Case.32 何も知らない場合
「──あれ、暗幕足りなくない? どうする? これじゃ光漏れるけど」
「なら俺が生徒会に行って暗幕まだ借りれるか確認してくるよ」
「お、七海あざーす」
「俺に任せとけって」
七海が教室を出た直後、さっきまで楽しげに会話していた生徒たちの顔つきが変わる。
「……七海って最近イキってるよな」
「だよなー。イメージ回復に必死なんだろ。RINEとか毎日毎日しつこいんだよな」
「分かるわー。メンヘラ並みに返信早いよな。まぁ前からうざかったけど」
「あー、THE高校生デビューって感じするもんな。無理しててマジ笑う」
本人がいなくなったのをいいことに、悪口陰口の応酬をしていた。それも、普段から言い慣れているような盛り上がりだった。
会話に参加していない生徒たちはそれを黙認することしかできなかったが、そこに偶然会話を聞いてしまった彼女がやってくる。
「──どうして七海くんのことを悪く言うの」
「あぁ? なんだお前」
「しつこい。イキってる。それの何がいけないの」
「……あー、急にしゃしゃり出てどうした」
すると、一人の生徒があの日体育館で七海と一緒に叫んでいた日向だと気付く。
「──なるほどね。あいつの彼女かなにかか」
「ちがう。ワタシたちは失恋更生委員会の仲間。そして友達だよ。友達の悪口を言うことはワタシが絶対に許さないから!」
「なんだそれ。失恋更生って、あいつはただ寝取るのに失敗した冴えない奴じゃねーか。……ま、それになぁ、誰でも良かったんだよ」
「……どういうこと」
「お前も分かるだろ。同じ目標がある部活みたく、共通の敵がいた方がクラスは一致団結するもんなんだよ。たまたまあいつは運悪く目立っちまったんだよ。そういう意味では、あいつもクラスのために頑張ってくれてるわけだな。なぁっ!」
男が連れと一緒に周囲を煽ると、見届けていたクラスメイトは次第に口角が上がっていった。
「──笑わないで‼︎」
だが、日向はそれを許さなかった。
一喝に、生徒たちの口が塞がる。
彼女は感情のままにリーダー格の男を突き飛ばす。
「っ……⁉︎ こいつ……‼︎」
「七海くんのこと何も知らないくせに。七海くんのこと何も見てないくせに。適当なことを言わないで! 自分たちさえ良ければいいの……七海くんは、七海くんは、みんなのために毎日毎日遅くまで頑張ってたのに。それなのに、頑張ってる人を笑わないでよ!」
──この後に合流し、ここからは俺も知っている。
日向が騒いでいたのは──怒っていたのは俺のためだった。
それなのに、真相を何も知らないで、俺は日向の想いを突き飛ばした。
「ごめん。全部私のせいだよね。キッカケだってそう。ハブられてるのも知ってたのに見て見ぬ振りして、あの時も止められなくて……」
「いいんだ。俺だって何も知らずに告白したんだ。そんなのお互い様だ」
……違う。俺は許せなかった。
けど、それはあいつらにじゃない。俺自身にだ。
どうして他人からこの話を聞いている。一番近くにいたはずなのに、何で何も知らないんだ。
「…………俺……」
「……しつこい男はモテないよ」
妙に心に刺さる言葉だった。
「けど、しつこいくらい構って欲しい時もあったりするんだよね。行きたいんでしょ。行ってあげて。見回りなんて彼氏とやっとくし。私にはそれくらいしかしてあげられないから。……それに、ここまで頑張ったんだもん。少しくらいサボったって怒られないよ」
「……ありがとう、ちょっと行ってくる」
雲名に背中を押され、俺は急いであいつがいるはずの模擬店へと向かった。
今も昔も俺は何も変わっていない。
周りが見えてないくせに、分かったつもりでいる。
雲名を好きになった時と同様、相手のことを知ろうとせず自分ばかり。
馬鹿だろ俺は。今まで何をしてきたんだよ。
自分の気持ちは大事にしろ。言葉にしなきゃ相手に伝わらない。
全部、失恋更生委員会で知ったことじゃないか。
「七海くん……!」
焼きそば屋で日向がいないことを確認した時、初月と火炎寺がやって来た。
「あの、七海くん、ひなたちゃんと連絡が取れないんです……! 13時に集合する予定だったのですけど」
「今、一組の奴に聞いたけど、日向はちょっと前に気分が悪いって言ってどっか行ったらしい」
「じゃあ保健室じゃねーか?」
火炎寺が言うように急ぎ向かうが、日向はそこにもいなかった。
「ひなたちゃん、どこに行ったんだろう……」
「手分けして探そう。俺はこの校舎を捜すから、他を頼む」
「いいのか。仕事があるんじゃなかったのか?」
「仕事だよ。うちの委員長を見つける、それが俺たち失恋更生委員会の仕事だろ」
「七海くん……!」
「じゃあ、またなんか分かったら連絡する。そっちも見つけたら連絡頼む」
生徒だけでなく、誰かの家族友達、地域の人が大勢いる人混みから捜すのは難しい。それとこの時間は混雑がピークであるために自由に動きづらい。
だから、まずは狙いを絞り、失恋更生委員会の本部へと行ったが、ここにもいない。
この辺りは文化祭で開放されていないエリア。学校中が賑わっているのに、ここだけ嘘みたいに静かだった。
あいつがいつもいる本部も煩くて賑わしい。
一人になるはずだった俺を一人にしなかった。
「何勝手に一人になってんだよ……」
埃が被った使われていない備品の数々。その中でも目立つのが俺の担当である長い旗。
初めて会った時もあいつがずっと持っていたものだ。
──そうか、最初からあいつがこういう時、どこに行くか言ってたじゃねーか。
日向がきっといるはずの場所まで一時間はかかった。
いなければ無駄足。だが、隅々まで捜すことなく日向はすぐに見つかった。
悲しい時、辛い時、そしてフラれたら来る場所。
海に向かって砂浜で体操座りしている日向へと旗をコツンと振り下ろした。
「……いて」
「よっ。捜したぞまったく……」
「……七海くん」
彼女が振り返れば、零れ落ちる涙は波に攫われて一緒に消えてなくなった。
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