第二部
六章 PURE
Case.34 勘違いされている場合
快調……!
数日風邪のせいで安静にしていたが、無事に絶好調になった。
今日は火曜。文化祭があった土曜日からは中二日も空いたため、祭の余韻に浮かれていることもなく、学校はいつもの状態に戻っていた。
まぁ、クラスの打ち上げにも行かず、グループも勝手に抜けたわけだから、またみんなからの見る目は厳しくなっているだろうけど。
けれど、もういいんだ。俺はここに居場所は求めない。あいつがいる失恋更生委員会で──
「あ、痛っ」
「あぁ、悪いな。そこにいるの気付かなかった」
校舎に入るところで、俺はクラスメイトから肩パンを喰らった。
なんだ、わざとらしいな。いつも思うが、この学校にいる奴らは幼稚な気がする。
と、考えて教室に入ったら二度目の肩パンを喰らった。
しかも俺の机には紙が置かれており、そこには『裏切り者がっ‼︎』と罵詈雑言が書かれていた。
え、あまりにも露骨過ぎない⁉︎
貼り紙に気付いた時、前方にいた数人の男が俺を見て舌打ちをした。
あいつらが犯人か。さっき肩パンしてくれた奴もいる。他のクラスメイトは無関心に男女ペアで話している。
そうか、そこまで敵対心剥き出しにするなら俺だって考えがある。
今まで本気を出してなかっただけ……俺の右手が火を吹くぜ……!
──ちょっと待て。そんな冗談はさておき。さっきからやたらイチャイチャしてるやつが多くねぇか?
この二人、それにあいつらも……あそこまで仲良かったか?
それに犯人と思わしきグループは俺以外へも妬み嫉みをブツブツと唱えている。
改めてもう一度紙を見る。
すると、右下に『氷水さんはみんなのものだぞ。独り占めするな!』との文章が。
別にみんなのものでもないが……んん⁉︎ どういうこと⁉︎
『リア充死ねっ‼︎』とも書いてあるし、現にカップルに向けて今も殺意剥き出しでいる。
どういうことだ? 心当たりが全くないんだけど……。
「七海‼︎」
朝礼ギリギリに、氷水が駆け込んできて廊下から俺の名を叫ぶ。
「はぁはぁ……ちょっと来て……」
ただならぬ事態が起こっていると言いたげな表情。氷水は何か知っているのかもしれない。
俺も一刻も早く事態を把握したく、氷水の後を付いていく。
一限はサボることになりそうだが、もうそれくらいいいだろう。去って行く俺の背中に、男共の恨み節が炸裂しているけど。
**
「俺と氷水が付き合ってるぅ⁉︎ なんで⁉︎」
校舎裏──俺が雲名に告白した場所にて、氷水からそんな話を聞いた。
「そんなの分かんないわよ。昨日からずっと『氷水さんもとうとう彼氏できたんだね』って言われ続けていたんだから」
氷水の場合はクラスの女子から、そういじられていた。
このことをわざわざ連絡しなかったのは病人に対しての思いやりかな。まぁ、こんなの聞いたら学校に行こうって気が失せる。それに文章だとうまく伝わらない場合もあるからな。
だからか、待っていたかのように高速で迎えに来たんだろうけど。
「でも、なんで俺たちが……。幼馴染だからか?」
「ほとんどの人は私たちの関係性なんて知らないでしょ。私たちが付き合ってるだなんて、そんなのお母さんに嘘ついたくらいでしか言ってないし……」
「………………」
「………………」
「「それかぁ……‼︎」」
文化祭二日目。氷水は自身の親に向かって、交際宣言をした。
変態的行動をなんとか誤魔化すのについた嘘。あの時は周りに人がいないと思っていたが、どうやらそれは間違いだったみたいだ。
氷水沙希は何度も言うように人気生徒会長だ。多くの男を振ってきた、校内でも指折りの美女。
そんな彼女に、彼氏が──ましてや俺みたいな嫌われ者であってみろ。
氷水の地位が失墜してしまうかもしれないほどの大スクープだ。
「これからどうするよ……」
「そんなの別れたってことにしたらいいでしょ。お母さんの前だけ誤魔化せばいいんだから」
「まぁ、そうだな。じゃあ今こうして氷水に呼ばれたのはフラれたってことにするか」
「そうね。それでいいと思う」
すぐに話はついた。
これで後はフラれた前提で過ごせば、問題なく済む……ことはないか。
クラスでも浮いたままだろうし、一瞬でも氷水と付き合ったことで非リア共から執拗な復讐はあるかもしれん。あぁ、それと日向たちから励まされるかもな。
とりあえず一限は既に始まっているが、今さら戻ったところで変な目で見られるだけなので、二限からしれっと戻ることにしよう。
氷水も同じくサボりを選んだ。一時間ぐらい授業抜けたところで、こいつの成績と内申に影響はない。
「──ところで七海」
……この猫撫で声。大方予想はついて嫌な予感がする。
「いいえ政宗」
「七海だよ。なんだよ」
「まさむねぇ……私ね、文化祭頑張ったの。すっごくすごく頑張ったの。だから、『頑張ったね』ってヨシヨシしてほしい」
「できるわけねぇだろ。ここ学校で、しかも屋外だぞ! 誰かに見られたらどうすんだよ!」
「うるさいわね、七海が風邪なんて引くから私は二日も新規取り下ろしボイスを我慢したのよ。政宗が活動休止になって、文化祭のストレスも溜まってる私を慰めてあげようと思わないわけ?」
前言撤回。俺へ連絡しなかった理由は優しさではなく、風邪引き声では満足しねぇぞという欲望の表れからでした。
あと、俺の声を新規取り下ろしボイスとかで言うんじゃねぇよ。
「それに、別れたらってなったら今後七海と学校では会いにくいでしょ。こうしてみんなが授業受けてる今がチャンスだから! これで最後だから、ほんとに!」
現に俺たちがここで会合しているのは、見られてないと思ったのが見られたからなんだよ。
そんなことはお構いなしに、ただただ自分の欲を満たしたいがために、氷水はあぐらをかく俺の足の上に仰向けになって頭を置く。
「にゃんにゃーん」とそのまま猫の鳴き声を真似て、頭を撫でろ、顎を撫でろと命令してくる。もちろん政宗の声でかけ続けるオプション付きでだ。
仕方なしに、望むままのことをしてあげた。
「ふひ、ふへへ」
美人な顔が台無しだ。
つーか、俺は対価以上の働きを見せたんだから、もっといい報酬を貰っていいんじゃないか?
例えばそうだな……いやらしいことを考えてみたけども、沙希母がよぎって思いつくのをやめた。
「ったく、こんな姿見られた方が付き合ってると誤解される方がまだマシ──」
「──何やってんだ、お前ら……」
氷水ではない女子の声がした方にすぐ目を向けると、そこには目を見開いた火炎寺がいた。
「「ぬわぁ⁉︎」」
こちらも同様に開眼し、氷水は素早く素に戻り、その場で正座する。
「か、火炎寺歩美。今は授業中ですよ」
「特大ブーメランだぞ、それ」
「ど、どうしてここに……?」
「いや、眠過ぎてどうにもならないから、授業抜けて寝に来たんだよな。そしたら、ニャンコ──猫の声が聞こえたから来てみたら、まぁお前らがいたと」
そういや火炎寺は大の猫好きだったな。氷水のあの声が猫だと思ったのか。ははっ、氷水の声真似なかなかやるじゃん。
じゃねーよ‼︎ 心配したそばから見られてんじゃねぇか!
しかも火炎寺は日向や初月と違って、氷水の本性をまだ知らない。
見ろ、ドン引きしてんじゃねーか! ついでに俺のこともゴミを見るような目で見ているし!
「ちょっとお前のこと信頼しようかと思ったのに、なんか裏切られた気分だわ」
「お願い火炎寺さん‼︎ 七海は別に見捨ててもいいけど、私については誰にも言わないで‼︎」
速攻俺も裏切られたんですけど⁉︎
「お願いします! 何でもしますから!」
「……今、何でもするって言った?」
火炎寺はその言葉に反応した。
え、こいつ何をする気だ? 俺よりもイヤらしいことを考えついているのか?
「な、何でもするとは言ってないわよ……」
不用意に出た言葉を撤回しようとするも、もう遅い。
**
「わー! カイチョーかわいいー‼︎」
「だろ! 絶対に似合うと思ったんだよ!」
放課後、氷水は猫耳メイドに変身させられていた。
火炎寺の要求は猫にちなんだコスプレだった。何でそんな物が本部にあるのかは知らんが。
氷水のこの姿は、後生にも残るようにと、既にたくさんの証拠写真を撮られていた。
苦悶の表情を浮かべる氷水。しかし抗うことはできず、唇を噛み締め耐えていた。
あまりにも短い丈のスカートのため、もう少しで俺の目線から聖域が望めそうだ。
「さてさて、七海くん。反省した?」
そう、俺は正座させられていた。石抱という江戸時代の拷問オプション付きで。
氷水との行為、交際の噂。それら全て一から説明したってのに……
「どうして俺はこんな目に遭わされてるんだよ!」
「やーね。七海くんったら罪の意識ないみたいですよ。校内で変態的行為に及んでいたというのに。ああ恐ろしい恐ろしい」
「もう一つ石を乗せるか」
日向と火炎寺がわざと俺に聞こえるようにしてヒソヒソ話をしている。しかもそこに声は聞こえないが初月も参加していることに心が一層抉られる。
「さっきも説明したけど、俺の方からは何もしてないんだよ。てか、そもそも日向は氷水との件について全部知ってんだろ!」
日向が俺を氷水に売ったんだ。忘れてねぇぞ。
「あゆゆ」と日向が合図をすると火炎寺がさらに石を積み上げギャァァア‼︎
「さてさて、この写真は拡大コピーして掲示板に貼っとこー」
「それはやめて‼︎」
「ならば、ワタシたちに部室と部費をさっさと明け渡すのだー! 失恋更生委員会は正式な部活動として認められたんだからね!」
「部室はそのままここの空き教室使えばいいわよ。特に問題はないし。部費は毎年、活動実績を元に決めているからすぐには無理よ」
「活動実績〜? えぇーワタシたち立派に失恋更生してるよー?」
「活動だけじゃ意味ないのよ。優勝や金賞があるわけでもないし、そもそも活動内容が生徒によく知られていないじゃない」
「う〜ん、まだ認知度低いってわけかー……」
と、日向は俺と氷水を交互に見る。
「なら、改めて宣伝しよう! ワタシにいい考えがあるよ」
不敵な笑みを浮かべる日向。嫌な予感しかしない……。
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