Case.47 上の空な場合


 告白された──もちろん、人生で初めてだ。

 こういうことは無縁だと思っていたが、いざされるとなると──嬉しすぎるだろ‼︎

 今になって脳内は歓喜に満ち溢れ、思わず小躍りしたくなってしまう!

 そこまで話したことはあまりないクラスメイト。最近はPUREとしての交流はあったが、そこまでではある。


「──七海くん」


 けれど、俺のことが好きだったなんて。

 しかもそれがバディの灰冠さんだったとか、これは運命を感じてしまう……!


「七海くん……!」


 一週間チャンスをくれとは言っていたが、正直答えはYESだろ。

 高校生の内に初彼女ができるとは、いやぁ色々頑張ってきてよかったなー。


「七海くん‼︎」

「さっきからなんだよ!」

「なんだよはこっちのセリフだよっ! 今大事な会議中だよ!」


 心木からの告白後、俺は遅刻して本部を訪れていた。

 なんでももうすぐ訪れる夏休みの計画についての話し合いだった。


「もう遅刻するし、ニヤニヤしてて気持ち悪いし、……それにほんと何にも気にしてないみたいだし……」

「え?」

「んん! もうどうでもいいよ! と・に・か・く! 最近の七海くんはたるんでるよ! ねぇみんな⁉︎」


「「………………」」


「みんな上の空だ⁉︎」


 初月と火炎寺もそれぞれ考え事をしていたらしく、誰も委員長の話を聞いてなかったみたいだ。

 日向は教卓をバンバン叩いて、二人の注目を集める。


「ういちゃんは書記なんだから、ちゃんと黒板に書いてもらわないと!」

「す、すみません……」

「あゆゆもそうだよ! 何考えてたのっ!」

「すまん委員長。ちょっと遊○王のデッキ考えてた」

「何考えてたの⁉︎」


 頬を膨らまし、不機嫌な態度を取る日向。

 激おこぷんぷん丸というふざけた言葉が一番ふさわしいのはきっと彼女だろう。


「いい⁉︎ もう一回説明するからね! 期末が終わったら失恋数は増える! けど、夏休み始まってからお盆くらいまで失恋の数は減少する! よってワタシたちの活動が少なくなっちゃうってこと!」

「何で減るんだ? その根拠は」

「ワタシの肌感!」

「適当かよ!」


 けれど、考えてみたらそうなのかもしれない。

 基本、恋愛事とはイベントが付き物である。

 年末年始に始まり、バレンタインデー、ホワイトデー、卒業・入学式、ゴールデンウィーク、文化祭、体育祭、ハロウィン、クリスマスに誕生日──大体この前後でカップルが成立し、そしてその分失恋の数も増える。

 しかし、夏休みはどうだろう。

 恋人と過ごす熱い夏。きっと二人の間は夏の太陽のように燃え上がり、夏の夜空を見上げなから愛を説き明かす。

 そう、夏休みとは既に存在しているカップル達を盛り上げる期間なのだ。


「まぁ、だから夏休み前後は、失恋は多く発生するんだろうけど、他と違ってとにかく長いから一ヶ月くらいは空白期間が生まれちゃうんだよ!」


 もちろん、そいつらが幸せなら、それはそれでいいんだけどな。

 無理矢理別れさせるなんてことはしなくていい。


「だからワタシたち失恋更生委員会は! 夏休みは色んなところに出張営業するよ!」

「出張営業?」

「そう! 海に、キャンプに、夏祭り! プールとかもいいよね、あ! 花火もしたい‼︎」

「遊びたいだけか!」

「ち、違うよ〜、そういう人が多いところに行って、学生以外の失恋も更生させようというわけだよ〜」


 絶対後付けだろ、それ。

 つーか、夏休みも活動するのかよ。サボれるものだと思っていたが、日向は俺たちのことを逃がすつもりはないらしい。

 てか、校外で失恋更生なんてしたら迷惑行為として警察とか呼ばれないか? 前例あるんだぞ、大丈夫か?


 それにしても、夏休みか……。

 もし、心木と付き合ったら──


 海やプールでは、彼女の水着姿が拝めるのかな……。

 夏祭りでは浴衣デートをして、一緒に花火でも見上げるのか……。

 いや、心木はきっとインドアだろうから、一緒に涼しい部屋で一日中ゲームをして、そして夜はベッドで──

 ダメだ! 妄想が膨らむ‼︎


「あ、あの、な、七海くん……?」

「あぁい⁉︎」

「ひぃっ⁉︎ どうしたんですか⁉︎」

「い、いや……ちょっと煩悩を取り払っただけだ」


 俺は自分の横顔を殴っていた。

 さすがの奇行に、初月を怖がらせてしまった。


「で、初月さんどうしたの?」

「いや、ひなたちゃんが……」

「え?」


 日向の方を見ると、仁王立ちで俺を睨んでいる。


「な〜な〜み〜く〜ん? また話聞いてなかったでしょー! もう、そんな七海くんには──グリグリの刑だー!」

「グリグリ? いたぁぁっ⁉︎」


 日向の拳は俺のこめかみを容赦なくグリグリする。

「アタシも参戦するぞ!」と、火炎寺が俺の身体を固定するから逃げられない。

 や、やめろ……! 激痛で心木との夏休みデートの妄想が消えんだろ!

 なんかちょっと様子がおかしかった日向の気が済むまで、俺はグリグリ頭を抉られた。

 まぁ、このお陰で日向の機嫌はいつも通りに戻ったけどさ。これで喜ぶのはちょっとサイコパスだろ。



   ◇ ◇ ◇



 ──ひなたちゃんに言うべきなのかな……。


 わたしは七海くんが告白されるところを聞いてしまった。

 相手は心木さん。

 祝福すべきことだと思う。七海くんがずっと頑張っていたことをわたしたちも知っていたから、それがなんだか報われたように感じて。

 けれど、わたしは勝手に、七海くんとひなたちゃんが結ばれるものだと思っていた。

 二人の相性が良いことは他の人の目で見ても分かる。

 わたしを助けてくれた二人だから、二人が恋人同士になったら自分のことのように嬉しいはず。

 それに、二人はきっとお互いのことを──


 ──ううん。これは自分勝手な考えだ。

 わたしはあゆみちゃんの一件で、自分の理想を願う、悪く言えば他人に押し付けてしまうところがある。

 もう二度とそんな失礼なことはしたくない。


 そうだ、ひなたちゃんには名前を伏せて相談してみよう。きっと、ひなたちゃんなら良い答えを持っているはず。


「ひなたちゃん。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな……?」


 帰り道、わたしは七海くんたちに気取られないように、ひなたちゃんだけを呼んだ。前を歩く二人は遊○王のデッキの話に熱中しているみたいで、こちらには気付いていないみたい。

 ひなたちゃんは二つ返事で相談に乗ってくれる。


「その、これは友達の話なんですけど──」


 ある男の子が、クラスメイトのある女の子に告白されたこと。

 けれど、告白された男の子は部活が同じ女の子とすごく仲が良くお似合いであった。

 だからその友達は、その二人がくっついて欲しいと願っていたけど、それではクラスメイトの子の方を傷付けてしまう。これは友達の単なるワガママになるんじゃないかということ……。


「──なので、どうしたらいいのか分からなくて……」

「ふむふむ……それってういちゃんの話?」

「へぇっ⁉︎ ち、違いますよ……⁉︎」

「へ? そうなの? こういう友達の話って大体自分のことかなーと思ったけど、違うこともあるんだねー」


 そ、そういうものなんだ……。

 今度からこの代名詞は使わないでおこう……。


「それにしてもその友達は大変だね〜。なんだか色々振り回されてるみたいで」


 それは七海くんとひなたちゃんのことなんですけど……。

 自分たちだってことまでは気付かないみたい。


「ひ、ひなたちゃんはどうしたらいいと思いますか?」

「うーん。そうだな〜。結局その友達は何がしたいかだよね。その子の願いは、まずは告白した女の子を男の子が振るわけでしょ?」

「そういうことに、なりますね……」

「んで、男の子と同じ部活の女の子と引っ付けたいと」

「そう、ですね……」

「なんか自己中過ぎない⁉︎」


 で、ですよね……⁉︎


「なんかさー、あのPUREってのとやってること同じだよ。お似合いだからって、無理やりくっ付けようとするのって。ワタシなんかやだなーその友達」


 ……分かっていたことだった。

 ひなたちゃんは他人が強制するような恋は嫌いなんだ。

 自分で考えて、自分で行動を移す。

 失恋更生委員会はそれを後押しするだけの団体。


 よかった、ひなたちゃんに相談して。もう少しでわたしは勝手な行動を取って、暴走するところだった。

 やっぱり報連相は大事だなぁ。


「ねぇねぇ、ういちゃん。ちなみにその友達って女の子?」

「あ、はい。そうです」

「ふーん、実はその友達ってさ〜、その男の子のことが好きなんじゃないの?」


 ………………ふぇっ⁉︎


「え、え、ど、どうしてそう思うんですか……⁉︎」

「え? だってその友達はそうやって相手に理想を押し付けようとしたんでしょ。それって、好きな人だからこうあって欲しいという願望の無理強むりじいなんだよねー」

「願望の無理強むりじい……?」

「ほら、芸能人のファンとかでよくあるじゃん。好きな俳優やアイドルの結婚相手に自分は無理だけど、せめてするのであれば相手はこの人であって欲しい……! みたいな。こういうの生徒カイチョーなら分かってくれそうだね〜」


 わたしが……七海くんを……?


 たしかに七海くんはわたしを助けてくれた。とても感謝している恩人だ。

 けれど、好き、だなんて……わたしは……


「ま、これは好きな人以外にも当てはまったりするけど。それにその友達は女の子のことも好きなんだろうねー、うんうん──ん? おーい、ういちゃん?」

「──はいっ⁉︎」

「大丈夫? 顔真っ赤だけど」

「い、いえ、大丈夫です! 相談聞いてくれてありがとうございました! 今日は塾なので、先に帰りますね! おつかれさまでした!」


 わたしは七海くんとあゆみちゃんの間を突っ切って、ここから逃げた。



「えぇっ⁉︎ 駅くらいまでは一緒に……って行っちゃった」

「ん? ユウキどうしたんだよ?」

「さぁ、わかんないや」




 ──確かめなきゃ。

 わたしが、七海くんに恋していないことを。



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