Case.35 宣戦布告する場合


「七海……私はもうあなたに付き合いきれない。別れましょう」

「どうしてだ……俺のどこが嫌いになったんだよ!」

「そういうところを一々聞いてくるのがしつこいのよ。あなたと付き合ったのは気まぐれ……いえ、気が狂ったみたいだわ。では、新しい恋でも見つけてください。さようなら」


 氷水はそう別れを告げて立ち去った。


 俺はフラれた……次の日の昼休み、目立つように本校舎の正面玄関前で。

 そう、これは日向が思い付いた案。


「──失恋更生委員会の宣伝ついでに、七海くんとカイチョーが別れるところを見せつけるんだよ!」


 氷水が俺を振ることによって、別れたことを演出し、そして氷水はやはり振る側の人間であるという面目も持たせる。


「そこの失恋坊や! どうやらフラれたようだね!」


 うずくまる俺の背後から日向がそう語りかける。

 言わずもがな、俺はまた失恋した人間として学内中に知れ渡るわけだが、「もういくつあっても平気でしょ!」と日向に決めつけられる。

 確かに失うものはないが、傷付きはするんだぞ。また悪目立ちしてるから最近教員からの評判も悪いんだ。成績に関わったらどうする!

 って誰が失恋坊やだ‼︎


「というわけで〜! 失恋更生三三七拍子‼︎ せーの!」


「『「ド・ン・マイ。ド・ン・マイ。フ・ラ・れ・て・ド・ン・マイ」』」


 あの日、校舎裏で披露した失恋更生三三七拍子は太鼓の演奏付きに進化していた。

 初月と火炎寺はそれぞれの担当用具を持ち、旗は俺の代わりに日向が持っている。

 拡声器で喋るわ、太鼓は派手に叩くわで、氷水との演劇時よりも窓から見ている生徒は倍増している。


「さぁ! キミもこれで失恋更生だ‼︎ 元気出たかな⁉︎」

「うん! すっごく元気出た! もう前しか見えないぜっ‼︎」

「うむうむ! じゃあキミもワタシたちと一緒に迷える失恋者たちを更生していこう!」

「うん!」


 なんとまぁ、胡散臭い演技をしたものだ。幼稚園の発表会みたいになってしまった。

 旗を渡された俺は初月の横に並び、そして全員で校舎にいる観衆に向き直す。


「ワタシたちはどんな失恋も必ず更生させるよ! 太鼓で、拡声器で、背中を押します! この旗が目印! あなたを応援する組織、それが失恋更生委員会‼︎ どうぞよろしく‼︎」


 日向がそう宣言すると、まばらに拍手が起こった。ほとんどの人が疑問符を頭に浮かべているが、もう学内での知名度はバッチリだろう。


「はい、新入り君。何か言うことある?」

「はっ⁉ あるわけないだろ! いきなりアドリブを振るんじゃねぇ!」

「そう~? 何か言いたげな顔してたけど」


 日向がしたり顔をすると、何かを察したように初月が拡声器を俺に渡す。


 言いたいこと……俺は失恋をきっかけに、クラスから完全に孤立した。いや、本当は気付かなかっただけで、もっと前から浮いていた。

 だが、今の俺には居場所がある。前だって向いている。

 これは俺にとって宣戦布告でもあるんだ。

 こいつらがくれたチャンス。なら思う存分使ってやろう。


『……もしかしたら俺のことを嫌いな奴もいるだろう、惨めだなと思ってた奴もいんだろ。だが、俺はそんなこと気にしない。お前らが恋に悩んだ時、失恋に怯えている時は、俺たちが助けてやる! 痛いくらいに背中を叩いてやる! だからいつでも相談受付中‼ 本校舎三階端の教室にて待ってるぜっ!』

「にしし、ナイス宣伝だね! 七海くん!」


「おい‼ 貴様ら何を騒いでいる‼」


「やばっ、ゴリ先来たぞ」

「じゃあ、あの夕日に向かって逃げるのだー!」

「「「おー!」」」『おぉ……』


 太陽は真上にあるがな。

 日向を先頭に、俺たちは食堂があるC棟に向かって走って逃げた。



   **



「ふぃー! いやー宣伝はバッチリだったねー!」


 本部の机に腰掛けて、足をバタバタさせて喜ぶ日向。

 放課後になった俺たちは仮だった本部をしっかりとした本部にするべく、掃除と部屋の飾り付けをしていた。座ってねぇでお前も働け。


「先生に怒られましたけどね……」


 結局、あの後捕まって、俺たち四人はこっぴどく叱られた。まぁ、怒られただけで何のペナルティもなかったので、それは良しとしよう。


「けど、どの部活にも負けない宣伝だったろ。これでアタシらが一番だ」

「うぅ、教室に戻った時のみんなの目が冷たかったです」

「そうか? アタシは特に変わらなかったけど」


 どうやら初月も徐々にクラスで浮いた存在になってきているらしい。

 彼女もまた、俺よりも先にここに居場所を求めることになったわけだが、それは別として軽蔑されるのは普通に辛いよな。

 俺たち四人とも学校のはみ出し者になってきた。改めて考えてみたら、こんな奴らに失恋更生を依頼したい奴がいるのか……。


 と思っていたら、扉をノックする音が。


「おぉー! 早速依頼人が来た!」


 日向が嬉しそうに勢いよく扉を開けると、そこにいたのは氷水だった。


「……ビックリした。あぁ、これ、一応この教室を部室にするための書類ね」

「なーんだ。生徒カイチョーか」

「なんでそんなにガッカリしてるのよ」


 後ろから見てもすぐに分かるくらい日向はあからさまに肩を落とした。

 書類は初月が受け取った。すっかり書類関連をはじめ、字を書く書記の仕事を担っているが、ビックリするほど彼女の字は綺麗である。本人も特に問題なく、むしろ楽しそうに仕事しているので天職なのかもしれない。


「へー、部屋が綺麗に片付いたじゃない」

「でしょ〜! ここが失恋更生委員会の本部だよー!」


 間取りや設備自体は机の数が減ったくらいで、普通の教室と何ら変わりはない。

 あぁ、そういえばここには教室後方にロッカーがあったな。他の教室は広さ確保と置き勉防止のために何年か前に取り外されたらしいけど、ここは使われてないお陰で残っていた。

 そこにはごちゃついていた道具やら器材やらを整理整頓して入れた。空きはまだありそうだから俺らの私物なんかも置けたりするな。

 そして、そのロッカー前には日向と火炎寺がどこからか貰ってきたベンチ二脚とローテーブルを設置。

 これで失恋更生依頼人の話を聞くスペースができた。

「本当はソファがいいんだけどねー」と日向がボヤいていたが、どこから持ってくるんだよそれは。


 教室前方は一段上がる教壇があるわけだが、その中央縁に付けるように教卓を配置。前に机九脚を上手く使って、歪な正方形を作った。

 日向曰く、それぞれの持ち場らしい。ボスの日向は教卓と真向かいの机だという。


「さてさて、あゆゆ手伝ってー」

「よし、任せろ」


 火炎寺に肩車された日向は、最後の仕上げとして、教室の名前を記すはずの真っ白なネームプレートに旗のスペアを垂らす。


「ふっふっふっー、これで完成だー!」


 廊下にいれば嫌でも目に入る顕示欲強めの看板ができた。幅の関係上、端っこがナヨンと垂れているが、まぁ迷わずここに来れそうだ。


「いや、通行の邪魔だから。流石にこれは駄目よ」

「えー‼︎」


 氷水が即刻旗を取り上げた。

 文句タラタラの日向だったが、ネームプレートに紙は貼っていいと許可は貰った。

 氷水が生徒会室で調達した紙に、〝失恋更生委員会〟と文字を初月が書き、その周りをプリクラみたいに日向がデコり、火炎寺がネームプレートに貼り付けた。


「うん! まぁ、これでもいいでしょう! さてさて、じゃあ五人全員揃ってるわけだし、記念に写真でも撮りますか! はい、七海くんスマホで撮って」

「はいはい」


 俺は全体が入るように少し離れた場所から──


「ん? 七海くんどこ行くの? 内カメラでいいじゃん」

「え? あ、あぁ、そうだな」

「はやくはやく‼︎」


 俺を先頭に、失恋更生委員会のメンバーが並ぶ。氷水も画面隅に入ってくれているみたいだ。


「撮るよー! はい、チーズ!」


 日向の合図で俺はシャッターを切る。

 ったく、俺に撮らせたのは後ろに並んで小顔効果でも狙ってたのかね。

 けどまぁ、みんな良い笑顔だった。



   ◇ ◇ ◇



「──失恋更生委員会か」


 明谷みょうだに駅にあるコーヒーショップ〝スナバ〟で日向たちを話題にしている三人組がいた。


「どーすんのー? ゆと──じゃなくて士導しどう様。あたしらの目的の邪魔になるんじゃない? 仄果ほのかもそう思うよね?」


 金髪サイドテールの女子生徒は、買ったドリンクの写真をインヌタにあげようとしていた。彼女の持つ豊満さを見せつけるかのように胸元は空いており、カーディガンを腰に巻き付け、スカートの丈は短い。

 制服を着崩した彼女の格好は街中で見かければ目につく派手さがあった。


「う、うん。自分は士導様に付いていくだけだから、あぶぅっ⁉︎」


 対して、仄果ほのかと呼ばれた女子生徒は地味だ。スカートの丈は普通膝くらいだが、それよりも10㎝は長いし、胸元も少し曲線を描いているだけで、ほぼ垂直であった。

 彼女がドリンクを飲もうと持ったところで、ストローからコーヒーが顔面に発射される。


「ちょ、大丈夫⁉︎」

「うぅ、不幸体質がまた……けど、もう暑くなってきたしこれで涼めると考えればラッキーかな、えへへ……」

「はい、これ」


 士導様と呼ばれた生徒は仄果にハンカチを渡す。


「そのままだと風邪をひいてしまう。これを使うといい」

「あ、ありがとうございます……。けど、ハンカチが汚れてしまいます」

「気にしなくていいよ。仄果の笑顔が見れるなら、大したことないさ」

「ほんっと昔から優しいんだから。女の子みんな惚れちゃうよ」

「ふふ、ありがとう。仄果は〝PUREピューレ〟の大切な仲間だからね。体調には気をつけてもらいたいんだ」


 拭き終わった仄果はハンカチを洗濯してから返そうとするが、士導はそれすらも気にしなくていいとした。


「さて、では話し合おうか。ボクたちの宿敵となるであろう失恋更生委員会を潰す計画について」


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