七章 心木仄果

Case.45 告白された場合


 あくる日、俺は一人悶々としていた。


『七海くん。明日の放課後、教室で待っていてください。あなたに会って、直接、告白したいです』


 昨夜SMFに来ていたあのメッセージ。見るからに俺へ好意を抱いているから告白したいというものだった。

 見間違えではない。だが、もしかしたら告白とは何かを伝えるだけであって恋愛とは関係ないかもしれないが……いや、あの文脈的にそうとしか考えられないか。

 明日の放課後──つまり今日の放課後には、俺は告白される。

 正直、自分にこんなイベントがあるとは驚きだが、それ以上に灰冠さんが同じ学校にいたとは思いもしなかった。

 社会人と名乗っていたが、それは身バレ防止の嘘だろう。


 にしても、その正体は一体誰なんだ。

 同級生? 先輩? 後輩? はたまた先生という線もあるのか?

 ぐるぐるとこんなことばっかり考えてしまい、午前中の授業内容は一つも頭に入らなかった。


 昼休みにはいつも通り、本部で昼ご飯を食べるが……食べ物が喉を通らない。

 何かヒントはないのか。答えは数時間後には出るのだが、先に知っておいた方が心構えができるものだ。

 灰冠さんはかなりの腕前を持つプレイヤーだ。世界一を何度か取れるほどの実力者のため、金銭面、時間面にも余裕がある人でないといけない。

 つまり忙しくて金もかかる運動部や吹奏楽部などには所属していないだろう。

 そういえば、謎のこだわりがあるのか、装備や武器などは全て猫装備で統一するなどの縛りプレイをしている。


 ん……? 


 一番……? 暇……? 猫……?


 そういえば、火炎寺は一番にこだわる性格だったよな。それに氷水の声真似で寄ってくるほどに、猫も大好きだ。


 ……え、灰冠さんの正体は火炎寺か⁉︎

 懐事情は知らないが、部活もほぼ暇な失恋更生委員会しか入っていないし、友好関係もここ以外ない(失礼だが事実だ)。

 それに天才肌の火炎寺ならゲームだってこなせるだろう。

 ま、まさか俺のことが好きだったなんて……!


 ──いや、ないな。

 火炎寺には雪浦という好きな人がいる。

 それは今も変わらずだ。

 雪浦にのみ乙女な反応をしている彼女が、いまさら俺のことを好きになる理由が分からない。


決闘ッデュエル‼︎」


 あと、なんか初月と遊○王してるし。小学生男児かよ。

 告白前の人間が、告白相手の前でこんな悠長にカードゲームするわけないだろ。

 火炎寺が失恋更生委員会に馴染むにつれて、かなり少年らしさを持っていることが分かった。

 負けず嫌いで、最初は恋を認めない意地っ張りさといい、その要素は十分に持っていた。あと多分、ジャ○プ好き。

 てか、よく初月は毎回付き合ってられるな。めっちゃボロ負けしてるけど。


 とりあえず、火炎寺。ないしはゲームが弱い初月の線はなさそうだ。



   ◇ ◇ ◇



「うぅ、緊張するな……」


 日向は本部の扉を開けられずに尻込みしていた。

 昨日のユニバでのキス──寝て覚めても忘れることはなく、いまだにあの時の感触を覚えていた。

 こんなことは初めてだ。


(絶対、七海くんも気にしてるよね……。よぉーし! こんな時こそワタシがお姉さんらしく気丈に振る舞ってあげよう! ふぅぅぅ、平常心平常心……!)


「やっほー! みんな元気ー!」

「あ、ひなたちゃん。おはようございます」

「おーす、委員長」


 覚悟を決めた日向は勢いよく扉を開けると、決闘デュエル中の二人はプレイを止めて挨拶した。

 しかし、七海は軽く手を挙げる程度であった。


(むむ……! やっぱり七海くん気にしてる! なんだかすっごく真剣な表情だ……! きっと照れて目も合わせられないようだね!)


 日向は、ムシャムシャと生ハムを噛んでいる七海の真向かいに座った。

 その時に初月たちから「来るの遅かったですね」と聞かれるが、「先生からの頼まれ事を済ませていたんだよ~」と適当に嘘ついた。


「七海くーん? 生ハムをいつまでむしゃぶり付いてるの?」

「あぁ」


 日向に指摘されて、七海は生ハムを吸い込んだ。


(心ここにあらずといった感じだね……。……はっ! も、もしかして生ハムであの時の感触を味わってたんじゃ! うん、ありえる! 七海くんムッツリスケベだろうからありえるぞ! ……って、ワタシの唇って生ハムだったのかぁ……)


 ただ七海は別案件の推理に没頭していたため、昨日のことについて、日向は聞くことも聞かれることもなかった。

 それに、初月と火炎寺がいる手前切り出しにくい。


(なんか思ったより無表情だなぁ……。もしかして、七海くん気にしてない……? なんか、それはそれでムカつくなー!)



   ◇ ◇ ◇



 放課後、今週割り当てられた掃除場所は自分の教室だ。

 俺は速攻終わらせて席に座って待っていた。

 しばらくは何人かが駄弁っていたり、階の端っこであるため七組の教室前で待ち合わせをしていたりと人が多かったが、次第に減っていく。


 金管楽器の調律音、すぐそこの第二グラウンドからはソフトボール部の掛け声が。

 すっかり放課後の学校となったわけだが、一体誰がやって来るのか。

 俺の知っている人か? それとも認識のない人か?

 しかし、中々教室の敷居を跨ぎ入ってくるものはいなかった。

 もしかして、まだ教室に他の人がいるから照れているのかもしれない。


 ──そう、隣の席には心木が座っていた。

 掃除が終わってから、ずっと自席で本を読んでいて動く気配を全く見せない。

 このままでは、灰冠さんが二人きりになれないと尻込みして、教室に入って来ないかもしれない。適当に理由付けてどこかに行ってもらわないとな。

 昨日まで彼女はPUREとして、俺たち失恋更生委員会と対決していた。

 知り合いまでには昇格したとは思っていたが、今日は挨拶すらしていない。


「あの、心木さん? えっと、すまないが──」

「好きです」

「ん?」

「自分は……七海くんのことが好きです」


 ……んん⁉︎


「自分が、その、灰冠です」

「え、灰冠さん⁉︎」


 頬を赤く染めた心木はコクリと頷いた。

 席を隣同士で座ったまま、俺は告白された。


 彼女は教室からみんながいなくなるまで、ずっと隣で待っていたのだ。

 そういえば、ページは一度も捲っていなかったような気がする。その本は今、心木の表情を隠すのに使われている。


「まさか、心木さんが灰冠さんだなんて……。いつから俺がシュウイチだって気付いていたんだ?」

「失恋更生委員会に所属してると聞いた時から……。そんな珍しい名前、他にないし」

「あぁ、まぁ、だよな。じゃ、じゃあ何で俺のことを、その、好き、なんだ……?」

「……それは、恥ずかしい」


 顔全体が真っ赤になっていた。

 そして、彼女は勇気を振り絞り、言葉を続ける。


「七海くん、もし自分でよければ、恋人になって……くれますか……?」


 これは、間違いなく愛の告白だ。

 は、初めての告白で俺はどどどっどど動揺している。こ、こういう時って、どど、どう返事したらいいんだ⁉︎

 別に断る理由はない。けれど、付き合う理由もない。

 よく好きじゃなかったとしても、とりあえず付き合ってみるとはよく聞くが、恋人になったところで変に気を遣わせて、相手に失礼を働いてしまうかもしれない。

 これはドッキリであって欲しいと思うくらいには、何て返事をしたらいいのか分からなかった。


 ……いや、待てよ。そうか。心木はPUREの人間だ。

 もしかして、これは罠なのか? 昨日負けたことへの腹いせで、俺へハニートラップを仕掛けようとしてるのか?

 その可能性はある。もしかしてどこかから他二人が見ているのかもしれない。

 俺は動揺してたことを必死に隠し、毅然とした態度で心木と向き合う。


「もしかしてだけどさ、土神からそうやって命令された……?」

「ち、違う! PUREは関係ない……! 本当に七海くんのことが好き! ……け、けど疑うのもしょうがないよね……」


 心木は肩を落とした。それがどうも演技しているようには見えなかった。

 相手の気持ちを蔑ろにするようなことを言ってしまった。失礼を働く前に、失言をしたかもしれない。

 けれども、心木はすぐに目線を上げる。


「じゃ、じゃあ一週間チャンスをください。自分が本気なこと。七海くんのことが本気で好きなこと。それを証明します」

「お、おう……」

「必ず、七海くんには自分のことを好きになって、欲しいから……! じゃ、じゃあ……!」


 心木は鞄を持って、逃げ帰るようにして教室を出て行った。

 机の上に忘れ去られた本。俺はそれを手に取って中身を見ると、女性向けの恋愛教組本であった。


「マ、マジか……」


 何をきっかけに好いてくれるようになったか分からない。

 最初は驚きはあったものの、段々と嬉しさの方が追い越していた。

 俺は心木が忘れた本を彼女の机の中に入れ、ほぼスキップで本部へと向かった。




   ◇ ◇ ◇




「………………聞いちゃった」


 隣の教室で、一人隠れるように──は声を潜めていた。

 放課後になっても、七海が来ないことを気にしている日向を見て、代わりに呼びに来た。

 七組にいた七海を教室後方の廊下から声を掛けようとした時に、告白現場に遭遇してしまった。


「あの人はPUREの心木さんだよね……」


 自分は関係ない。

 それなのに、何故か隣の教室に隠れている。

 心臓が早鐘を打ち、息も浅くなっている。


「ど、どうしよう……」

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