただの倉庫みたいなものだからな。つっても教室のが付いた試しはないけど」
どういう基準なのか、各教室に設置されているエアコンが付いたことがない。貧乏公立校なのかもしれないが、この環境下でしっかり勉強ができるわけなかろう。
のくせに、ここと職員室は稼働している。差別だー!
夏になれば、避暑地として図書室には多くの生徒、主に受験生がやってくるが、今日は一学期が終わったことで我先にと街に遊びに行ったり、帰宅したためか人が少ない。
ちなみに初月は塾の夏期講習。
火炎寺はちょうど今来たところだ。
「おぉ、委員長。活動はいいのか?」
「今日は夏季休業〜。失恋臭もしないし、暑い中で失恋更生はできないよー」
文明の利器に逆らえない日向は、いついかなる時も失恋更生をする! と言っていそうな信念をいとも簡単に捻じ曲げた。
しかし、全くもってその通りだ。
失恋臭がしないのも、これから夏休みが始まるからだろう。
つまり、既にリア充になっているか、この夏こそ青春するぞと奮起しているかのどちらかだ。
「火炎寺も涼みに来たのか?」
「いや、雪浦と待ち合わせしてるんだよ。あいつは基本教室か図書室で勉強してるからな。最近は暑いからこっちに来がちだ」
「それ待ち合わせじゃなくて待ち伏せじゃね?」
すると、火炎寺の予想通り、雪浦がやって来た。手には本が数冊。図書室に来るついでに本などを返却するみたいだ。
学年一位であるための学術書や現代社会に役立つ処世術が書かれた本、そのほか意外にも児童書も借りている。
「おー、『解決‼︎ソロリ』だー! ワタシは探偵助手のウリボウとボタンが好きだったなー。懐かしいな〜」
日向は今でも読んでそうだけどな。図書室行っても絶対活字コーナーにいないだろ。
ただ俺も小学生の時にはよく借りていた本だ。
作中ではスタイリッシュに謎解きをするソロリが、逃げる犯人を追い詰める時だけオナラ爆弾を使う。そのシーンが下品ながらも涙が出るほど爆笑して読んでいた。
いやー懐かしいな。今ってどれくらい刊行されてるんだろうな。
「まぁ、雪浦には小学生の弟と妹がいるからな。きっとそれだろ」
「あー……、それにしてもさ、なんか会話弾んでね?」
「え?」
雪浦については一番アタシが知っている! と自慢げな顔をしているところ悪いが、その雪浦と図書室の女性司書がある本をきっかけに仲睦まじく会話している。
いや、二人とも表情豊かではないけど、朗らかな空気感が伝わってくる。
「だ、誰だあいつ……」
火炎寺も知らないようだが、俺も知らない。
非常勤の司書とか他学年の先生とか──いや違うな、制服着てるから同じ高校生だ⁉︎ めちゃくちゃ大人の色気ダダ漏れしてるJKだ⁉︎
「むむ! あれは……」
「日向知ってるのか?」
「えっとねー、たしか……あ、そう! 難関美女四天王の内の一人!
五十嵐──あぁ……! 以前、PUREとの落と試合をする前に日向から聞いた、あの……!
難関美女四天王とは、可愛い子が集まる友出居高校の中で恋愛攻略が鬼難易度の美少女軍団である。金城や氷水がそれに当たる──いや、氷水は降ろされたと噂で聞いたな。まぁいいや。
「いやー、学年一位が難関美女四天王と仲が良いなんてね〜。……あれ、あゆゆは?」
さっきまでそこにいた火炎寺が消えた。入口近くの受付に目を向けると、彼女はとんでもない速度で向かっていた。
俺たちもすぐ追いかける。
「ゆ、雪浦!」
「あぁ、火炎寺か。ちょっと一緒に職員──」
「だ、だだだだだ誰だ⁉︎」
「は?」
「この子! 誰だ⁉︎」
「ちょ、火炎寺落ち着けって!」
距離もないのですぐに現場に駆け付けた俺たち。
火炎寺だけフルマラソン走ってきたのかと言わんばかりに息切れて顔が真っ赤だ。
「図書室ではお静かになの」
図書室司書である五十嵐が注意した。
間近で彼女を見て、火炎寺の焦る気持ちが痛いくらいに分かる。難関美女四天王の名に恥じぬほど五十嵐が美人過ぎるのだ……!
髪は黒色の……ウルフカットっていうんだっけな、ファッション誌かで大人可愛いを演出する髪型として見たことがある。
当然のステータスとして目鼻立ちが整った美顔。数ヶ月前まで中学生だったとは思えないほどの体つき。日向が言ってたな……これは、なんかグラマラスだ!
漂う圧倒的人妻感……本当に高校一年生か⁉︎
「彼女は五十嵐芳穂。同じ中学の後輩だ」
「か、彼女⁉︎」
「三人称だから!」
火炎寺はオーバーヒート気味である。
好きな人の昔を知っている美女が現れたわけだ。そりゃ、動揺するだろうが……し過ぎじゃねぇか⁉︎
遠泳する目に、噴火した海底火山のように口から煙を吐いている。一々規模がデカ過ぎる。
「これ以上騒がしいようでしたら、ここの使用を停止させますなの」
艶やかに澄んだ声で再度注意する五十嵐。感情に起伏がないとはいえ、先程よりも厳しいものだと分かる。
……分かるけど……。
「ラッシーの語尾なんか変だね」
ラッシー……あぁ、五十嵐のラシからか。またいきなり変なニックネーム名付けるなよ。
たださっきから、後付けしたような「なの」という語尾が気になって仕方がなかった。
そんな口調をする不思議ちゃんには見えないけども。
「変とは失礼なの。私は読んだ本に影響されやすいだけなの。世界観に没入し過ぎることで生じる悪い癖です、なの」
今ちょっと忘れてなかった⁉︎
この高校、可愛い子は多いけども、同時に変人も多いからな。
「〜なの」って語尾のキャラクターが出るファンタジー小説でも読んでるのか。
「現在は『図解 ナノテクノロジーの全容』について読んでいるなの」
ナノテクノロジーの「なの」なの⁉︎
影響される方向間違ってない⁉︎
「もういいなのか?」
ちょっと語尾を応用してきたんですけど。
「ここには本を返却しに来ただけだ。火炎寺はまだいるのか」
「えっ⁉︎ か、帰るぞもちろん!」
「なら職員室まで付いてきて欲しい」
雪浦は返事を待たずして、さっさと図書室から出て行った。
どうやら引っ越したことで色々と手続きをしないといけないようだが、住所が火炎寺と同じなため色々と一緒に確認していった方が都合が良いのだろう。
火炎寺は先行く雪浦の元まで小走りして付いて行った。
「あなたたちは本を借りるなの、借りないなの?」
「ワタシたちもお腹空いたので帰りまーす!」
俺たちまで警戒されてしまったようなので、昼飯もまだ食べてないし、八大地獄に戻ることとした。
退出すると、図書室にはいつも通りの静寂が戻る。
そして今までのやり取りが何事もなかったかのように、手に持つ学術書の続きを淡々と五十嵐は読み直し始めた。その姿はもはや美術品、彼女自身が本の一頁として掲載されることだろう。
五十嵐芳穂──常識人寄りだが、少し変わった口調を持つ難関美女四天王の一人。
彼女の登場により、火炎寺の恋路は複雑なものとなりそうだ。
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