Case.49 電話がかかってきた場合
──や、やっぱり恥ずかしい……!
七海くんの手を握ってみた。
表情が変わらなければ意識はしていない、と思ったけれど、十秒ももたなかった。
でも、この方法とわたしの性格じゃ、誰相手でも同じ結果になった気がする。
他に何をすれば、この気持ちが好きじゃないと証明できるだろう……。
「──初月しゅわん。聞こえてザマスか?」
「は、はぃ! え、えっと……」
「この図形の証明を聞いてるザマス。初月しゅわん、勉強する気がないなら塾に来なくてもいいザマスよ」
「す、すみません……」
塾の先生に怒られてしまった。
だめだ、もうすぐ期末テストなのに勉強に集中できない。
うぅ、なんとかしないと……。
……いっそのこと、七海くんに電話してみようかな。
そしたら、何か分かるかも。
家に帰ったわたしは夜ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドの上で仰向けになり、そんなことを考えていた。
けど、いきなり夜遅くに電話かけたら迷惑だよね。まずはRINEでアポを取って、それから──
と、思っていたらいきなり着信音が鳴った。
ビックリして声にならない声が出たけど、掛けてきた相手はなんと心木さんだった。
「……はい、もしもし」
とりあえず電話に出てみる。
『あ、い、いきなりゴメン……。今大丈夫ですか?』
「う、うん……大丈夫です……」
そうか、電話かけてから通話できるか許可を取ればよかった。
『あ、ちょっとごめんなさい。声が聞こえ辛くて、音量上げます』
あ、それはわたしの声量のせいです。すみません……。
『その、初月さんに折り入って相談があるんですけど……』
「はい、なんでしょう?」
『七海くんって、どういう子がタイプか分かりますか……?』
「ぶふっ⁉︎」
思わず動揺で咳き込んでしまうわたし。
電話口から心木さんの心配する声が聴こえる。
「ど、どうして、それをわたしに……?」
『あぁ、いや。失恋更生委員会で連絡先を知ってるのは初月さんだけなので。何か七海くんについて知ってることあるかなって。あ、その……実は自分、七海くんのことが好きで……』
は、はい……知ってます。
って、普通に言うんですね。これってもしかして、自分が狙っていますよと周りへの牽制なんでしょうか……。
『それになんだか、初月さんは自分と同じ感じがするので』
「ふぇ⁉︎ お、同じですか⁉︎」
『は、はい……。こう、自分と体格や性格、雰囲気が似てるというか、自分を知るのにいいかなって、あ、いえ、すいません。自分と同じは失礼でしたよね……』
「い、いえ、そんなことないですよ……! ちょっと、わたしが勘違いしただけなので」
もしかして、心木さんにはわたしが七海くんを好きってことがバレてるのかと思っていました。
あ、いや、まだ好きと決まったわけじゃ……!
うぅ、一人で勝手にパニックになってるよ……。
「え、えっと、七海くんの好きなタイプでしたよね。以前、七組の雲名さんって方に告白されてましたし、そういった方がタイプでは……」
『そう思ったのですが、酷く失恋するとそれがトラウマになって、似た方を好むことはないと聞いたこともあります。そういった点も含めて、近くにいる初月さんなら何か知ってるかと』
「そ、そうですね……。とりあえず、トラウマにはなってないんじゃないかなと思います。失恋更生してると思いますよ」
『そうですか……。自分は雲名さんと真逆の存在だな……』
「あ、け、けど別に関係ないんじゃないかなとは思いますよ」
『なら、どんな人がタイプか分かりますか?』
うっ、心木さんって意外とグイグイ来る気が……。
物作りが得意だと以前の対決で知りましたが、そういう方って恋愛でも集中するとのめり込むタイプなのかな……。
って! なんて答えれば……‼︎
「え、えーっと。ありのままでいる人が好きなんじゃないかなと、お、思いますよ」
『ありのまま……! 他には⁉︎』
「えぇ⁉︎ えっと……あ、最近は低身長の子が好きだなーって言ってた気が……」
嘘です。そんなこと言ってません!
『自分は平均以下……! あ、当てはまる! 他には⁉︎』
「えぇ、まだですか⁉︎ う、う〜ん、色々と自分から引っ張って連れ回してくれる人、とか……?」
『……なるほど!』
こ、これで良かったのかな……。
『ありがとう。初月さん。自分、頑張ります!』
「は、はい。応援してます……」
『また、色々と聞きたいことあるので、明日もよろしくお願いします……! では、おやすみなさい……!』
「おやすみなさ……え? え、明日もって、心木さん⁉︎」
電話は切れ、わたしの言ったことは届かなかった。
それから本当に心木さんは明日どころか毎晩電話をかけてきた。
今日はクラスの七海くんはこうだったとか、昼休みでお弁当の味を褒められただとか、放課後は一緒に勉強ができなくて残念だったとか。
とにかく心木さんが見てきた七海くんを、惚気たように細かく電話で教えてくれました。
わたしのことを信頼して、多くを語ってくれるのでしょうか。それとも、わたしはライバルにすらならないということでしょうか……。
日が進むにつれて、心木さんは七海くんのことがドンドン好きになっている気がします。
ブレーキが壊れた暴走機関車のように、加速度を上げて真っ直ぐに想いが走っていく。
『明日、七海くんとデートすることになりました』
金曜日の夜。七海くんをデートに誘えたと心木さんから報告を受けました。
期末テスト前ですが、本来は勉強会するはずだったのに、結局あまりできなかったため、アピール最後の場として直接大勝負を仕掛けるみたいです。
場所は京都を巡るみたいです。
「そ、そうなんですね。応援してます」
もう電話でのアドバイスは特になく、わたしはただただ聞き役に徹していました。
元々、聞き役であることも多いですし、そもそもアドバイスできるようなことはないので特に苦だと感じることはないのですが……少し話を聞くたびに胸が痛かったです。
『──なので、ホテルを予約しました』
「はい、はい……え、ホテル⁉︎」
『そこできっと七海くんは自分のありのままの姿を見てくれるはず』
「え、ちょ、ありのままって、何か誤解してません⁉︎」
『師匠。自分頑張ります。それではおやすみなさい!』
ま、また一方的に切られてしまった……。
心木さんは相談しているつもりですが、わたしの相槌で、自分の意見を強く思い込むようになっています。いつの間にかまた師匠と呼ばれるようになってますし……!
ホテルだなんて……そ、そんなの止めないと‼︎
でも、どうやって……? そもそもわたしが止める必要はあるのかな……う、うーん……。
◇ ◇ ◇
「七海くん」
阪急三宮駅前にて。約束時間の五分前に、待っていた七海の元に心木が現れた。
「ご、ごめんなさい。待たせちゃって」
「い、いや大丈夫。さっき来たとこだから」
嘘である。
この男、緊張の余り二時間も早く現場に着いて待っていた。
「そ、そうなんだね。自分ももっと早く出たんだけど、靴紐が切れたのと、家の自転車が盗まれちゃったのと、鳥のフンが頭に落ちたのを取っていたら、こんなに遅れちゃった。けど、早く出たから間に合ったよ、ラッキーラッキー……」
「お、おう。いつも通りだな……」
「じゃあ、行こ──」
「──あ、あれ⁉︎ 七海くんと心木さんじゃないですかぁ! ぐ、偶然ですねぇ……!」
現れたのは初月ユウキ。
偶然、とは名ばかりで、デートに付いていこうと……いや、乱入してきたと言った方が正しい。
心木はやはり運が悪い。相談相手を初月にしたのは、間違いだった。
「あぁ、偶然だな。あ、えっと、これは……」
七海は心木と二人きりでいるところを見られてマズイと思ったのか、誤魔化そうとする。
「いえ、心木さんから聞いていたので、知ってましたよ。でも、まさか、今日この時間にここでお会いするとは思ってなかったですが……!」
どう見ても怪しい様子の初月。休日で周りに人が多く、喧騒に包まれているのに、初月にしては声がよく出ていてしっかり聞こえた。
さすがの七海も少し違和感に思っていたが、とりあえずどうしてこの二人でなのかを深く聞かれなかったので、触れずに相槌を打った。
「これから京都に行くんですよね……?」
「あ、ああ。そうだけど」
「わたしもご一緒していいですか? 実はたまたま京都に行こうと思っていたので……!」
「お、おう」と、七海は謎に圧が強い初月の提案を断れなかった。
「う、初月さん……⁉︎ ど、どうして……」
「あ、安心してください心木さん。わたしが傍で心木さんをサポートいたしますから」
初月は心木の耳元でそう告げた。いつもの彼女の声量では、七海の元には全く聞こえていないだろう。
心木はその言葉を信じ、むしろサポートがいてラッキーだと感じてしまった。
──ここで、心木さんの恋路の邪魔をする。とても罪深いことだけど、わたしの心がそうしたいと願ってしまった。
そして、この旅でわたしのこの気持ちが本当に恋なのか確かめる。
「では、行きましょうか。京都に」
こうして、波乱の京都三人旅が始まった。
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