Ex.4 弟を応援する場合
「ぁ……いーくん。今日試合だよね。応援しに行くか──」
「来なくていいから」
三連休最終日の朝。
残念ながら三連休など存在しない黒い社会人ですらまだ通勤していない早朝に、喉が渇いたため水を飲もうとキッチンに行った初月は、これから外出するところだった弟──初月
スポーツバッグを肩にかけ、学校指定のジャージ姿の彼は、姉に辛辣に返事した。
中学三年生では、姉と仲良く話すのは恥ずかしいと思うお年頃。
それは分かっているけど、少し寂しく感じてしまう。
『ふーん、そっか〜。ういちゃんは弟と仲直りしたいんだね』
「喧嘩してるわけじゃないんですけどね。でも、ちゃんと頑張ってねって言いたかったんです」
『なるほどー。弟くんは今、運動公園で試合してるんだっけ?』
「はい……あれ、まさかひなたちゃん」
『行こう‼︎』
「やっぱり⁉︎」
──というわけで、俺たち失恋更生委員会の四人は二日ぶりに運動公園に集合した。
「どうしてわざわざ俺まで呼ぶんだよ」
「とか言いつつ、いっつも来てくれるくせに〜」
「うるせぇ、暇なんだよ」
日向に言われて、一度学校に横断幕や太鼓を取りに行ってから運動公園に来たので、もう時刻は正午を回っている。
あ、ちなみに氷水が運動場で設営準備しているのを見かけた。いつも通りテキパキと動いていたが、決して自分から指揮をしないように後輩たちを育成していた。
あいつ凄いな。なんであんなに変態性高いんだ。
初月の弟が試合をしている体育館に入った。
途端に試合の熱気、点が入るたびにあがる歓声を全身で感じて、思わず怯んでしまった。
ちなみにバスケ部らしい。
「あ、あそこ……!」
俺たちがいるスタンドの真向かい真下のコートに、汗を流し水分補給中の初月弟がいた。背番号が5番で副キャプテン。
現在ハーフタイムらしく、チームが後半どう試合運びをしていくかの作戦会議をしていた。
「あれが初月さんの弟?」
「う、うん」
「へー、結構ユウキに似てんじゃん」
俺も火炎寺と同じ感想だ。中学生にしては身長は高そうだし、体格も良く短髪だが、顔の造形や優しい雰囲気は似ている。
「なるほどなるほどー。どうやらういちゃん弟のチームがちょっと負けてるみたいだねー。さっ! ういちゃん! 全力で応援するんだー!」
「う、うん……!」
俺と日向が横断幕の左右を持って広げ、火炎寺が太鼓を叩いて場を盛り上げて、弟含め初月が応援する姿を応援する。
『いーくん! が、頑張ってー!』
拡声器で応援するとなると、さすがに弟の耳にまで声は届いたようだ。姉が来ていることに気付くと、少し嫌そうに、けれど恥ずかしそうにそっぽを向いた。やっぱりお年頃というやつだな。
チームメイトからはきっと「あれ、お前の姉ちゃんじゃね?」といじられているみたいだ。
それに対して「ばっ……! ちげぇよ……!」とでも言っているのだろうか。そんなジェスチャーもしている気がする。
なんだか中学生男子らしいやり取りな気がする。俺も二年前までは──と思ったけど、そんな仲良い奴はいなかったな。
「なんか警備員来て逃げてるぞ」とでも言ってそうな口パクでこっちを指差して……ん?
「ちょっと君。一回こっち来ようか」
**
「あ、七海くんおつかれ〜」
「おつかれ〜。じゃねぇよ! こっちは一人でめちゃくちゃ怒られたよ⁉︎ 何で俺を置いて逃げてんの⁉︎」
過度な応援で周りに迷惑をかけるとして、持ち込んだ物は全て没収の挙句、威圧感ある中年男性警備員にめちゃくちゃ怒鳴られた。
一人だけで怒りを真正面から喰らってめちゃくちゃ心細かったんだぞ。
「お前の危機察知能力が低いんじゃないか? 常に自分は狙われているかもしれないと考えといた方がいいぞ」
俺は火炎寺みたいにヤンキーとかに狙われてねぇからな?
てか、俺が怒られている間に、もう試合は後数秒で決着がつくところまで来ていた。
残り時間、約5秒。
点数はたったの一点差。
最後に2ポイントシュートを入れられば逆転勝利ができる。
初月は弟を応援して見守るべく、最前列で立って神に祈るようにして両手を握っていた。
「いーくん……頑張れ……!」
ホイッスルが鳴った。
攻撃は初月弟のチームからだ。
チームメイトがドリブルで敵陣に切り込んでいき、キャプテンが他の敵を惑わせる囮として引きつけ、そして──ボールは初月弟へと渡った。
「いけ……! いーくん‼︎」
ボールは綺麗な弧を描き、そして──
**
「惜しかったね。試合」
「うん、そうだね……」
「でも凄かったよ! バスケってあんなにスピード速いんだねぇ! 弟カッコよかったよ!」
落ち込む初月を日向は励ましたが、顔が晴れることはなかった。
初月勇が放ったシュートがブザービートにはならなかった。リングで跳ね返りそのまま試合は終わった。
インターハイはこれにて終了。中学バスケは引退となる。
しばらくして、最後のミーティングを終えて解散した後の弟が一人でやって来た。姉弟揃って同じ落ち込み方をしている。
待ち伏せていた俺たちは、初月が弟の元へ駆け寄るのを後ろから見つめていた。
「い、いーくん……おつかれさま」
「……何で応援しに来たんだよ。来なくていいって言ったじゃんか。余計なお世話なんだよ」
「そんなこと言わなくんぐっ……⁉︎」
俺が口を挟もうとしたところ、日向に「しーっ!」と静止されてしまった。今は日向の方がうるさいぞ?
「ご、ごめんね。勝手に来ちゃって……。でも、すっごく格好よかったよ……! いーくん、いっぱい頑張ったんだなって……!」
「頑張ったところで結果が出なきゃ意味ないんだよ……。俺が、俺が決められなかったから、俺のせいでチームは負けたんだ」
……やはりこの姉弟は本当によく似ている。
責任感が強く、何かあったら自分のせいだと責めてしまう。状況は違えど、今の弟の姿は一昔前の初月ユウキそのものだった。
けど、今の彼女は違う。
なるほどな。弟を励ますのは彼女の役割だし、彼女にしかできないのだろう。日向はちゃんと分かっているから俺の発言を止めた。
もう、初月ユウキは立派な失恋更生委員会の一員だ。
って、今回は失恋じゃなかったな。
「──じゃあ、次も応援するね。わたしは応援することしかできないから。だからいーくんが勝つまでわたし応援し続けるから」
「俺が高校でも続けるかは分かんないだろ」
「ううん。きっと続けると思うよ。だっていーくんはバスケのことが大好きだから」
初月弟は驚いていた。自分が毎日練習しているのを知ってくれていたから──いや、知らぬ間に自分の姉がこんなにも真っ直ぐ気持ちを伝えられるようになったのかということに。
「なんか変わったな、姉ちゃん」
「えっ……⁉︎ そ、そうかな……。けど、きっとそれは友達のおかげだよ」
日向が「イシシッ!」と自慢げに笑う。火炎寺も照れ臭そうに鼻を掻いた。
「いーくんにもそういう友達がいるんじゃない?」
「え?」
すると、後ろから一緒に戦ってきたチームメイトたちが初月弟を呼びながらやって来た。
「お前何一人で帰ってんだよ」
「今から飯食おうぜ!」
「い、いや……けど、俺は……」
「あ? なんだ、最後のシュートを気にしてんのか?」
「ま、まぁ……」
「まー確かにあれが入ってたら俺たちは勝ってたな。だから気にしろ」
「ふぇっ⁉︎」
お、驚き方まで姉弟同じなのか。
「でもな……俺が今日の試合で何回シュートを外したと思ってんだ! こっちの方が気にすること多いわ‼︎」
他のチームメイトたちも、やれ自分があそこをボール取られなかったらとか、簡単に相手から抜かれてしまっただとか口々に言っていく。
「いいか。みんなで気にすんだよ。今日の試合は。だから自分一人で気にすんな!」
「お、おぉ……」
「飯食いに行くぞ‼︎」
「お前食べたいだけだろ」
笑い合うチームメイト達。
「いーくんとは良い友達がいるところまで、わたしと似ているね」
「……そうだな」
初月弟は照れ臭そうに笑った。
その後、「お姉さんたちも飯どうすか!」と可愛いJKと中学生男子にとって堪らない初月たちを誘うが、
「姉ちゃんナンパすんのやめろ!」
と言って弟がやめさせた。ああ、もちろん俺は誘われてないぞ。
そして、バスケ部面々が打ち上げに行こうとした中、初月弟は振り返った。
「言ってなかったんだけどさ。俺、志望校は姉ちゃんが行ってる友出居高校なんだ。あそこバスケ強いし。だから、たまには勉強教えてくれよな……」
「そうなんだ……! うん! わかった……!」
「おお! うち来るのー! だったらワタシたち失恋更生委員会のメンバがふっ⁉︎」
日向がいきなり初月弟を勧誘し出したので、俺が無理矢理口を塞いで止めといた。見境ないな全く……。
初月弟は苦笑いを浮かべつつ、友達のところへと合流していった。
「ユウキ、弟と仲直りしてよかったな!」
「別に喧嘩してたわけじゃないよ。──でも、前よりも仲良くはなったかな」
楽しそうにじゃれ合う弟たちの背を、初月と火炎寺は見届けた。
いいな、部活仲間ってのは。俺も中学の時にああいう奴らだったならっていだぁっ⁉︎
「ぷはっ! いつまで口止めする気ー! 窒息するとこだったよ!」
「忘れてたのは悪かったけど、普通噛むか⁉︎」
「さて、バスケ観てたらなんかやる気出てきたね! 明後日の球技大会! やるのはバレーボールだけど! とにかく球技大会もみんな頑張ろうねー‼︎」
「おい! 噛んだこと無視するなぁ!」
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