Case.44 自分だけ気にしている場合


「うぉー! めっちゃキレイだねー!」


 日向が、毎夜行われるエレクトリカルパレードが観たい! と懇願するので、予定時間より早めに場所を確保して座っていた。

 コスパのことを考えれば、後一つか二つくらいはアトラクションに乗れたのだろうが、立ちっぱなし歩きっぱなしだった俺の脚は疲労しきっていた。

 無事に座れたことだし、まぁいっか。もちろんだが、日向はまだフルマラソンが走れるくらいには元気が有り余っていた。


 そして、エレクトリカルパレードの始まりの合図に、大音量の音楽と場を盛り上げるナレーションが流れ始め、しばらくすると煌びやかな山車が次々と目の前を通って行った。

 その度に日向は子供のように騒ぐ。


「こういうの好きなんだな」

「うん! 大好き! キラキラ〜ってしてて、楽しそうだから!」


 理由まで本当に子供みたいだ。

 今日一日、日向とデートはしてみたが、特にいつもと変わりはしなかった。いや、手は繋いだか。けど、そんなもんだ。


「今日は楽しかったねー」

「まぁ、疲れたけど、そうだな」

「また明日からもいっぱい失恋更生しないとだね!」

「もうすぐ期末だろ。勉強をしろ勉強を。また補習になるぞ」

「うげっ、それはやだなー。あゆゆに勉強教えてもらおっかな」

「それがいいと思うぞ」

「七海くんも一緒に勉強だよ。成績いいわけじゃないんだからさ〜」

「うっ……まぁ、そうだな」

「明日からいつも通りの学校かぁ……今日、終わって欲しくないなぁ」

「ま、そうだな」


「……ねぇ、七海くん」

「ん?」


 不意に、目をつぶった彼女から近付いてきた。

 気付いた時には、彼女の唇を自分の唇で受け止めていた。

 何が起こったのか分からない。音は消え、時が止まったように感じた。

 ただ、実際にはそんなに長い間ではなかったのだろう。周りの誰にも気付かれることもなく、パレードは一層盛り上がりを見せる。

 ふと、我に返った時、日向は目の前で頰を赤く染めていた。


「これでワタシたちの勝ち……にしてよね。約束だから!」


 最後の言葉は大声に、ふんっと日向はパレードに向き直った。

 体育座りで眺める彼女の横顔を見て、時間差で俺は全身火だるまになるくらい体温が上がっていた。

 夏の夜には、汗が滲み出て暑苦しいほどだ。


   **


「勝者は日向で」


 ユニバのシンボルでもある巨大な地球儀の横で俺は結果発表をした。

 あんだけもつれ込んだ戦いだったが、最後は呆気なく終わってしまった。


「なるほど、まぁ結果には甘んじて受け入れよう。では、勝敗を決した理由を聞こうじゃないか」

「えっ」


 キスしたから……なんて口が裂けても言えるわけないだろ……!

 俺と八百長の口付けをした日向は何事もなかったかのように表情を取り繕い、むしろ勝利したことを鼻高々としていた。


「や、やっぱ密着度かなぁ! 日向の方は手を繋いでたわけだし、それに会話も途切れることない上に、吊り橋効果っていうやつ⁉︎ アトラクションのドキドキも相まって俺の心もドキドキしたからなー! はっはっはっー……」


 やたら早口になってしまったが、PUREの奴らも審判である氷水もそれで納得した。


「て、てかお前らは最後どこにいたんだよ」

「私と初月さんはみんなを回収してたのよ。人が多くて、見つけるの大変だったわ」

「ったく、ほんとだよ。気付いたら誰もいないから驚いたぞ。探す身にもなってくれ」

「あなたが逸れてたのよ、火炎寺さん」


 火炎寺はハローキテェのカチューシャを付け、ポップコーンケースを首からぶら下げ、両手には大量購入したグッズを持っていた。

 一番満喫してたのはこいつかもしれない。


「今回は勝ちを譲ってやろう。失恋更生委員会。だが、真に恋心を理解しているのはボク達だ。これで諦めてなるものか!」

「なんか負けゼリフ吐いてるな」

「くっ……特に七海周一。貴様だけは絶対に許さないぞ!」

「え、なんで⁉︎」


 あれから俺、なんかしたか⁉


「では、さらばだ‼︎」


 PURE三人組はその場を去って行った。あの後ろ姿は何回見たんだろ。



 そして残された俺たちは──


「んー! やっぱりユニバの後はオムライスだね!」


 日向のよく分からんルーティンに付き合わされ、近くのオムライス屋でちょっと遅めの晩御飯を食べていた。

 失恋更生委員会(氷水込み)でどこかに食事行くのは初めてだ。


「つーか、結構お前食うんだな」


 日向はLサイズという中々デカいサイズをペロリともう完食していた。


「まぁ、オムライスは大好物だからね。デザートみたいなもんだよ〜」

「以前みんなで行ったスイパラでもひなたちゃんが一番食べてましたもんね」

「あの勝負には負けて悔しかったなー」


 おっと……どうやら俺以外はみんなで食事に行ったことあるようだ。スイパラは女子限定らしいが、なんか辛い。

 それにしても日向はもう過去のことは気にしないのか、普段通りに俺と話していた。

 つい先程、そのおしゃべりで、大きく開けて食べる口に俺は……。


 くぅ! 悔しい‼︎ 俺だけ気にしているのが‼︎



「──なに悶えてんの? 気持ち悪い」


 各自、最寄り駅で別れても、家が近い俺と氷水は駅から並んで歩いて帰っていた。いつも氷水は自宅と駅間はバスだが、もう終バスがないので仕方なく徒歩である。


「いや、なんでもねぇよ。って気持ち悪いってなんだよ!」

「そのままの意味よ。何? なんかあったの? 日向さんと」

「い、いやぁ……なんのことやら?」

「嘘が下手ね。まぁ、言いたくないならそれでいいけど」


 こいつは鋭いから、事実が予想の中には含まれているんだろう。ただ分かっていても俺の口からは言えはしない。

 氷水を簡素な挨拶で家に送り届け、俺もすぐに帰宅した。

 その際、両親に日向とどうだったか聞かれるが、何もなかったと嘘をつく。


「ふむふむ、そうかそうか……!」


 すっげぇ、ニヤニヤしてこっち見てる……。俺の嘘ってそんな見分けやすいのか? とりあえず意地でも親には話さなかった。

 はぁ……くそ、まだ頭から離れねぇ。気分転換にシャワーでも浴びるか。



   ◇ ◇ ◇



(……ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉ キキキキ、キ、キスしちゃったなぁ……‼ うぅ、なんであの時したんだろう……つ、つい舞い上がっちゃてうぉぉぉぉ⁉)


 風呂椅子に座り、頭からシャワーを浴びながら、あの時の行動について振り返っていた。

 気分転換になると思ったのに、今目の前の鏡に映る自分の顔は赤く燃え上がっていた。


「シャ、シャワーでものぼせるのかな……! あはは……! ってうわぁぁぁぁどうしよう‼ 明日普通でいられるかなぁ⁉」

「お姉ちゃんうるさい!」


 脱衣所から怒られて、日向は一旦冷静になった。

 けれど、必死で感情を抑えこんでいたこの気持ち。今でも、鼓動が速くなっていることが胸に手を当てて感じられる。


「……七海くんも、ドキドキしてくれたよね……」



   ◇ ◇ ◇



 全然、気分転換にならなかった。

 寝巻きに着替えてベッドにすぐに入ってみるが、悶々として眠れなかった。


「くそ……日向の奴め……! あいつだけ気にもしてない感じで……‼︎」


 目を瞑ればあの時の情景が瞼の裏に浮かんでくる。

 明日は学校だけど、仕方ない。もう今日はゲーム三昧してやれ。寝落ちしたら忘れて自然に寝れるはずだ。

 一番忘れてやり込めそうなのはSMFだ。PCの電源を付けてログインをすると、何件かメッセージが来ていた。


「お、灰冠さんからだ。どれどれ…………はっ?」


『こんばんは。シュウイチ……いや、失恋更生委員会の七海くん』


「なんで……俺の本名を……」


『きっと、なんで? って思ってるんだろうにゃ〜笑 ──知ったのは最近だよ。以前、失恋更生委員会って聞いてすぐに分かったんだ。その時に伝えればよかったけど、身バレするのが怖いはずだからね、お互いに笑』


 灰冠さんには考えていることが手に取るように把握されているようだ。既に送られているメッセージに、自分の思考回路が誘導されているように話が進んでいる。

 そして、最後の一文。ここまでの展開で灰冠さんが本当は社会人ではないことは分かっていた。

 けれど、それでも結局何も分からず、ただただ文面を読んだ衝撃で、この夜はもうこれ以上何も考えられなくなってしまった。


『七海くん。明日の放課後、教室で待っていてください。あなたに会って、直接、告白したいです』


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