Case.39 隣の席でアピールされた場合


 昨日の初月vs金城では勝負が付かなかったので、金曜日の今日に第二試合が行われることになった。

 代表者は火炎寺と心木らしい。

 昨夜、氷水から俺に電話でそう告げられた。なぜ電話でなのかは、敢えて言うまでもない。

 一年生の時に氷水と金城は同じクラスだったらしく、そこで連絡先を交換していたことから向こう側と連絡がついたらしい。

 当時のそのクラスに難関美女四天王が二人もいたなんて、男共は歓喜に満ち溢れていただろうな。てか、誰が選出してるんだよ。


 ちなみにだが、もう勝負は始まっている。


「……七海くん。その、自分、教科書忘れたから一緒に見てもいい……?」


 俺と心木は同じクラスで、先月席替えした今では隣同士の席だ。

 数学の授業中という緊張した状況で、席をくっつけることで生まれる二人だけの空間。

 少し動けば肩がぶつかり、芳しい香りが鼻腔をくすぐる。

 あまり話したこともないし、昨日もそんなに喋っていなかったが、心木もかなりの美少女と言っていい。

 授業の時だけつける眼鏡も似合っている。全体的に線が細く、胸は控えめだが、それもいい。うむ。

 心木は教科書を忘れたということを利用して接触を試みたわけか。中々、青春っぽくていい。

 ただ一つ気になっていることがある。


 ──消しゴム多くないか?


 いや、前々から気にはなっていたけども、やっぱり多いよな。5個はさすがに多いよな。

 と、心木が誤字ったようなので、消しゴムで文字を消す。


 モギュッ


 消しゴムがもげた。

 力の入れ過ぎには見えなかったが、消しゴムは不均等に二つになってしまった。

 余った大きい方で引き続き消そうとするが、


 モギュッ


 と、また折れた。

 消そうとしては折れ、消そうとしては折れ──とうとう一つの消しゴムは粉々になり山を形成していた。

 え、そんなことある?

 結局、3つ目を以って一文字を消すことに成功した。

 シャーペンに持ち替えて黒板を写そうとする。今度は慎重に、折れないようにゆっくりと書くが、残念なことに余白のなくなった黒板は新しい文章を書くために、八割ほど文字は消されてしまった。


「……あ」


 そんな心木の悲しい言葉が出た。

 消しゴムもボッキボキに折れた時は涙目であったし、なんだか見ていて哀れに思ってしまった。


「心木さん、後で俺のやつ貸すよ。字は少し汚いけど」

「あ、ありがとう……」


 横目で心木の様子を見ながらも、模写だけはしていた。とりあえず彼女のためにも今日は全部書き写してやろう。


 授業も終わりかけ、クラスの半分ほどが夢の世界に行っていた頃、数学の教師が忘れていたように宿題プリントの提出を求めた。

 心木はバッグを探る。


「えっと、教科書は……」

「あ、教科書持ってたの?」

「うん。アピールするために敢えて忘れたフリを──あれ、ない……」


 ……どうやら本当に忘れたようだ。


「プリント……教科書に挟んでたのに」


 おぉふ……。


 どうやら彼女はかなりの不幸体質のようだ。

 次の授業では、ペットボトルの蓋が開いていて、バッグの中が水浸しになってしまったことで、教科書が全滅した。今日一日ずっと机付けっぱなしをする羽目に。

 落としてしまったスマホの画面がバキバキになるし。

 極め付けは座っていた椅子の脚が折れるという、え、呪われてる⁉︎


「けれど、このお陰で今日は七海くんとずっと一緒にいれたからラッキーだよ」


 と、謎にポジティブシンキングを見せる心木。

 庇護欲というよりかは心配という意味で思わず護りたくなるような存在だった。



   **



「放課後はアタシのターンだな。よし、付いて来い!」


 火炎寺に連れられてやって来たのは、駅前の商業施設にあるラーメン屋。

 カウンターで横並んで、この店名物の味噌バターラーメンを食していた。


「やっぱラーメンはここが一番美味いな!」

「あっつ……! まぁ、確かに美味いな」

「テンション低くないか」

「いや、そりゃただラーメン食ってるだけだからな」

「あ、そうか。こいつを落とさないといけないんだよな。ただアタシの好きなもの共有しただけじゃ意味ないよな」


 火炎寺はレンゲでスープを掬う。


「おい、口を開けろ」

「はい?」

「はい、あーん──」

「ちょっと待て、あーんにも向いている食べ物があってだな、あっつぅ⁉︎」

「どうだ。キュンとするだろ」

「するか! 火傷するかと思っただろ!」


 火炎寺は少年のように笑った。

 なんか次第に火炎寺のキャラが変わってきている気がするな。いや、ようやく俺に心を開いてくれたからか?


「なぁなぁ、これ食べたらさ。公園で野球しようぜ!」

「するか!」


 ただ、恋愛初心者のためか、一緒に男女で何かをするのに持ってくるものが子供っぽすぎる。


   **


「──よって、両者引き分けだな」

「えー! なんでー! 野球楽しかったじゃーん!」


 近くの公園で野球をした俺たち。確かに楽しかった。こっそり付いてきていた日向たちも交えて、結構ガッツリ遊んだ。


「けど、恋愛となるとまた別だ。なんか両方とも子供を見ている気持ちになった」


 とても微笑ましい気持ちになりました。


「もう七海くんも失恋更生委員会でしょ! どっちの味方ー!」

「いや、そうだけどどっちかは決められなかったんだよな」

「なんでさ。適当にワタシたちでいいじゃん。それで終わるんだし」

「あ、確かにそうだな。じゃあ──」

「駄目よ。公平じゃなければ勝負として認められないわ」


 厳格な氷水に止められた。てかお前生徒会活動は? 暇なのか?


「ふっ、野球とは。実に少年らしい陳腐な作戦だ。どうしてこんな球技ごときと引き分けなのかイマイチ納得できないがね」

「お前らも楽しそうに野球してただろ」


 俺たちもPUREの連中もみんな体操服に着替えていた。

 全員砂汚れが付いていたが、心木だけ桁違いに汚れていた。


「で、どうすんだよこれ。なんか泥仕合になってきたけど」

「そうね。最後は日向さんと土神さんの対決でいいんじゃないの?」

「ボクは士導だ! って、ボクが出るのか⁉︎」

「ワタシが七海くんを落とすの⁉︎ え、えぇ……」


 あからさまに嫌そうな二人。

 俺だって野郎とちんちくりんにアピールされたくねぇよ。


「最後はリーダー勝負よ。この土日それぞれ一日ずつ使って、七海とデートするの。それで最終的に七海がよりキュンとした方が勝ちよ」


 氷水のルール説明は分かりやすいな。よく分からんけど。


「わかったよ! もう七海くんなんて地獄の底に落とすつもりでデートしてあげる!」

「俺を殺すなよ!」

「で、デートだと……」


 狼狽える土神。まぁ、どう考えても日向の方が有利っちゃ有利だからな。


「いやぁ、も、もう別にいいんじゃないかな〜。ねぇ士導様?」


 金城がそう言うと、日向の得意の煽りが発動する。


「あれれ〜。もしかして負けるのが怖いの〜? 臆病だな〜」

「──くっ、いいだろう。引き受けてやろう」

「え⁉︎ 本当にいいの士導様⁉︎」

「あぁ! その男などいとも簡単に天から落としてみせようじゃないか!」


 そうまでして俺を亡き者にしたいのか⁉︎


   **


 PUREが帰った後。野球道具を本部に持って帰るところだった。


「むむむ……なんで七海くんとデートすることにぃ……」

「別にいいだろ。そんな嫌そうにすんなって。泣くだろ俺が。それに、勝ち確じゃねぇか。相手は男なんだし」

「「「え?」」」


 ……え?


「まさか七海、ズボン穿いてるからって土神さんを男だと思ってたの……?」

「ニブチンだなお前」

「いや……えぇ⁉」



   ◇ ◇ ◇



「ね、ねぇ。本当にいいの? デートなんか引き受けて」

「これも勝つためだ。花ちゃん。明日の服装とデートプランを一緒に考えてくれないか?」

「ゆとりがそう言うなら……分かった。力貸すよ」

「士導様、陰ながら応援させていただきます」

「ああ、任せろ。ボクだって本気を出せばあの男くらいすぐに落としてみせるさ」



   ◇ ◇ ◇



 決勝戦。別に勝ち進んでるわけではないか。

 土曜日は土神とデートすることになった。


 にしても、まさか、だったとは……。


 そういえばうちの高校の制服は男女関係なくズボンでもスカートでも選べたんだっけ。男はみんなズボンだったはずだが、冬になると一部の女子もズボンを穿いていたような気がする。

 あんな可愛い子たち二人も侍らせている時点でおかしいと気付けよ俺。その状態だと思い切り浮気なんだし。

 ま、事前に気付いたわけだし。あまり衝撃を受けずには済むだろ。


「ま、待たせたようだな」


 俺は早く来すぎたが、向こうも待ち合わせ時間より二十分も早くやって来た。


「あぁ……って、えぇ⁉︎」


 やって来たのは、声も態度も普段と変わらない、白いサマードレスを着た土神だ。

 オシャレはしてくるものとは分かっていた。

 だが、いつもはない、豊満な──それはもうご立派な二つの果実が実っていた。


「さ、さぁ。デート、なるものに行くぞ」


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