Case.40 本当は女の子だった場合


 単刀直入に言おう。デカイ……何がデカイとは言うまでもないが、あの氷水や火炎寺よりも大きい。

 制服姿の時はそう思えなかったが、一体どこにそんな爆弾を隠し持っていたのだろう。

 もう季節は夏。白いワンピースを着た彼女が歩いてくる姿に周りの男は誰しもが振り返っていた。

 あ、もちろんだが俺が土神のことを女だと気付いていなかったことについては黙っておく。


「今日一日を使って、ボクはお前とデートをするわけだ。ふん、男と歩くのは気が進まないが、これも勝利のためだ。貴様くらいすぐに落としてみせよう」

「はいはい。じゃあ早速行くぞ」


 俺は土神の手を握り──


「あああああああああああああああああ‼︎‼︎」

「んがっ‼︎」


 ──投げ飛ばされた。

 綺麗な弧を描き、目の前の天地がひっくり返り、頭から地面に刺さった。


「き、貴様ぁ! 何をする‼︎」

「こっちのセリフだよ! なんでいきなり投げ飛ばした⁉︎」


 土神はなぜか戦闘態勢を取っていて、敵意剥き出しでいた。

 もはや白目まで剥いてんだけど⁉


「そんなものいきなり手を握るからだろ! 何を考えているんだ愚か者‼︎」

「デートじゃねぇの⁉︎ てっきり手を繋ぐのかと……」

「手を繋ぐ⁉︎ そ、そんなことするわけないだろっ! あ、赤ちゃんができたらどうするんだ!」

「できるわけねぇだろ‼」


 こいつに最低限の性知識仕込んでおけよ!

 俺はきっとどこかにいる金城に対してそう思った。


 とにかく俺たちはソーシャルディスタンスを保ちながら、水族館へと入っていった。

 水族館デート。

 初めてのデートと言えば、ここか映画館と答える人が多いだろう。

 さすがにどんな施設かまでは説明する必要はないだろうが、多種多様な魚や可愛いペンギンを拝めたり、イルカショーを観て楽しむことができる。ここでずぶ濡れになったりして──みたいなお約束のデートスポット。

 俺も、いつか彼女ができたら初デートはここにしようと思っていたが……まさかこんなことで来るとは。


「高校生二人でお願いします」


 俺は800円を支払い、土神にチケットを渡す。


「ほら」

「うむ、すまない──」


 ピタッ


「うがぁぁあ‼︎」

「うべっ!」

「お、お客様ぁぁ⁉︎」


 チケットを受け取る際に、土神の手が俺の手に触れたことにより、ジャーマン・スープレックスが決まった。

 向こうから触れたというのに……てか、技をかけてる時の方が密着してんだろ!


 スタッフの人に心配されても、せっかく来てきた一張羅の服が既に汚れていても、俺たちのデートは続く。


   **


「おぉ、でけぇ……」


 まず始めに、目の前に現れた展示は大水槽。

 サメやエイ、群れで泳ぐアジなどなど──様々な魚が大きな水槽の中を優雅に泳いでいる。

 視界の端から端まであるから、まるで海を切り取った世界が眼前に広がっているようだ。

 水族館に来たのは小学生ぶりだ。その時も同じここの水族館に来たけども、当時の俺はとにかく早く進みたかったから、こうやってじっくり見たのは初めてかもしれない。


 ……って、俺は別に一人で来たんじゃない。土神を待たせてしまってると思い、隣を見るがいない。

 辺りを見回すと、子供のようにベタっとガラス窓に付いている彼女を見つけた。

 目をキラキラと輝かせ、デートのことも俺の存在もすっかり忘れたように彼女は自分の世界に入り込んでいた。

 しばらくその横顔を見ていたが、気付きそうにもない。


「……魚、好きなのか?」

「あぁ。物心がついた頃からずっと海の生物が大好きだった。本当は海の中で直接見てみたいが、ボクは泳げないから。だから海に一番近い世界のここに、母と土日はよく遊びに来ていた」

「へぇ、そうなんだ」


 彼女は水槽を見つめながらそう話した。

 落とす相手とはいえ、敵対しているはずの俺にそのような話をするほどに、彼女は今この水中の世界に夢中なのだろう。


「どうして、あの魚ってサメに喰われないんだろうな」

「それはだな!」


 と、不意にした質問に喰らいつき、いきなり土神はこちらを向いてキラキラした目で語りだす。


「サメがめんどくさがってるからだ! 基本、生物は空腹になったら生きるために獲物を狩る。ただもちろん獲物を追いかけるためにはエネルギーを使うわけだから、お腹を空かせてしまう。だが、サメに十分な餌を与えていれば、それが生きるために楽であるとサメが覚えて、小魚を食べることはしなくなるんだ!」

「へ、へー、そうなんだ」

「さらに間違って食べないように、与える餌は水槽内にいない魚を使うことが多い。また、サメが同じ水槽にいる緊迫感を引き起こすことで、小魚たちは群れるようになって、客に見た目の演出を施すわけだ」


 めちゃくちゃ早口で語る土神。一瞬、氷水の推し声優について語っていた時を思い出した。

 まぁ、それだけ好きなんだろうな。


「……はっ! ボ、ボクは今何を……」

「めちゃめちゃ語ってたぞ」

「なっ⁉︎ ……は、恥ずかしいところを見せてしまった。カッコいいと言われるボクがこんな姿を見せてしまうなんて……忘れろ!」

「なんでだよ。別にいいだろ。好きなものに正直になるくらい。お前らもそういう組織じゃねぇのか?」

「む……そうか。確かにそうだよな」

「それに、こっちは末期の人間を見ているんだよ。これくらい可愛いもんだ」

「……はぁ⁉」

「それよりさ、俺はあんまり魚とか詳しくないんだよ。この際色々と教えてくれよ。デートなんだろ」

「あ、あぁ…………ふっ、そうだな。では、教えてやろう。魚たちの生態に雑学、トリビア、豆知識までありとあらゆる知識を詰め込んでやろうではないか!」

「お、お手柔らかにな……」

「あ、だがボクには決して触れるなよ。投げ飛ばして水槽を割ってしまったら困る」

「そもそも投げるなよ!」


 打ち解けるように、この後たくさんの水中生物についての知識を披露してもらった。

 土神が喋るたびに嬉しそうになり、俺も思わずなるほどと頷いてしまうものもあり楽しかった。

 昼ご飯も途中に挟み、展示物は余す所なく全部を回った。

 ペンギンやラッコも可愛かったし、それを喜んで見ていた土神もかわい……って! 本当に落ちそうになってる‼︎ 危ねぇ! 

 いや、別にいいんだろうけど、決して落ちるわけにはいかない!

 なにせ、あいつらが見ているはずだからな……今んとこは全く姿は見えないが、きっとどこかにいる。


「おい七海! もうすぐイルカショーが始まるぞ!」


 当然、土神もそのことは分かっているはずだが、彼女は水族館を心の底から楽しんでいるから、全くもって気にしている様子はなかった。

 周りから見れば本当に俺たちはデートしているように見えるだろう。


 イルカショーでは一番最前列の下手側に座った。

 もうお分かりだろうが、イルカが目の前で飛び跳ねるたびに水が、ががる、うぶっ、ばっ……!


「溺れるわ‼︎」


 地上にいるのに、危うく溺死しかけたぞ!

 頭の天辺からつま先まで全身びしょびしょになってしまった俺たち。


「あっはっはっ! 気持ち良かったな!」


 土神は爽やかに笑い飛ばした。

 確かに今日は暑いし、きっとすぐに乾くだろう。

 けれど、気にするとこはそうじゃなくて土神の服は透け、彼女の下着の形が露わになっていた。

 透け防止のためにインナーを着ているお陰で思ったよりは被害は防げている気がする。こうなることは予測済みだったか。

 けれど、気になってしまう。


「ん」


 俺は途中で暑くて脱いだ薄手の上着を土神に貸した。カバンは濡れてしまったが、上着を入れていた中身は無事だ。もう、パッサパサである。


「……? なんだこれは」

「いや、一応な」


 そう言って、自分の濡れた姿を気にするようになった土神は腕で胸を隠すが、全然隠れきれていない。


「べ、別に大丈夫だ! タオルを持っているからある程度は拭くし、それに今日の暑さならすぐ乾へっくしゅん‼︎」

「いいから羽織っとけよ。濡れたままでいると風邪ひくぞ。俺は経験済みだからな」

「……すまない」


 土神は俺から上着を受け取ろうとして、


 ピタッ


「うがぁぁぁ‼︎」

「へぶしっ!」


 背負い投げされた。



   **



「さすがに謝罪する気持ちは持ち合わせている」

「謝罪しろよ」


 俺と土神は水族館から出て、駅を目指していた。

 まだ身体の節々が痛い。受け身を咄嗟にとっていたけど痛いぞ。


「んで、これでデートは終わりか?」

「いや、今日一日と言っていただろう。午後はアウトレットに行こうと考えていた。まぁ思ったより予定時間はオーバーしてしまったがな」


 その原因は主に土神の知識披露だろう。本当に全部に説明があった。


「別に貴様が嫌なら行かないでいいが」

「嫌とは言ってないだろ。まぁ、ここまで来たしいいんじゃないか? 俺も夏物を買いたかったら行こうと思ってたんだよ」


 本当はもう少し早く行きたかったが、まぁ文化祭やらあいつの世話やらで忙しかった。


「え……貴様、ファッションに興味あったのか……?」

「何でそんなに意外そうなんだよ。俺だって私服はちゃんとオシャレにするんだよ」


 今まで私服は見せたことなかったが、しっかりとファッション誌や著名人のインヌタを読み込み、今を抑えた無難なものを着ている。詳しくは言わないが。


「そうか。なら退屈ではないだろうな」


 俺が貸した上着すら着こなす土神は、ふんっと鼻を鳴らした。


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