十一章 五十嵐芳穂
Case.67 家族になった場合
「んだよ親父。いきなり呼びつけてよ」
「新しい家族が増える」
「……は?」
「以上だ」
火炎寺歩美の父、
医学書や論文資料が整然と並んだ中、自身の書類仕事を淡々とこなす父は娘に対して一瞥もくれなかった。
そんな男が新しい家族ができると言うのだ。火炎寺は納得するわけがなかった。
「いや、ちょ、待てって! 家族が増える⁉︎ それってどういう──」
「言葉通りだ。私は再婚する。それ以上の説明は必要ないだろう」
「理解できないんじゃなくて、意味が分かんねーんだよ! さ、再婚って……」
「ああ、一つ言い忘れていたな。まもなくここに到着する。母と共に新しい家族を案内してやれ」
「い、いきなり言われてもさ……」
「話は終わりだ。それともう一つ。言葉遣いには気をつけるように」
火炎寺は何も口出せず、書斎から出て行くしかなかった。
その背中を見届けたのち溜息を吐いたが、火炎寺走治郎は仕事の手を止めることはなかった。
**
「歩美お嬢様、もうすぐ新しい家族がいらっしゃいます。玄関までお出迎えに行きましょう」
クラシカルメイド服を着た老女が、ニコニコとした笑顔で言うが、火炎寺はムスッとして答えない。
今日は球技大会で活躍したことで皆からチヤホヤされ、下校時も好きな人と一緒に帰ってきて幸せだったのに。
人生にあるかないかぐらい大事な報告を簡潔に、それもこんな寸前に言われると思っていなかった。
「……お母さん」
彼女がいる洋部屋に不相応な仏壇があった。そこに置かれている一枚の写真には、火炎寺にとてもよく似ている女性が笑顔で写っていた。
──キンコーン、とチャイムが鳴り響く。
メイドが玄関へと向かうので、火炎寺も仕方なくついて行く。
「うわー! おうちでっかーい‼︎」
「メイドさんだー!」
扉の外から子供の声が二つ。まだ幼い男の子と女の子のようだ。
(連れ子までいるとは聞いてねぇぞ、兄弟までできるとか……って、聞いたことあるなこの声)
「「あー! おねぇちゃんだぁ!」」
「げっ⁉︎ あなたは……⁉︎」
「え、えぇぇぇ⁉︎」
玄関に立っていたのは、大荷物を分担して持っている雪浦家一行だった。
「世話になる」
「お、おう……」
『『ちょっと待って‼︎』』
◇ ◇ ◇
「ん? なんだよ?」
俺と日向は、火炎寺の話を本部で聞いていた。
暑い中、熱く語る火炎寺。確かにこの一夜で人生に多大なる影響が起きるほどのとんでもないことが起きている。
「そんなラブコメみたいなことって本当にあるんだな……」
「あゆゆんちって、メイドさんいるのー⁉︎」
気になったのそこかよ!
って、確かに普通はメイドがいるわけないから興味が出るのも分かる。火炎寺って実はお嬢様だったのか。
「メイド……? あぁ、メイドじゃないぞ。アタシのおばあちゃんだ」
「祖母なの⁉︎」
「うん。父方のな。おばあちゃんは昔メイドだったからその癖が抜けてないんだよ」
「はー、まぁ時代的に女中とかそういうやつか?」
「いや、喫茶の方」
メイド喫茶の方⁉︎
元祖萌え萌えキューン‼︎ なのか⁉︎
「いいなーメイドさん。ワタシもヒカちゃんにメイドしてもらおっかな〜」
「ヒカちゃん?」
「ヒカちゃんは妹だよー」
「お前妹いんのかよ、初耳だな」
「うん。え、知らなかったの?」
初月に弟がいたことは最近知ったが、日向も下に家族がいたのか。てか、こいつがお姉ちゃんとか務められんのか?
にしても日向が長女であることは火炎寺も知っているようだ。ノーリアクションだし。
また俺不在の女子会で日向がペラペラと話した内容だな。考えてみたが、開催されたのはきっと文化祭準備期間の時だな。あの頃俺一人で忙しくしてたし。
こいつ他にもまだ話してないことたくさんありそうだな。も、もしも元カレがいて連絡取り合ってるだとか、実は遠距離恋愛してた、だとか……。
うぉぉぉ⁉︎ それだととんだ女優だなこいつ⁉︎
「それでそれで! あゆゆと学年一位はそれからどうなったの⁉︎」
俺が考えてることなどつゆ知らず、日向は話を続けるよう要求する。
「ああ、雪浦家が来て、まずはご飯を食べたんだ。それから部屋を案内して──」
◇ ◇ ◇
「ひ、一人部屋……⁉︎ 私もとうとう一人部屋を……!」
二美は感動を噛み締めていた。
今までは狭い部屋に五人並んで寝ていたのだ。家族とはいえ年頃の女子中学生、プライベート空間は心から願っていたことだろう。
「うぐっ、でもお兄ちゃんと離ればなれになるのは……。あ、でも部屋隣同士か。壁一枚先に──」
「おい壊すなよ」
「そ、そんなことしませんよ! 一応私たちの恩人ですから。まさかあなたがお姉ちゃんになるとは思いませんでしたけど!」
「お姉ちゃんか……」
「なんか噛み締めてる⁉︎」
今まで一人っ子だった火炎寺。突然とはいえ、一気に兄弟が四人も増えたのだ。静かだった食卓が、これからはずっと賑わったものになるのが楽しみでしかない。
それに加えて、好きな人と一つ屋根の下。さらには二美と挟むようにして、火炎寺の私室の隣に雪浦一真が入室するときた。
「……そちらこそ壁壊さないでくださいよ」
「し、しねぇよ⁉︎」
火炎寺の妄想にいち早く察知した二美がそう釘を刺した。
耐震工事バッチリの頑丈な家なので、たとえ火炎寺でも素手で壊すことはできない、はず。
「それにしても本当に大きな家ですね。最初お城かと思いました」
「まぁ、この辺では一番デカいかもな」
父親が総合病院の院長である火炎寺。医療一家であるため、生まれた頃から高級住宅街にあるこの豪邸に住んできた。
しかし現在、父親はほとんど帰って来ず、空室ばかりのこの家で祖母と二人暮らしの状態である。
本当はここに血の繋がった弟妹たちが暮らす予定だったのかもしれない。しかし、一人目を産んですぐに火炎寺の母は体調を崩すようになり、そして──
「歩美さん」
「あ、零奈さん……えっと……」
「呼びやすい名前でいいわよ。そんな、すぐにお母さんとは呼べないわよね」
「いえ……」
「急に押しかけてごめんなさいね。再婚の話自体は少し前からあったのだけど、それよりも先に引越しをして欲しいと先日決まったばかりだったの」
雪浦の母、雪浦零奈は体が弱い。
普段冷たい火炎寺の父だが、医療に対しては人一倍専念しており、彼を知る人は皆厳しくもとても熱くて心優しい人だと知られている。
彼の信念上、正直あの家に住まわせたままでいるのは我慢ならなかったんだろう。
「だから婚姻届を出していないので、まだ戸籍上では他人ね」
「そ、そうなりますね」
「まぁ、週三でうちに来てくれてたから、実質家族みたいなものよ!」
「いやー、まぁ、そうっすね」
「そういえばお兄ちゃんは? 部屋に入ったまま出てきてないけど」
話を遮るようにして話し出した二美。
母の零奈が火炎寺をもう娘扱いしていることに、少しばかり嫉妬が見られる。
「さっき覗いたら勉強していたわよ」
「さ、さすが全国一位だな。こんなイレギュラーが起きても変わらず勉強とか、二学期では負けてられ──」
『『ストーップ‼︎』』
◇ ◇ ◇
「な、なんだよ……」
「軽く流してたけど、週三で家行ってたのか⁉︎」
「ほぼ通い妻じゃーん‼︎」
雪浦と結構な頻度で一緒に下校していたのは知っていた。
けど、しょっちゅう家まで上がり込むとは中々積極的なことしてたんだな⁉︎
「い、いや、いつも零奈さんが招待してくれるから、ついつい! おばあちゃんもご飯食べてきて良いよって言ってくれてたし!」
雪浦が関わる時だけ見せる火炎寺の乙女モード。
夏の暑さのせいで、オーバーヒートしているようにも思える。
と、本部の扉が数度叩かれる。やって来たのは噂の本人、雪浦だ。
「帰るぞ」
「お、おう! あ、なら二人も一緒に帰ろうぜ……!」
「え? 別にいいけどよ」
こいつ、いきなり同居することになって妙に緊張したから俺らのとこに逃げて来たんだな。
だが、下校する約束を取り付けた上に彼が迎えに来てくれるのなら、火炎寺の失恋更生は順調のようだ。
「帰ろ帰ろー! もう今日は暑いから閉店だ〜」
それに火炎寺たちが登場したことで、日向に告げようとしてた自白が流れてしまった。ム、ムードというのも大事だからな!
……俺も別に逃げたわけじゃねぇからな!
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