Case.33 みんなが揃った場合
嫌なことがあったら海に行こう。
それは日向が教えてくれたことだ。
「……俺はさ、周りに流される人間だ」
「え、急になに……」
「優柔不断だし一貫性もないし周りとヘラヘラ笑っているつもりだった。こんな俺でいいのかと思ったけど、楽しかったから、それでいいと思っていた」
「じゃあ、どうしてここにいるの。みんなと文化祭楽しんでいればいいじゃん。ワタシのことなんて忘れてさ……、って、え……?」
俺は頭を下げた。
日向にとってそれが珍しいのか、少し驚いていた。
「ごめん。知らなかったんだ。お前が俺のために怒ってくれたってこと。俺は何も見えていなかった。昔と何も変わっちゃいなかった」
「え、えっと……あ、あはは。そんな、七海くんが謝るなんて、謝ることのほどじゃないよ。ワタシだってうるさくしちゃったし」
「それでも謝りたい。俺が節穴で馬鹿だったから、お前を傷付けたことを。そして──」
頭を上げて日向の目を真っ直ぐに見た。
この言葉は相手を見て伝えたかった。
「ありがとう。俺を見てくれてて」
日向はずっと気にかけてくれていたんだ。
むず痒くても、感謝を伝えられない人ではありたくなかった。
「ちょ、な、七海くん。や、やだ恥ずかしいな〜!」
むず痒そうなのは日向の方だった。
「ワタシは──、ワタシはまぁ、委員長だし。委員を守るのがワタシの役目だからね! 委員に振り回されるくらい、わけないよ!」
「まぁ、お前に振り回されることの方が多かったけどな」
「えー! そうだっけな~」
無茶苦茶な作戦で停学になるわ、不法侵入あげく初月を置いていくわ、もっとも一番最初なんて俺を引き入れるために、クラスで孤立させようとフラれたことを言い回ってだろ。
「けど、それでも、もうお前に付いていくと決めた。だから勝手に一人でどっか行くなよ」
「七海くん……ありがとね。いっつもワタシの背中を押してくれて」
背中を押すというより、腕を引っ張って止める役割だと思っているけど……いや、一緒になって色々やらかしてるから、手を取り合って飛び込んでるのか?
「けど、七海くん。クラスのことはいいの? せっかくクラスに戻れるチャンスだったかもしれないのに……」
「……お前も人の話を聞かねぇな」
俺はスマホを取り出すと、ちょうどそこに通知が。
どうやら文化祭本編は終わったらしく、グループRINEにてこの後打ち上げに行こうと盛り上がっているようだ。
「──居場所くらいは自分で好きに決める」
クラスのグループから退会した。
トーク一覧からは消え、自分がいた場所は最初からなかったかのように戻った。
「い、いいの……⁉︎」
「うるせぇな。俺は嫌われてんだぞ、無理していたってしんどいだけだろ。それに俺は失恋更生委員会の旗持ちなんだろ。俺はな……その、お前らと一緒にいた方がもっと楽しいと思ったんだよ!」
「七海くん……うードーン‼︎」
「何で⁉︎」
日向はいきなり顔面から海に飛び込んでいった。
さすがに流れをぶち切り過ぎて理解不能。
「ハッハッハッー! 顔が汚れちゃったから洗っただけだよ〜」
大胆すぎるだろ! まったく……うちの委員長は破天荒だな。
日向は眩しいくらいにニカッと笑ってみせた。
『──あ! ひなたちゃん! 七海くん!』
おそらくここにいるはずと連絡しておいた初月と火炎寺が追いついてやってきた。
『よかった……えっと……』
「ふっふっふっー、ういちゃん大丈夫だよ。七海くんがちゃーんと謝ってくれたので、許してあげたから!」
上からだな。まぁ事実だけどよ。
これで失恋更生委員会は揃った。俺は旗を、初月は拡声器を、そして──
「あゆゆは太鼓持ちかー! 似合うね〜」
本部にて転がっていたという、片手に持てる程度の太鼓を携えた火炎寺。
「まー、太鼓叩くのには力いるだろ。そこのヒョロガリじゃ務まらないしな」
うるせぇな。って言うのはまだ言えないや。
けれども、二人にも謝らないといけない。
「火炎寺も迷惑かけてすまなかった。あの時は──」
「もうそんな細かいことは気にするかよ。海の藻屑にするくらいで我慢してやるよ」
「怖っ⁉ ──初月さんも心配させてごめん」
『はい。わたしも大丈夫です。七海くんとひなたちゃんが仲直りし、してくれて……うっ』
「う、ういちゃーん! 泣かないでー!」
「おい女の子を泣かせるなよ」
「ほんっとうにごめん‼」
初月を泣かせてしまうほど、彼女たちにも迷惑をかけてしまった。
これは俺と日向の問題でありながら、みんなを巻き込んだものとなってしまった。いくつ頭を下げようとも足りない。
「うむうむ、みんな仲良くなってよかったよかった。ん……?」
火炎寺の匂いが少し変わったことに、日向は気付いた。
「あー……。そう、アタシはフラれたんだよ。けれどこれでクヨクヨなんてしないから。アタシの失恋更生はあいつから告白されることだ。アタシはアタシを励ますために、一番の女になるんだよ」
「わぁ……! いいね! ワタシもすっごく更生させる! これからもよろしくね!」
二人は固い握手をしたのちに、日向の方から抱きついた。
「さて、そろそろ学校に戻らないとだな」
帰った頃には後夜祭のメインイベント、キャンプファイヤーが行われているだろう。
例年は行われていなかったが、氷水の敏腕により今年初開催されたらしい。開催した理由はアニメみたいなことをしたかったからだと。
『そうですね。きっと失恋がたくさん生まれてると思います』
「お、なら戻ろぜ委員長」
「おー……委員長。初めて委員長と呼ばれた。いいねその響き!」
火炎寺が呼んだ敬称を、どうやらお気に召したようだ。
「早く指示を出せよ委員長」
「うむ‼︎ じゃあ早速戻って活動! ──と言いたいことだったけど、あゆゆも正式に入ったわけだし、七海くんも戻ってきてくれたことだし! 今日は打ち上げをしちゃおー!」
「は? 打ち上げって、ってちょ、おい! せめてスマホは置かせろ!」
俺は日向に手を引っ張られ、そのまま一緒に海に落ちた。スマホはギリギリ砂浜に投げた。
初めて出会ったあの日よりかは海はぬるくて、気持ちがいい。けど、風にさらされると寒いから、このまま浸かっていたい。
「ういちゃんもあゆゆも! はやく!」
『えぇ……⁉︎』
「おもしろそーじゃんか!」
「…………わっ!」
火炎寺と、彼女に肩を掴まれた初月は、二人も持ち物を砂浜に置き捨てると、海に飛び込んだ。高く上がった水飛沫はシャワーのように俺たちに降り注ぐ。もうびしょ濡れだけど、後に戻れないほど濡れに濡れた。
海水を掛け合ったり、日向にラリアットされてまた頭から入水したり。その光景はただはしゃいでいる高校生だった。
「あはは! 七海くん! 今、すっごく楽しいね!」
「だな……! 俺もだ!」
◇ ◇ ◇
日付が二日変わって月曜日。
俺は風邪で寝込んでいた……当然か。
原因はもちろん海ではしゃいでいたこと。タオルも何もないので、びしょ濡れのまま家に帰ったその夜には熱が出ていた。加えて文化祭準備の疲れもあったんだと思う。
他のみんなも仲良く風邪を引いた。ただ、初月と火炎寺は回復し、今日は登校したらしい。
まだ俺は微熱だったので、念のためもう一日休んだ。二人からは労いのチャットが届いていた。
昼頃にのそのそとベッドの中で起きて、動画でも観ようかとしたところで、いきなり電話がかかってきた。
「……なんだよ」
『ふっふっふっー、七海くんはまだ風邪引いているみたいだねー。きっと暇なんだろうなぁと思ってたから電話してあげたんゴホッガハッ‼︎』
「お前の方が重症だろ!」
バカは風邪を引かないと言うが、あれは嘘だ。現に電話越しに反例がある。
『いやぁ、ところで何をしてたのー?』
「さっきまで寝てて、今からNewTUBEでも見ようかと思ってたんだよ」
『おー、暇じゃん』
「まぁ、そうだけど」
『ちょっとさ、テレビ電話にしてみて』
「は? なんで……」
『いいからいいから!』
言われたとおりにテレビ電話にすると、画面にはパジャマ姿の日向が映り出す。
『えへへー、ワタシもさっき起きたばっかだよ〜』
日向も俺と同じくベッドで横になって寝ていた。
これではまるで──
『なんだか添い寝してるみたいだね』
俺が考えたことを口に出されて、恥ずかしくなって、スマホを伏せた。
『あー、真っ暗だよー!』
「お、落としただけだよ」
『七海くん、顔赤くなってるね。もしかして照れてる?』
「熱のせいだ」
『あはは、ワタシとおそろいだね〜』
画面越しとはいえ、日向がこんなにも近くにいる。
ジーッとニヤニヤと俺のことを見ている。うーん、こっち見るな!
『ねぇねぇ、七海くん』
だが、まぁ俺たちにはこんな彼女のとびきりの笑顔が不可欠だ。
『これからもよろしくね♪』
さっさとお前も風邪を治して、俺たちを率いてもらわないとならない。
『文化祭終わりこそが失恋更生の本番だからね! これから忙しくなるよー!』
病み上がりに鞭打つような奴だが、それでも俺は好きでそこにいるだろう。
『せっかくだしさ、何か新しいキャッチフレーズ使いたいね〜』
「お前が使ってるのでいいだろ」
『いやいや、せっかく仲間が増えたんだもん。新生失恋更生委員会として、新しいのがいいよ』
「……じゃあ、こういうのはどうだ?」
──失恋した人大歓迎
どんな失恋も必ず更生させます
太鼓で気分を盛り上げます
拡声器であなたの心に言葉を届けます
この旗が目印
しつこくあなたを応援します
それが──
「なんか長いしダサい」
「ええっ⁉」
「もう、七海くんだけには任せられないなー。またみんなで考えようね。ういちゃんとあゆゆと、もちろん生徒カイチョーも!」
日向はパァァと太陽のように笑った。
最後に決めるのは日向だ。最後の一文はお前にやるよ。
「それがワタシたち失恋更生委員会だからね!」
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