Case.66 お見舞いに行く場合


「心木さん大丈夫ですか……?」

「う、うん。横になったらすぐ良くなったよ。むしろ寝不足だったからちょっと寝れてラッキーだったかな」


 保健室。怪我をしたり、急病になった際に訪れる場所。時にはカウンセリングもしてくれたりなど、心身共に生徒を支えてくれる。

 そんな保健室の先生は四十路真っしぐらなふくよかな女性だが、結構ニッチなファンがいるらしい。友出居高校での勤続も長く、実は初代難関美女四天王に入っていたとかいなかったとか。

 その先生は現在退席しており、ここには初月と心木の二人だけである。


「けど、七海くんに良いところを見せられなかったのは残念かな」

「だ、大丈夫ですよ! これから夏休みですし、アピールするチャンスはいくらでもありますから!」

「そうだね。初月さんにも負けないよう頑張らないと」

「えっ⁉︎ いや、その……」

「あの時から変わりましたか? 気持ち」


 あの時とは、七海と初月、そして心木の三人で行った京都の旅のことである。

 裸の付き合いでも聞かれたこと。七海に対して抱いている感情がどうも〝友達〟だけでは収まらないように思った心木。


「う、うぅ……まぁ、そ、そうですね……」


 心木も同じライバルであるなら、認めちゃった方が楽なのかと思い、言ってしまった。

 恥ずかしい──気まずさがあるも、同じ気持ちを共有できたという嬉しさもあり、申し訳なさも同時に垣間見える程度にはある。複雑だ。


「初月さんには負けません。それに日向さんという一番のライバルが──」

「わっはっはっ‼︎ ワタシのことかな!」


 ベッドを取り囲んで仕切られたカーテンが突如として勢いよく開かれ、日向が元気に登場した。

 いきなり噂の人が現れたので、思わず二人は悲鳴をあげる。


「ひ、ひなたちゃん⁉︎ いたんですね……。って、そういえばケガされてましたけど大丈夫ですか?」


 日向はバレーボールの試合にてボールが顔面直撃。鼻血で途中退場となった。

 今はピンピンしているようだが、鼻の両穴にティッシュが詰め込まれている。


「うん! 大丈夫だよ! ついさっきまで寝てたからね! フン!」


 日向は鼻息でスポーンとティッシュを飛ばした。

 そういえばと、心木をここまで連れて来た時に、もう一つあるベッドがカーテンで仕切られていたことを初月は思い出す。


「いやー、にしても七海くんモテモテだね。なんかそれはそれで腹立つけど。けど、ワタシだって譲る気はないよ! お互い同じ人が好き同士、協力して時にはバチバチして、もし失恋した時はお互いに励まそうではないか!」

「それ、自分が思うになかなかの苦痛だと……」

「ワタシたちって、意外と共通点多いよね。背とか同じくらいじゃない?」


 身長が比較的低い三人。並んで頭の上に板を乗せたとしてもバランスよく乗るだろう。おそらくギリギリ日向の頭上には隙間ができるだろうが。


「た、確かに自分たちってそんな共通点あったんですね」

「まぁ、七海くんロリコンだからねー」

「え、関係あります?」

「だからきっと失恋の苦しみも分かり合えるような気がする! よってワタシたちは! これよりちんちくりん同盟を結ぶのだ!」

「もう少し名前なんとかならなかったですか……」

「略したら同盟!」

「ひなたちゃん⁉︎」


 高らかに宣言する日向。

 初月はさすがに顔を赤くするが、心木は「同じ男子を狙っていることから、男性の象徴とも言えるちんちんを名前に入れてるってことですね」と謎の考察をする。


「さ、さすがに、そ、その、ちんちんは嫌だよぉ……!」

「えー、ちんちん可愛くない?」

「ちんちん可愛くないです!」

「自分はちんちんには親しみやすさがあるかと……」

「ちんちんって親しみやすさあります……⁉︎」

「いいじゃーん! ちんちんで!」

「──お前らさっきから何言ってんだ」


 会話に割り込む男声。

 保健室を開けて入ってきたのは渦中の七海だった。


「な、七海くん⁉︎ も、もしかして聞いてた……?」

「まぁ、あんだけ騒がしかったら外まで聴こえるだろ」

「い、いつから……?」

「え? 何かお前らがちんちん言ってたところとか?」

「なんだぁそこかー、よかったー」

「なんで⁉︎」


 安堵する三人。彼女たちが聞かれたかなかったのは、本人に自分たちが好きで取り合っていること。日向と初月に関しては七海が好きだということをまだ本人には知られていない。

 ちんちんだけで済んでよかった……のかは分からないが、とりあえず助かったのであった。



   ◇ ◇ ◇



「憐がさ、私のこと好きって言ってくれた! ありがとね、失恋更生委員会!」


 球技大会の翌日。そして終業式前日でもあるこの日の放課後、雲名が俺たちの元にやってきてお礼を言った。

 雨宮はあの後すぐ実行に移したみたいだ。さすができる男というのは行動が早い。

 ただ雨宮と話した内容は言わない方がいいだろうな。少し引っかかるところはあるわけだし……。


「──それで憐と仲直り、っていうか別に喧嘩してたわけじゃないけども、一緒にスナバに行ってさー」


 ま、依頼人が幸せそうなら別にいっか。


「憐が食べてたケーキ一口ちょうだいって言ったら、あーんしてくれてー!」

「惚気に来たんか‼︎」


 だから羨ましい限りだよ! 一応お前は俺の元好きな人なんだからさ‼︎ これ以上イチャイチャエピソードを聞いてたら、糖尿病で死ぬわ‼︎

 俺がツッコんでようやく喋るのを止めた雲名に、勢いで押されていた日向が口を開く。


「のんのんよかったね〜! 失恋した時はまたワタシたちを頼ってね!」

「もう二度とここに来ないことを祈るばかりだけどね。でもほんとありがとう。お礼になるか分かんないけどさ、今度ダブルデートでもしちゃう? なんてね」

「そうだね! ん? ダブルデートって……?」

「ん? 二人って付き合ってんじゃないの?」

「「はい⁉︎」」


 雲名にそう言われて、同じリアクションをしてしまった俺たち。頭から噴煙でも立ち上りそうなほど顔が熱い。夏のせいであってほしい。

 え、外から見たらそう見えてんのか……?


「あー、まだだったか。じゃあ、行くね。お幸せに」


 最後に余計な一言をわざとらしく入れ、扉をわざわざ閉めて去った雲名。

 残された俺たちの間には何とも言えない空気が流れていた。

 確かに俺は日向が好きだ。そう自覚したが、ここ数日は特に関係性が変わることはなく、普段通りに過ごしてきた。


 しかし、こ、これは……今そのタイミングなのか……⁉︎ 関係を大きく変える流れが来ているのか⁉︎


 初月は塾、火炎寺は雪浦のとこに行っていて、氷水は三年次の球技大会の片付けに忙しい。依頼人がここに来ることなんてほぼないから、今日はもう二人きりだろう。

 そういえば俺は雨宮に啖呵切って言ってしまったな。気持ちは言葉にしないと伝えないと意味がないって。

 けど、緊張でそんなことどうにかできる気がしねぇ! こんなのこいつに揶揄われておしまい……のはずなのに、日向は乙女らしい顔をしている。


「……へー、みんなからはそう見えてたりするのかな……。まぁ、別に七海くんだったら悪い気はしないけど……」


 何その煽り文句は⁉︎

 俺は女心など分かりはしないが、ラブコメ主人公のような鈍感さはないと自負している。

 もしかしたらこいつも俺のこと……いやいや、壮大なドッキリかもしれない! けど、こいつがそんな高等なテクニックをしてくるわけもない。

 ──このまま何事もなかったかのように終わりたくはないよな。部が終わる頃にはそれでサヨナラだって、うん、嫌だよな。勘違いだと引かれても、後悔ないような引きで幕を降ろすべきだ。


「ひ、日向、あのさ……」

「う、うん。な、なに……」

「俺と──」



 バーンッ‼︎



「「ギャァァア‼︎」」


 いきなり部室の扉が開き、思わず叫んでしまった。


「あ、あゆゆ……⁉︎ ど、どうしたの、今日は学年一位と帰るんじゃなかったけ?」


 日向が前髪を整えながら、現れた火炎寺に聞く。


「それについて大事な話があるっていうか」

「おぉ! もしかして学年一位と付き合うことできた⁉︎ それってつまり失恋更生できたんだねー!」

「付き合うっていうか……家族になった」

「「ん?」」

「雪浦とアタシは家族になった」


「「……んん⁉︎」」

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