Case.43 お似合いな場合


「わーい‼︎」

「ギャァァア‼︎」


 重力に引っ張られて、乗っている船は暗闇の中をほぼ直角に落ちていく。

 眩しい外の光に目が慣れた時には、高く上がる水飛沫によって全身濡れていた。

 二日連続濡れるとは……だが、今回はしっかりタオルは持ってきていた。

 ジュラシックランドザライドに数年ぶりに乗ったが、こんなにも怖かったとは。まぁ、久々に再会したティラノサウルスはご健在のようでよかったが。


「七海くん! 次あれ乗ろ!」


 日向が頭上を指差すと、今まさにプテラノドンに掴まれている人たちが断末魔をあげながら通って行った。


「いや、あれは無理だろ。待ち時間二時間超えだぞ」


 俺はその理由を使って断る。決して怖いからではないぞ。


「うぇ〜、そっかー。あ、じゃあハニポタ行こっ! ハニーポッター!」


 あぁ、あの蜂蜜まみれの魔法使いが活躍する世界をモチーフとしたエリアか。

 こっちは今、新エリアに人を取られているせいで入場はできるが、それでも人は多い。

 日向と逸れないように手を繋ぎながら、そのエリアへと向かった。


 そう、俺たちは既に慣れた。

 手錠でも付けられてんのかと言いたくなるほど、何があっても離さないように(トイレは別)していたから、もう一心同体だ。

 けれど、ユニバに古くからいるゴマゴマストリートの赤色のエモモと青色のクッキースターのお揃いのカチューシャを入園最初に買った時、店員──いや、ここではクルーに「お二人お揃いで、お似合いですね〜」と言われた時は、顔の色までお揃いで恥ずかしかった。

 別にお似合いのカップルだとかは言われていないけど、なんだかむず痒い。


「七海くん、もっと早く歩いてよー」

「あぁ、悪い」


 さっきのことを考えていると、早歩きの日向に𠮟られてしまった。

 人が多く行き交うにも関わらず、その間をすいすいと通り抜けて行く。


「マップ見なくても迷わないんだな」

「まぁ、昔はよく連れてきてもらってたからね。新しいとこは分からないけど!」


 関西に住んでいるならば、誰もが一回は来たことはあるだろう。けれど、一度で周りきれないほど広いので、ここまで迷わず進めるのは相当な数来ていたんだろうな。


「はっ‼︎」


 急に日向が立ち止まったため、思わず躓きそうになった。


「どうした急に止まって」

「どこかで失恋の匂いがした……! てか、よくよく匂えばめちゃくちゃあるじゃん! ユニバは失恋のバイキングだー!」


 まぁ、先述したように遊園地というのは下手すればカップル仲が悪くなる。特に今日のような人が多い時というのに比例して。


「さすがにここで騒ぎを起こすのは止めとけよ。最悪出禁だぞ」

「むむむ……! 失恋、更生……したいのに……‼︎」


 苦悶の表情を浮かべる日向。

 せっかく学校公認として認められたのに、PUREの邪魔が入ったことで思うように活動できていないから、フラストレーションが溜まっているんだろう。


「まぁ、ここは勝負に勝って、後で堂々と失恋更生したらいいだろ」

「うぅ、そうだね……。てか、七海くんがさっさとこっちを選べばいいのに」

「それもそうだったんだが……。ま、さすがに今日で終わるだろ」


 俺は溜息をついた。

 計四日間はこの勝負に付き合ったのだ。さすがに疲れる。


「七海くんは昨日楽しかったんだよね?」

「え? あぁ、まぁ、楽しかったは楽しかったな」

「そっかぁ…………じゃあ早く七海くんを楽しませて、落としてあげないとなー」

「そうだな」


 今は手繋ぎデートをしているとはいえ、それ以外は特にいつもと変わらない日常だ。

 せっかく非日常の空間に来たんだ。日向はどう俺を落としに来るのか。こいつもまぁ、なかなか可愛いから下手すれば本当にやられるかもしれない……。

 けど、日向だからな……物理的に池とかに落とされるのでは。それこそ出禁になるけど。



   ◇ ◇ ◇


「まぁ、普通に手繋ぎデートね。土神さんと比べれば密着度はあるけど、それ以外は特に映えはしないわね」


 七海たちを追いかける影が二つ。氷水沙希と初月ユウキである。

 氷水はただただ自分に任された仕事を忠実にこなす。七海と日向のデートを分析し、点数化。昨日の土神のと比較し勝敗を決める。もちろん七海の感想を入れた総合評価でだ。

 いくつものアニメを観て、数々の乙女ゲームをこなしてきた(全て柴田政宗が出演していた作品)。

 恋愛評価には幾分か自信があった。


「って他の人たちは⁉︎」

「…………! …………!」

「えっと……なんて?」


 初月は何かを伝えようとするが、普段の初月の声に慣れていない氷水の聴力と、周りの騒がしさによって、サイレントコントにしかならなかった。


「──えっと、つまり土神さんはさっきのアトラクションでダウンして、金城さんがその介抱。火炎寺さんはハローキテェの所に行って、心木さんは落とし物センターにいるのね」


 情報を伝えるためにスマホで書いた初月。本当は逸れた時点で伝えたかったが、声が届いていなかったらしい。

 そもそも心木に至っては、バグチャー三号機を導入しようと持ってきたが、入場ゲートで止められていた。没収されてようやく入るも、速攻財布を落としてしまったと初月に連絡。スマホを落としていなかったのが不幸中の幸いだ。


 ちなみに心木と初月は一年次にクラスが同じだっため、お互い連絡先を知っていた。

 新しい学校、新しいクラスではよくある、初日にとりあえず全員分の連絡先を交換して、クラスグループを作ってそこに入る。二人はその過程で交換した。

 まぁ大体は交換してもほとんどが疎遠になるし、クラスグループも動くことはないのだが、初月と心木は自分から連絡先を消せるような性格ではないため、残っていたというわけだ。


「初月さんは意外と絶叫アトラクション平気なのね」

『いえ、高いところは苦手ですけど、しっかりと体が固定されてたらまだ大丈夫です。もちろん怖いですけど』

「ああ、なるほど」


 命綱やシートベルトがあれば大丈夫らしく、乗り物系は平気らしい。

 崖の上やビルの屋上、あの日のように二階の窓から飛び降りるなど、命の危険に晒される場合のみ高所恐怖症が発動するらしい。

 初月はビックリ系にはビビりはしたものの、火炎寺のようにお化けが怖くて動けなくなることははないことが、文化祭のお化け屋敷で証明されていた。

 案外、精神的強さは持ち合わせているのかもしれない。


「仕方ない。私達だけでも続けますか……あれ、今思えばどうしてここまで肩入れする必要が……?」


 ようやく氷水は気付いてしまったが、任されたことは最後まで成し遂げたい。その生真面目な性格のために後をつけることを止めなかった。


   **


 ハニーポッターエリア、次にワンダーランドエリアと満喫し、今現在はチビオンズのアトラクションに並んでいた。

 六月という特に目ぼしいイベントがあるわけでもないが、日曜日はやっぱり人が多い。

 それに伴い待ち時間も長くなっているが、七海と日向は仲睦まじそうに喋っていた。

 見る限りでは、主に日向が中心に話していてそれを七海がツッコむといういつものスタイルが確立されている。日向の話のネタは無尽蔵にあるようだ。


「あの二人、お似合いですよね……」


 思わず初月はふと呟いてしまうが、その声に氷水は反応していない。

 良かったと安堵しつつも聞きたいことがあったので、氷水の肩を叩きスマホに書いた質問内容を見せる。


『七海くんって小さい頃から面倒見が良かったんですか?』

「七海が? いいえ特には。というより今も面倒見が良いとは思ったことない。よく周りが見えなくなってるし、面倒見どころか何も見えてないんじゃない?」


 厳しい評価をする氷水。

 初月は反応に困ってしまうが、それに気付いた氷水は少しだけフォローを入れようとする。


「ま、まぁ、日向さんみたいに目の前にどんどん問題を持ってくるような子が相手じゃうまく立ち回れるでしょうね。考えは浅いけどその場凌ぎは上手かったから」


 日向のボケに対応できるのは、学校ではもしかしたら七海だけかもしれない。


「そういった意味では、あの二人はお似合いだとは思うけど」


 と、初月の言葉を引用しそう答えた。どうやら氷水に聞かれていたらしく、初月の顔は羞恥で熱くなる。


 その後、列は進んで行くが、上中下の三通りのルートで二組は違えてしまい、そのまま七海たちを見失うこととなってしまった。


「──ダメね……。既読は付かない。電話するのはさすがに無粋だし、後は七海の判断に任せるか。それよりもそろそろ他の人たちとも合流しないと」


 日は沈み出し、もうすぐ恒例のエレクトリカルパレードが行われる。

 パレードを観ようと多くの人が入り口付近に集まってしまう。そうなると、連絡は取れようとも合流するのには時間がかかる。

 初月は七海たちのことが気になるが、諦めて四人の回収に向かった。




   ◇ ◇ ◇





 ──大勢の黒い群衆に囲まれて、煌びやかな灯りに照らされて、まるで世界でここだけが隔絶されたような空間。

 彼女はふとした瞬間に近付いていた。

 どうして、彼女がこの行動に及んだのかは分からない。

 けれど、きっと誰も見ていないから。誰も気付きやしないから。

 別に嫌じゃないから。

 そう思うと、今から起こることには受け入れてもよかったと思えた。


 俺は彼女と……唇を重ねていた。

 ポップコーンが弾けるような、少しだけ甘い味がした。

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