Case.48 一緒にテスト勉強する場合



「今日、一緒にお昼食べない……?」



 心木は一週間、自身をアピールするとして、様々なことを仕掛けていた。

 例えば授業中、ふと隣にいる心木に目を向けると、彼女も気付いて小さく手を振ってくれる。

 廊下や通学路でも見かけると、必ず反応をしてくれるが、挨拶というものは計り知れない威力であると改めて気付いた。


 そして極め付きはプールでの時だった。

 友出居高校ではこの時期、一、二年生は強制プールである。

 もちろん、骨折とか女性特有のものがある場合や水着を忘れたら、その日は見学のちに夏休み補習。それが嫌な人は灼熱のグラウンドで持久走をするかの二択が用意されている。

 三年生になると、なぜか最初から選択制になるが、受験生だからかな。水泳の後は非常に眠くなり、授業に集中することはできないからだろう。


 体育の授業はいつも二、三クラス合同で行う。俺たち七組は六組と一緒になる。

 失恋更生委員会のメンバーでは初月がいるが、今日は体操服で見学している。いつもは泳げない人向けの端のレーンでジタバタと練習している。


 クラスで浮いた存在になっている俺に話せる相手はいない。

 男女別に違うレーンを使用するために、プールサイドの対面に男女別で集められるから、交流することもまぁない。

 しかし、いざ泳ぐとなった時には同じ方面からスタートするので、女子たちのスクール水着が眼前に来る。


 くそ……! 雲名が六組の雨宮とイチャついてやがる! 去年は話すことぐらいはできたのに……心底羨ましい! 

 それは他のモテない男共と感想は同じか。

 決められた男子のレーンならどこから泳ぎ出してもいいので、みんなできるだけ女子に近付こうとして、中央側のレーンは混みやすくなっている。分かりやすい奴らめ、そこ前どけ!


 すると、ジリジリと焼けつく肌に細い指が触れる。

 隣に並んできたのは心木だ。


「どう、かな……?」


 どうっていきなり言われても……めちゃくちゃ可愛いに決まっている!

 先程の地獄のシャワーで濡れた髪。濡れたことで、よりピッタリと水着が張り付く細身な身体。太陽に照らされて白みを増す綺麗な肌。申し訳ない程度に膨らむその胸部もスクール水着が絶対的に似合う完璧なプロポーション。

 そんな彼女が、生粋のジト目でこちらを見つめており、感想を待っている。

 心木も可愛い女の子の部類に入るのだ。こんなマジマジに見られるとは、神に感謝だ!


「あ、まぁ、似合ってるぞ。可愛いんじゃないか」


 さすがにさっきまでの思考を伝えるのは、気持ちが悪いので簡潔にまとめたことだけを伝える。

 すると、心木は少し笑顔を見せ、泳ぐ順番が来たのでプールに入る。

 彼女がクロールで向こうまで泳いでいくところを見ていた。小さなお尻が10mほど進んで──沈んだ。


「溺れてねぇか⁉︎」


 異変に気付いた心木のすぐ後ろを泳いでいた女子生徒が救助に向かう。

 どうやら途中で足をつったらしい。少し咳き込む程度で命に別状はなかった。

 その後、泳げない人向けのレーンで先生の監視下の元、練習していた。



 そして、現在。

 昼ご飯に誘われた俺は、心木と一緒に校舎裏にある締め切られたままの扉前にある、数段の階段に腰掛けていた。

 いつもは校舎を回る形で裏側に来るのだが、本来なら校舎端にあるこの扉から直接向かえる。階段をそのまま降りていけば校舎裏って感じで。

 まぁ、特に距離に変わりはないからどうでもいいが。

 告白現場としてよく使われる校舎裏だが、それはやはり人が来ることが滅多にないからだ。

 なぜなら目の前の景色は壁。隣山からの土砂崩れ防止のためにコンクリートで固められている味気ない景色だ。


「あの、七海くん……お弁当作ってきたの」


 だが、そんな景色も可愛い彼女が横にいるだけで、百万ドルのコンクリに変わるというわけだ。

 小さな二段お弁当箱に並べられたのは、色鮮やかなオカズと……色鮮やかなオカズ。


「あ、あれ……⁉︎」


 どうやらうっかり組み合わせを間違えたようだ。


「あ、でも自分はどっちもご飯だった。ラッキーラッキー……」


 それって運が左右するものか? 単なる不注意な気が。

 ……けどその前に、俺も自分用に昼食を買ってたんだけど。


「って、あぁ⁉︎ よ、用意してたんだね……こ、こんなに食べられないよね」

「いやいや! 全然大丈夫! 今日はプールで疲れたからめちゃくちゃお腹減ってたんだよ!」


 実際にそうなので、食べられないことはない。

 ただ、満腹にはなるので、さっきの疲れとのダブルパンチで午後の授業は寝落ちすることが確定した。


「じゃあ、いただきまーす」


 まずは心木が作ってくれた玉子焼きを一口。

 ……うん、美味い!

 心木の不幸体質で調味料間違えるかと思ったが、とてもあだっ⁉︎

 ……殻が入ってた。


「ご、ごめんなさい‼︎ あ、あれ……味見した時は入ってなかったのに……!」


 玉子焼き味見チャレンジは運良く当たらなかったんだな。

 にても、朝早くから料理を作り上げてくれたことには感謝しかない。



「──ありがとな。心木さん。すっごく美味しかったよ!」


 食べ終わった後に感謝を告げると、心木は頬を赤くして笑顔を見せた。

 はい、かわいい。

 もう今すぐに返事をして付き合いたい。


「じゃ、じゃあ明日も作るね……! あ、今度はお弁当のメニューも聞きたいから、RINE聞いてもいい……?」


 ただ、もう少しこの関係性を維持したいという俺の意地悪さが出てしまった。

 俺は心木と連絡先を交換し、それから先に帰っていく彼女に手を振り見送った。


 はぁ……なんと幸せな時間だったのだろうか。

 そう、これだよこれ! 俺が高校生活に求めていたものはこれだ!


 しかし、来週の火曜からは学生の義務でもある期末テストなんだよな。

 放課後にデートなんていうものはできないんだろうけど……と思っていたら、さっそく心木から連絡が来ていた。


『今日からテスト前だから部活ないよね……? よかったら一緒に勉強会しない?』


 き、キタァァァァァ‼︎

 俺が憧れに憧れていた勉強会! 

 前回は雲名への告白を失敗し、夢に破れていたが、今回は夢叶う!

 いや、これからずっと、かな……?

 ふっふっふっ、これはいい!


 とりあえず心木にOKと返事をし、失恋更生委員会のグループには『今日からテスト勉強だから各々頑張れよ』と連絡しておいた。

 つまり、邪魔すんなよということだ。


 放課後、俺たちは図書室に──は、既に多くの生徒がテスト勉強していて席がない。

 なので、七組の教室で勉強することに。

 他に人はいなかったので、完全二人きりだ。


「……暑いね」


 心木がそう呟いた。

 そう、この時期クーラーが付いているのが、図書室だけなのだ。

 教室に人がいないのはそういうこと。

 夏が始まった日本では蒸し暑いし、窓を開けていても風がなければかなりキツイ。

 夜になるにつれて涼しくはなっていくが、それと引き換えに光に釣られてやってきた虫がいて鬱陶しくなる。


 心木は少しでも暑さ軽減のために、胸まであった髪をポニーテールに結び直していた。

 うなじを伝う汗が非常にエロい。勉強用に付けた眼鏡も大人らしく見えて非常にエロい。汗で湿ったカッターシャツがなんだか透けそうで非常に──エロいことしか考えられねぇ‼︎

 全然勉強に集中できん! このままだと補習を喰らって夏休みが勉強で終わる!

 それは嫌だ‼︎


「きょ、今日はもう帰るか。暑いし、虫が多いし」

「そ、そうだね……」

「それと明日からは別々に家で勉強しよう」

「え……」

「大丈夫だ! 俺たちには文明の利器がある! テレビ電話で繋ぎながらにしていたら、お互い分からないところを教え合えるだろ?」


 我ながら非常に良い提案をした。


「そ、そうだね……! けど、七海くんと直接会いたかったな」


 え、なに可愛すぎる。今すぐに抱きしめたい。


「じゃあ、明日からも、よ、よろしく……!」


 けれど、そんなことを突然して嫌われたくないので、ここはグッとこらえた。



   **


 次の日。

 いつもと同じように、心木からアピールをされ、昼ご飯も共にした。

 今日の不幸はアーンしてくれたタコさんウィンナーの爪楊枝が折れて、目の前で落ちたことだ。


 珍しくちょっかいをかけてこない日向は、夏休みの補習を本気で避けるべく勉強をしているみたいだ。

 火炎寺に教わっている、というより捕まっているそうで、夏休みを潰したくないんだなってのが分かる。

 ま、夜のグループチャットはうるさいが、できればこのままじっとしていてくれ。


 とりあえずさっさと帰るか。

 いきなりだが、今日は心木とオンライン勉強会はできなくなった。

 PUREに呼ばれたらしい。なんとも勉強を教えて欲しいとかで……。

 土神が本気でヤバいらしく、金城一人じゃ手に負えないと連絡が来た。あいつ頭悪いのかよ。

 このタイミングで呼ばれるとはやはり運が悪い心木だったが、「士導様のお役に立てるからそれはそれでラッキーだよ」と、謎のポジティブシンキングで向かっていった。


 

「ん? あれ初月さん?」


 帰ろうとした手前、廊下で初月と出くわした。

 キョロキョロして辺りを伺い、そして俺の右手を両手でギュッと握った。


「初月さん? ど、どうした?」


 十秒くらい経っただろうか。

 初月はパッと手を離し、すぐに向こうへと立ち去り角を曲がった。

 すぐに角から覗き込むようにして現れた初月は仏頂面であった。

 だが、すぐにいつも見るような、照れて困った顔になり、サッと隠れてそのまま帰って行った。


「……え、一体なんだ……?」


 よく分からない初月の行動。

 なんか知らんが、俺の周りにはちんちくりんの代わりに、ちっちゃな二人がウロチョロするようになっていた。



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