Case.50 乱入してきた場合
「「古都京都の文化財」として、世界遺産に登録されている清水寺は、798年にあの坂上田村麻呂によって創建されたと伝えられているんだよ。何度も火災に見舞われていて、今の姿となったのは1633年に徳川家光に再建した姿なんだ」
「へーそうなんだ……ここ八坂神社だけどな」
「えっ⁉︎」
ネットの知識を詰め込んだ心木はペラペラと話していたが、そもそもここは清水寺ではなかった。
京都河原町駅を降りて、真っ直ぐ東に行った八坂神社に三人はいた。そもそも寺ですらない。
清水寺はここから南南東の方角にある。
「ご、ごめんなさい……自分、しっかり確認できてなかったみたいで……」
「いやぁ、いいよいいよ。たくさん調べてくれただけでもありがたいし」
七海の言葉を聞いて、パァァと輝きを取り戻した心木。
なので、八坂神社についての説明を細かく語り出し始める。
まるで、バスツアーのようだ。バスガイドが生徒に説明している姿にしか見えないなと、三歩後ろで付いてきていた初月は思った。
今の感じのまま終われば、楽しい京都観光で済む。
しかし、心木は最終目標に七海をホテルへと連れ込むということを明かしていた。
せめてそれだけは阻止したい。
初月は心木の動向を探るべく、難しい顔で彼女を見つめていた。
「初月さん、そんなに難しい顔して大丈夫か?」
「へっ⁉︎ え、えっと何がですか……?」
「自分の説明、面白くなかったですか……?」
「あ、いえ! 凄くタメになってますよ! 理解しようとして、ちょっと考えてただけですから……!」
本当のところは一切説明が耳に入っていない。
だが、心木は少し難解だったことを反省し、説明を簡略化することを意識すると述べていた。
心木は悪い人ではない。そんなことはとうに分かっている。七海と付き合うことに問題はないはずだ。
それでも初月は、自分の心に詰まった何かを知りたくて、今の行動に及んでいる。
(ひなたちゃんが、これを知ったら絶対怒るよね……わたし、何してるんだろ……)
初月は二人に悟られないよう、小さく溜息をついた。
**
「七海くんどうかな……?」
清水寺近くまで移動した三人は、着物レンタルのお店にて、浴衣に着替えていた。
一日中浴衣で京都を観光できるとして、旅行者に大人気となっている。学割プランを使えば、少し安く抑えながらも、多くの種類から選ぶことができる。
京都を存分に楽しめるだけでなく、浴衣であれば今の蒸し暑い季節でも涼しくいられる。
心木は新緑を思わせるような爽やかな緑色の浴衣を選んだ。髪型もいじってもらったようで、いつもの彼女とは違い、少し大人らしい印象を受けた。
「お、おぉふ、めちゃくちゃ可愛い……」
(七海くん、凄いなびいてる⁉︎)
鼻の下を伸ばす七海は、男性人気の高い紺色の浴衣を選んだようだ。
心木に目を奪われている七海の背を引っ張り、初月は自身にも注目するように促した。
「わ、わたしはどうでしょう……」
「えっ⁉︎ もちろん、初月さんも凄く可愛いよ……⁉︎」
「あ、ありがとうございます……」
黄色ベースの浴衣を選んだ初月。
面と向かって「可愛い」と言われると、やっぱり恥ずかしい。
(こ、これはまだ、別に七海くんが好きだから恥ずかしいわけじゃないですよね……誰に言われても照れますよね……)
心中で言い訳をして、感情を誤魔化す。
「初月さん、とても似合っていて可愛いです……!」
「あ、ありがとうございます……! 心木さんも凄く可愛いですよ……!」
「……っ……!」
「…………!」
初月と心木は向き合って、小動物かと思わせるくらいいじらしい姿で、お互い照れあっていた。
その様子を見て、何も知らない七海はほんわかと癒されていた。
その後、今度こそ清水寺を訪れた三人。
拝観料を払い、中に入るとすぐにあの有名な清水の舞台へと出た。
「今年の漢字が発表される場所としても有名な清水の舞台は名前の通り、実際に舞台としても使われているんだよ。それは、ご本尊に芸能を奉納するため──」
「「そっちに行かないで⁉︎」」
心木が喋りながら清水の舞台端へ向かおうとしたところを、七海と初月が同時に止めた。
彼女の不幸体質が発動すれば、舞台から落ちる大事故になりかねない。
とりあえず心木は立ち止まり、再びうんちくを話す。
「心配してくれてありがとう。けれど、大丈夫だよ。舞台から飛び降りた死亡率は15%くらいだから……!」
「いや、結構高いからそれ!」
SSRの排出率よりも高いそのガチャを、心木なら間違いなく引いてしまいそうで、止めて正解だったと二人は思った。
**
「……ふぅ、階段多いな。けど、それよりも鳥居が多いとは、さすが伏見稲荷だな」
清水寺の次は、電車でさらに南に下った伏見稲荷大社へと来ていた。
京都の観光地と言えば、ここを挙げる人も多いように大人気のスポットだ。
千本鳥居が有名であるが、実際の数は稲荷山全体で一万基を超えるだとか。まさか名前に勝つほど建ち並ぶ鮮やかな朱色の鳥居に、見る者全て圧倒されるに違いないだろう。
「「………………」」
「……大丈夫か?」
そんな中、絶望的に体力がない初月と心木は、声が上げられないほど疲弊していた。
浴衣のせいもあってか、動きづらいようだ。
「ま、まさか……こんなに山登りに苦労するなんて、浴衣じゃない方がよかったのかな。け、けど、これもいい経験だよね、ラッキーラッキー……」
「うぅ……あ、あとどれくらいで山頂ですか……」
「いや、まだ半分も行ってないらしいぞ」
「「えっ⁉︎」」
七海は案内板を見て、残酷な現実を言い放った。伏見稲荷大社は想像より広く、道も険しい。
完全登頂は諦めることにする。
「け、けどこれだけはして帰りましょう」
「心木さん、これは何ですか?」
目の前に現れたのは一対の灯籠。
それぞれ上には、大きさがバレーボールくらいの球体の形をした石が乗っている。
「これは『おもかる石』です。灯籠の前で願い事を念じてからこの石を持った時に、想像よりも重かったらその願いは叶わず、対して軽いと感じたら願いが叶うと言われています」
心木はここでも調べてきた知識を話した。
「よっと、おぉ、想像以上に軽いな」
七海は軽々と両手で持ち上げた。その気になれば片手でも持てそうなくらいだ。
「ふんっ……! ぐ、ぐっ! か、軽いなぁ……!」
「絶対重いだろ」
七海に対し、心木は歯を食いしばりながら無理して持ち上げていた。
「初月さんは?」
「わたしは……なんでしょう。予想通りでした」
「自分だけ重かったんだ。どうしよう、願いが叶わない……」
「い、いやぁ、男女差あるからな! 女の子には重かったんじゃないかな‼︎」
七海はすかさずフォローを入れた。
「そ、そうかな……。恋と関係なかったらいいんだけど」
七海と初月はその言葉を聞いて震えた。
心木はおもかる石への願いに、七海との恋愛成就を願ったのだ。
少し気まずくなってしまった。
**
伏見稲荷大社を早々に離れ、近くの系列店で浴衣を返そうとするが、全員清水寺近くの店に服を預けっぱなしだったことに気付き、再び戻ることに。
「予定から外れちゃった。けれど、夕焼けの清水寺が見れてラッキーラッキー……!」
心木の言うように、もう一度入場した清水寺を背に、太陽は沈もうとしていた。時が経つのは早い。
ただ京都観光はまだ続く。
心木の後ろを付いていく最中、初月は得意の小声で七海に尋ねる。
「テスト前ですけど、今日一日遊んでよかったんですか?」
「ああ、まぁそうなんだけどさ。正直、テスト勉強は前日の夜にならないとやる気が出ないんだよな」
テスト前あるあるである。
明日は本気で勉強するよと、七海は言うが、どうやら今日ホテルに連れ込まれることは知らないみたいだ。
初月はさらに質問する。
「七海くんって、心木さんとこんなに仲良かったでしたっけ?」
「えぇっ⁉︎ あ、あー、まぁクラスメイトだからな。よく男女関係なくクラスの奴らと遊んだりしてたよ」
もちろん過去形だ。完全にクラスから浮いた今、休日に遊べるような友達は七海にはいない。
「そうなんですね……。七海くん、あの実は──」
「着きました」
目の前で心木が立ち止まる。
次なる観光地。そんなものはなかった。
周りを見れば、ホテル、ホテル、ホテルのホテル街。
(えぇ⁉︎ も、もういきなり実力行使に出るんですか⁉︎ そ、そういうのって、もっと夜遅くに、相手の同意があってのものかと⁉︎)
「え、あー、ここはなんだ。新しい観光地か?」
七海にはさっぱり分かっていないようだった。
すると心木は、唖然としている七海の手を取り、強引に引っ張ってホテルへと入って行った。
外見はどう見てもラブが付くホテルだった。
「ちょっ⁉︎」
「初月さん、ここまでありがとう。後は頑張ります……!」
「ま、待ってください……!」
「え⁉︎ 何々⁉︎ いきなりどうした、はぁっ⁉︎」
無理矢理、七海を連れ込む心木は覚悟を決めた顔で初月にお礼を言った。
だが、初月がそれを見逃すわけがない。すかさず二人の後を追いかける。
この後、彼女たちはとても濃厚で、忘れられない熱い夜を過ごすことに──
「キミタチ高校生デショ。ダメヨ、泊メレナイヨ」
「え、予約して──」
「ダメダーヨ」
年齢制限により宿泊を断られてしまった。
ホテルの前で立ち尽くす心木。
「……え、どうしよう」
「「もう大人しく帰ろう‼︎」」
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