Case.41 後ろから付いて行く場合


 時は少し遡り、水族館入口──


 バーン!

 ひょこっ

 ヌン

 ササッ

 ニョキッ

 ピョン


 と、失恋更生委員会とPURE、そこに氷水を加えた六人が物陰から七海たちの様子を伺っていた。誰がどの効果音なのかは想像にお任せする。


「あいつ早速投げ飛ばされているけど、何したのよ……」


 氷水が呆れたように言う。


「あー、多分ゆとり──じゃなくて士導様に触れたんだよ。ゆと──士導様は大の男嫌いだからね~」

「もう本名で大丈夫よ」


 土神と一番仲の良い金城が答える。

 今回の白ワンピースコーデも金城によるものだ。メイクもバッチリしてあげたが、あまり気乗りはしなかったので少し手を抜いた。

 それでも七海をドキッとさせるほどに可愛いは可愛いのだが。


「さて、七海たちは入っていったわね。私たちも追いかけましょうか」

「けど、こんな大所帯で行ったらさすがに気が散るんじゃねーの? アタシたちがいるのは分かっててもさ」


 火炎寺の意見に氷水が同意していると、心木がリュックサックから何かを取り出す。


「心木さん、それは?」

「これは自動追跡型ミニドローン〝バグチャー〟。虫くらい小さなドローンが士導様たちを自動で追いかける。スマホから映像と音声が流れるよ」

「なんてハイテクな!」

「仄果はすんごい発明品とかたっくさん作れるからねー。天才なんだから♪」


 金城が褒めちぎると、心木は照れた様子を見せる。


「じゃあ、これがあればわざわざ水族館の中に入らなくても大丈夫なのね」

「あ、いえ。あまりに遠いと通信が悪くなって動画見れなくなるので。適度な距離を保ちつつ動かないとダメです」


 七美たちが見ている展示物一つ前なら問題なく見られるというので、六人も時間差で水族館に入ることとする。


「……ひなたちゃん? もう行きますよ」

「へっ⁉︎ あ、うん⁉︎」

「大丈夫ですか……? ドローンの反応もなかったですし、もしかして体調すぐれないですか?」

「や、やだな〜ういちゃんったらー。ワタシはそんな子供みたいな反応しないよ〜」


 日向はそう否定するが、結構子供っぽいところをたくさん見てはいる。


「けど、なんかね。こう、胸がチクチク~ってするの。蚊にでも咬まれたのかな~?」

「……そうですね。もう、そういう時期ですし」

「ほい、ユウキたちの分」


 火炎寺が二人にチケットを手渡す。


「ありがとあゆゆ~」

「そういや、さっきから何を話してるんだ?」

「い、いえ……! 何でもないですよ! ささ、ひなたちゃんもあゆみちゃんも行きましょう……!」


   **


「おぉ! イルカすげぇ!」


 様々な展示物を抜けていく中で、途中から普通に水族館を楽しむようになっていた。

 目玉でもあるイルカショーでは、火炎寺は今日の目的をすっかり忘れ、上手最後方の席で立ち上がって見ている。


「仄果〜。二人はどんな感じ?」

「今は普通に楽しんでいるかな。あっ⁉︎」

「どうしたの⁉︎」

「……イルカが起こした水飛沫で、ドローンが壊れた……」

「おぉふ……」


 心木は心底落ち込む。


「こうなるかと思って、バグチャー予備を用意していてよかった」

「さすが仄果♪ けど、それはイルカショー終わってからだね」

「では、ここでは直接二人の様子を眺めるということで。どう? 日向さん。七海は落ちていると思う?」

「落ちてるかは分かんないけど、楽しそうなんじゃない? むぅー、なんかムカつくー」


 日向は唇を尖らせた。



   **



 そして、垂水にあるアウトレットモールへと場所を移した。

 予備のバグチャーが送る動画にて二人がショッピングをしているのを眺める。主に七海の服を見回っているらしい。

 七海と土神は打ち解けたみたいだった。

 お互い少し言葉に棘があるものの、どっからどう見ても仲の良いカップルにしか見えなかった。


「あのゆとりが、男子と普通に話すなんてねー……」


 金城はクレープを食べながらそう呟いた。

 みんなただ動画を観ているだけでは、なんだか口が寂しいので六人それぞれ好みの味のクレープを買った。

 PUREと氷水はスマホに映る映像を見ていたが、失恋更生委員会のメンバーは真剣には見ていない。


「ひなたちゃん、見なくていいんですか……?」

「別に〜、審判の生徒カイチョーだけ見てたらいいんじゃないのー」


 日向は時が進むにつれて、不機嫌になっていた。

 自分でもよく分からないが、なんか苛立つ。なぜか七海が楽しそうにしているのが気に食わないのだ。


 映像の中では七海がその場を離れた。トイレみたいだ。

 バグチャーの自動追尾は土神に合わせているので、彼女を映し続ける。


『あれ、お姉さん。すごく可愛いね。今一人なの?』


「なにこいつ?」


 壁にもたれかかって待っていた土神に話しかけるのは、いかにもチャラそうな男三人組。

 ナンパだ。

 しかも、土神が待っている場所が人目に付きにくい上に、男たちが壁になっていて周りからは気にもされていないみたいだ。


『なんだ君たちは』


 ただ土神は臆することなく答えている。

 PUREの面々は土神が柔道の黒帯保持者という武に心得があるのを知っているからそこまで心配していなかったが、様子が違った。

 少しの言い合いをした後に、チャラ男が土神に触れて投げ飛ばされる。

 それにキレた男たちの内、大柄な一人が彼女の左腕を掴む。

 同じく投げ飛ばそうとするも、体格差が大きすぎて技を決めることはできなかった。


「あ、あぁ……! なんとかしないとぉ……」


 心木がバグチャーを操作し、男たちを追い払おうとするも、


『なんだこの虫。鬱陶しいな』


 男に叩かれ墜落し、壊れた。


「あ……」

「ちょ、ヤバいよ……⁉︎ 助けに行かないと‼︎」


 金城が食べかけのクレープを心木にほぼ投げるようにして渡し、慌てて向かう。


「ちょっと! 私達が行ってもどうにもできないわ! まず警備員を呼ばないと!」

「大丈夫だ。アタシも行く」


 氷水が金城を呼び止めようとしたが、火炎寺が後を追いかけて行ったのでどうにかはなりそうだ。

 だが、暴力沙汰はやはりダメだとして氷水たちも追いかける。



   ◇ ◇ ◇



「痛い……! 離せっムグッ‼︎」


 大柄な男に片腕と口元を塞がれてしまう。男は190㎝もあるような巨体で肩幅が異常に広く、腕は大木のように太かった。

 どんなに柔術に自信のある土神でも勝てない相手であった。


「んんん‼︎」

「ったく、手こずらせやがって。変に騒がられたら他に気付かれちゃうだろ。いてて、頭が本気でいてぇ……。いやほんと慰謝料もらわないとさ〜身体とかでならお釣りが出るよ〜」

「んんんんっ‼︎」


(──怖い……! ボクは、じゃないか……! ボクの力なんてこんな……誰か……たすけて……!)


「やめろ!」


 言葉と同時に、持っていた荷物を大男の後頭部に打ち付ける。

 現れたのは、七海だ。

 ただ大男は無傷。


「え……つよっ……」


 けれども、土神を解放することには成功した。


「なんだお前。もしかして彼氏さん? ちょっとそこの彼女とトラブルがあってさー、彼氏さんでもよければ慰謝料。請求してもいいかなぁ?」


 七海が相手したこともないような人たち。当然、勝てるはずはない。

 逃げようとするものの、男達は七海も逃がさない気だ。大声で助けを呼ぶべきか、だがそんなことしてるうちに殴られてしまうかもしれない。

 そこで七海が取った決断は──


「土神、俺を投げ飛ばせ」

「は?」

「いいから頼んだぞ!」


 七海が土神の手を握る。


「ぐっ……! んがぁぁぁぁ‼︎」


 と、七海を鈍器のようにして男たちに向かってオーバースロー。横向きに飛んだ七海は男三人も巻き添えにして倒れ込んだ。


「おげっ……いたた、よし逃げるぞ!」


 七海は土神の腕を握って、人がいる方へ逃げる。

 この時は七海も成功すると思ってなかったことが成功して、舞い上がっていたから思わず土神に触れてしまったことに気付いていない。


 ──だが、土神は思わず握られた手を振り解くことなく、一緒に走った。

 彼の必死な逃げ顔に不意に見惚れてしまっていた。


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