Case.31 はぐらかそうとする場合
「お、お母さんこそ、どうしてここに⁉︎」
「迷子になったからよ。さぁ、周一くん、事の顛末を聞かせなさい」
早すぎるレスポンス。完全に俺の命に狙い定めてるじゃん。
「えぇーっと、これにはかくかくしかじかぁ」
「わかった。正直に言う」
俺が言い淀んでいると、氷水が割って入る。
ま、待て……! 言葉よっては俺の生死がかかってんだぞ⁉︎
「ずっと隠してたんだけど……実は七海と付き合ってるの‼︎」
「なっ⁉︎」
「周りには隠しているから、ここでしか会えなくて……!」
「まぁ……」
あの変態的行動を突き止められぬよう隠せるなら、俺と付き合ってるという嘘で突き通すつもりなのか⁉
終わった……命はここで尽きたみたいだ……。
「へぇ……いつから?」
「家で告白された、あのあとよ。思い直して、私からやっぱり付き合おうって告白しなおしたの」
「沙希ちゃんから?」
「そう……!」
遺言はどうしようか。今から入れる保険ってありますか。
そもそもそんなことをさせてくる猶予はあるのか、と考えていたら肩に沙希母の手が置かれた。
「ひぃ⁉︎」
「……沙希ちゃんをよろしくね」
「……はい……?」
いつもの優しい笑顔に戻った沙希母。いや、ギリ開眼はしてるな。
「沙希ちゃんが選んだ人ですもの。二人のこと、ちゃんと応援するわ。もし、周一くんがしつこくて無理やり付き合ったのであれば、どうしようかと思っていたけども」
どうしようかって何⁉︎
「沙希ちゃんが告白したのなら話は別。沙希ちゃん。周一くんのこと好きなのよね?」
「も、もちろん! もう好き好き大好き! ぞっこんなんだから!」
声裏返ってるし、俺の腕を掴む力に憎しみ感じてるけど⁉︎
そんなに嫌か⁉︎ お前が決めた設定だろ!
「そう。沙希ちゃんのこと、よろしく頼むわね」
「は、はい! 死んでもお守りします‼︎」
「ええ、そのつもりで」
こ、怖ぇぇぇ‼︎ ちびるかと思ったぁぁ……‼︎
「では、私はお暇します。二人の邪魔をするわけにはいきませんもの。ハメを外しすぎない程度に楽しんでね」
沙希母はやたらと送り仮名を強調して去っていった。殺害予告されたわけじゃないよな。
「ふぅ……よし」
「よしじゃねぇよ! 俺ら付き合ってることになったぞ⁉︎」
「七海が余計なこと言って、私の政宗たちが没収されるよりかはマシよ。これが最善だわ」
自己中め……母親なんだから娘がオタクなのはとっくにバレてんだろ。
「それよりも誰かに知られたらどうすんだ」
「大丈夫よ。屋上なんて人来ないし。とりあえずお母さんの前だけ付き合っている振りしてたらいいから」
「ならいいけどさ……」
「なに? 私と付き合ってて何かマズイことでもあるの?」
「べ、別にねぇよ」
「そう。まぁ、これで遠慮なく七海の録音が家でも聞けるようになったのは結果オーライね」
「おい、それが狙いか」
「結果論よ。じゃあ私は戻るから。席外しすぎてさすがにヤバいし」
こうして最悪な事態を何とか免れた(?)俺たち。
氷水は去り際、「にしても、お母さんどうやってここまで迷い込んだんだろ。階段に立入禁止看板あるし、別に方向音痴でもなかったはずだけどな」と呟いていたが、それって沙希母が娘の居場所を何かしらで把握してたから真っ直ぐ来れたのでは? とはさすがに言えなかった。
**
11時からは文化祭で出たゴミを集積する係として働いていた。
今日が真夏日並みに蒸し暑いせいで、ゴミ回収場所は少し異臭がした。この後は昼食の予定だったが、臭いのせいでちょっと食べる気が起きない。
適当な場所でなるべく綺麗な空気を吸っていたところ
「あ、周一。やっとおったわ!」
両親に見つかってしまった。
「何でここに……。文化祭について何も言ってなかったはずだろ!」
「はっはっはっ。そんなもの氷水さんところのお母様から聞いてたぞ」
父が高らかに笑った。
あー、恥ずかしっ。両親に学校での自分を見られるのが一番恥ずかしい。思春期男子特有の羞恥を感じていたところで、沙希母との出来事を思い出す。
「な、なぁ……沙希母とは今日会ったのか?」
「会ったで。それがなんや」
「あー、なんか話した?」
「いんや、特にはー。校門ですれ違って挨拶したくらいよ」
よ、よかった……。沙希母は今のところ両親には何も言っていないようだ。
逆に愛する娘が「あなたの息子さんと付き合ってるんですよ」とは言いたくないのかもしれない。そのまま黙ってくれるのなら万々歳だ。
「けど、今日は目力が強かったな。目が見開いとったで」
めっちゃ気にはしてるぅぅ……‼︎
「と・こ・ろ・で、日向ちゃんは? あんたはどうだっていいんだよー。日向ちゃんはどこよ?? ん??」
日向が家に泊まった次の日、あの夜何があったのかと両親からしつこく問いただされていた。
あれ以来、日向を偉く気に入った二人はキョロキョロとどこにいるか捜すが、それがとても悪目立ちしている。
俺はそれが嫌で適当に「模擬店で働いてるんじゃね」とはぐらかした。
「どうした周一。日向くんと何かあったのか?」
「別になんもねぇよ」
「……喧嘩でもしたか」
やけに今日の父は鋭い。
子供の変化に一番敏感なのは、やはり親だ。
氷水にも言われたけど、俺が態度に出過ぎているのかもしれないが。
「──少し言い合いしたくらいだよ。そんな大それたことじゃねぇから」
「周一にとってはそうかもしれんが、日向くんにとってはそうじゃないかもしれないぞ。日向くんと面を向かって話をしたのか?」
話も何も、あいつはクラスで騒ぎを起こして──そういや、その原因を日向含め誰からも聞いていない。
俺は目の前で起こったことを収めたかった。そうすれば問題も解決できる人としてクラスに見られると思ったからだ。
そういえばあの時、あいつは何か俺に訴えようとしていた。
「心当たりがあるようだな」
その場を見ていたかのように、父は話を進める。
「周一。喧嘩だって一つの会話だ。相手がいないと成り立たないものだ。自分の中の日向くんと喧嘩して一人で完結させてないか? 彼女のことを分かったつもりでいるんじゃないか」
あいつは明るく元気で、いつも周りを振り回すやつだ。
でも、それは俺の知っているあいつ。
会ってまだ二ヶ月だ。会っていない時や、会う前までのことも、今あいつがどんな表情でいるのかを俺は知らない。
「……私たち家族だって、家族のことを分かったつもりでいることがある。でも、今目の前にいる周一が考えてることくらいは分かってあげるつもりだ」
「……父さん」
「いつもはパパだろ」
「うるせぇ」
「はっはっはっ‼︎ では、あとは若いものに任せるとして。父さんたちはお腹が空いたからご飯を食べに行こう。なぁ母さん」
「せやなー。じゃあね周一。自分の役割はちゃんと果たしなさい」
**
実行委員としての残りの仕事は、13時から二人組で学内の警備にあたる見回りがあるくらい。
校舎入口で相方を待ちながら、文化祭後にどう日向に話しかけるか考えていた。
……うん、まずは理由を聞いて、そして謝ろう。それが最適解だ。
「ごめん、遅れそうになった」
時間ぴったりに雲名が来た。彼氏の雨宮と文化祭を満喫し過ぎて忘れそうになったらしい。
正直なところ来ないものだと思っていた。俺たちの関係性や気まずさが邪魔して仕事を放棄するものだと。
来なかったら来なかったで一人で回ろうと思っていたが、来たから別にいいや。一時間気まずいツアーが始まるだけ。
「じゃあ、行くか」
「──あのさ、その前にちょっと言っておきたいことがあって」
「えっと、なに?」
「あの日、七海と最近一緒にいた、あの子についてなんだけど」
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