Ex.3 夜通し電話をしてあげる場合
今夜このスマホが鳴るのは分かっている。
俺は部屋に引きこもり今か今かと消極的に待っていた。
──鳴った。ワンコールで俺は出る。
「はい、もしもし」
『最初から本気出して。はい、やり直し』
「あぁ……ってなんだこれ‼︎」
日向たちと汗だくで遊んだその日の夜。
猫の件で氷水と遭遇してしまった俺は、言われたとおり彼女と通話している。さすが有能生徒会長。やることなすこと有言実行だ。
家族に電話がかかってきたことが知られると、ひな壇芸人のごとくガヤを入れてくるので、一人、部屋で、即座に電話に出たのであった。
『今週、何があるか分かってるわよね?』
「終業式だろ」
『そう、球技大会ね』
一学期最後のイベント、学年別球技大会。
事前に男女別に決められた球技で、クラス対抗で争うイベントだ。今年は男子がサッカー、女子がバレーボールだったかな。クソ暑い中、俺たちはグラウンドで走り回ることになる。
ま、俗に言う運動部自慢大会だ。今年はサッカー部が主役だ。
俺たち二年生は水曜に行われるわけだが、それを運営する生徒会執行部は火曜から木曜までの計三日間活動しなければならない。
俺的には二日分授業をサボれるから羨ましい限りだが、やはりそう簡単なものではないらしい。
『三連休明けたらすぐに球技大会だから、生徒会は土日祝日返上して学校に通っているのよ』
「大変だな生徒会ってのは。……って、今日、家にいたじゃねぇか」
『ふん。自分の分は既に準備は終わらせたわよ』
じゃあ、別にいいじゃねぇか‼︎
と思ったが、球技大会は単純に運営すればいいってものじゃないらしい。
『球技大会は主に新生徒会である一二年が担当するの。三年生が文化祭で引退して、次にあるのが九月の体育祭だけど、いきなり大きいイベントに挑むのには経験が足りない。そこで、運営の練習として球技大会があるのよ。同じスポーツ系だし』
生徒会が主力として運営するものは五つある。
まずは先月にもあった文化祭。球技大会、体育祭、そして卒業式と入学式だ。
他にも高校説明会とか会計報告会とかボランティア活動とか色々やっているが、細かすぎて分からん。
「けど、新生徒会長でもあるお前が準備終わったのならなおさら……あ、なるほど」
『七海にしては察しがいいわね。みんなが私を頼らずとも今後運営できるための練習なのよ。ほら、文化祭の時に私が少しいなかったでしょ? その時にあちこちで色々ハプニングが起こってたのよ』
氷水が優秀過ぎるが故の問題点。
しれっと今年も生徒会長は氷水に決まったわけだが、永遠にその座に君臨することはない。来年には引退する。
そこで同期や後輩がこのまま氷水に依存してはいけないと考え、球技大会は会長抜きで運営しようと挑戦したのだろう。意欲があることはいいことだ。
てか、お前がいなかったのは好きな声優が活動休止したことによる発作という超個人的なものだったろ。
『けど、色々と問題が見つかったらしいのよね。だから私は明日明後日と学校に行くのよ。ついでに当日の動きの練習にも付き合おうかなって。だから私を癒せ』
めちゃくちゃ嫌だ。
しかし、弱みを握られている以上やるしかない。というより氷水が努力していることは知っているから、応援しようという気持ちはあるにはある。
一応これが失恋更生となってるわけだし……変態性高いけど。
「いいけどさ……沙希母来ねぇよな」
『大丈夫よ。一言一句聞き漏らさないように、高遮音性のイヤホンを付けているから』
どこに情熱注いでるんだよ。
それに自身の声も聞かれないようにか、さっきから氷水は小声で話し、布団の中に篭っているのか音はこもっている。
俺もイヤホンを付けているので、耳元で呟かれている気がしてなんだかむず痒い。これが巷で噂のASMRか。
「じゃあ言うぞ」
『オッケー……間違ってもテレビ電話にしないでよ。吐くから』
「失礼過ぎない?」
とにもかくにも、自分で言ってて恥ずかしくなるようなキザで甘い言葉をかけ続ける。
そもそもこの柴田政宗はそういったことを言うキャラクターが多いから、必然的に言わざるを得なくなる。
もちろんセリフは氷水からの要望リストに則って選んでいる。
『んっ……、んんっ‼︎』
電話口の向こうから聴こえる幼馴染の喘ぎ声。
もうそういう大人のサービスになってんだよ。その後も凄いことになっていたが、ここから先は有料コンテンツだ。
吐息だけでも、目に見えて分かるように絶頂した氷水。
『ふぅ……じゃあ、次のセット行きましょうか。今RINEでセリフ送ったからそれ読ん──』
こいつこういう時でも手際がいいな!
トーク画面にはビッシリと長文。なにこれ戦後の教科書?
とりあえずこれを読めばいいんだよな……
「あぁ、麗しい君へ。この僕の気持ちはどうして届かないのだろう。まるで君は太陽。僕はそれを見上げるだけの飛べないペンギン。君の熱が僕の世界を溶かし、いずれ溺れ死ぬのだろう。けど、恋に溺れて死ぬのならそれは本望──」
「あんた、さっきから一人で何をブツブツ呟いてんの」
「…………はっ⁉︎⁉︎」
振り返るとそこには、真っっっっっ白なパックを顔面に貼り付けた能面みたいな母が扉のところに立っていた。
「ちょっ⁉︎ はぁっ⁉︎ いつからそこに⁉︎」
「麗しとかなんとか言ってたところやな」
「序盤の序盤‼︎」
「なんや知らんけど、まぁ、あんたが好きでやってることは止めへん。ママは優しいかブフォ!」
「笑ってんじゃねぇか! それよりこれは氷水が──って切ってやがる⁉︎」
スマホの画面には、さっきまで右上に通話中を示すワイプみたいな窓があったはずなのに、今はない。
俺が文に集中し過ぎている間に母親が入ってきたこと気付いて切りやがったな⁉︎
「趣味はほどほどにしなあかんで。また町内会で話すネタできたわ」
「やめろ‼︎」
「ほな、母ちゃん寝るからな」
「その報告いらねぇよ!」
どうして多方面に弱みが増えるのか。
氷水のやつめ……!
とりあえず俺は、もう家で電話するのはやめようと決意したのだった。
てか、個室に鍵が欲しい。そもそも勝手に俺のプライベートゾーンに入ってくんな!
◇ ◇ ◇
「あぶなっ……。気付いてよかった……」
氷水はイヤホンで音に集中していたお陰で、七海の母親が扉を開けて入ってきた音にいち早く気付き、難を逃れた。
「……あぁ、汗でビショビショだ。着替えるか」
肌触りの良いサテン生地のパジャマを脱ぎ捨て、いつの日かのイベントTシャツに着替える。表のイラストが可哀想なくらい左右に引っ張られている。
「それにしても、もし私に恋人がいたらこんな感じで励ましてくれるのかな……。ぐっ! マシャムネェ‼︎」
精神に5000兆のダメージを負った。
しかし、擬似的に再現した推しの声によってすぐに全回復した。
もう夏本番。今夜も暑い夜になりそうなので、ズボンを穿くのをやめてベッドに寝転がる。
「……はぁ、あいつが幼馴染じゃなかったらよかったのに」
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