Case.27 恋を諦める場合


「……あ、いた……」

「し、師匠……すまん、夜遅いのに」

「い、いえ、泣いていたので心配しました……」


 高校の最寄り駅である明谷みょうだに駅の一つ隣の運動公園駅で二人は待ち合わせをしていた。

 呼び出した火炎寺はベンチに項垂れるようにして座って待っていた。

 初月は隣にちょこんと座った。


「──アタシさ、雪浦のこと諦めるよ」

「え……⁉︎ ど、どうしてですか?」


 火炎寺は今日、ひょんなことから雪浦に出会ったこと。文化祭デートにフラれたこと。家に行くも、そこで彼について家族から聞いたこと、全てを話した。


「──悔しいな。アタシは一番が好きだ。けど、あいつには何一つとして勝てない。完敗だ。アタシは結局、あいつのことが好きだ」


 自分の気持ちを、火炎寺は正直に認めた。


「火炎寺さん……じゃ、じゃあもう告白しましょう……! タイミングは、わたし思い付いたんですけど、後夜祭のキャンプファイヤー……! あ、でもバイトでいないんでしたっけ。でしたら──」

「いや、もう告白しない」

「え……そ、そんな、火炎寺さんの気持ちを伝えないと……。ま、まだ諦めちゃダメですよ。負けっぱなしで終わってしまいますよ、いいんですか……⁉︎ このままじゃ火炎寺さんが苦しいままですよ……!」

「それでもいい。アタシは雪浦のことが好きだから、あいつの邪魔をしたくないんだ。家族があいつにとって一番だから。アタシなんかが割り込んじゃダメなんだよ」

「けど、気持ちを伝えることは……!」

「もうこれ以上嫌われたくない……傷付きたくないんだよ! アタシは失恋する。分かってる。どれだけ近付こうとしても、雪浦の心にアタシは入り込めない。どうして痛いことが分かっているのに、告白しないとダメなんだよっ!」


 恋は実らない。

 そのことは薄々気付いていた。

 けど、初月が受け入れたくはなかった。

 最初は気持ちを素直に伝えられない火炎寺に自分を重ねていた。だから、告白されようと言いつつも、〝好き〟を認めて、想いを告白できたならいいなと思っていた。

 けれども、自分も叶わぬ恋をしてきた人間だ。


 失恋は自分を傷付けるだけ。


 自分が火炎寺にさせようとしていることは、過去に自身を罰そうとしたあの時と同じ。

 しかも今回はそれを人に強要しようとしていたのだ。日向に頼ってばかりの自分の存在理由をただ見出したくて、火炎寺のためだと言って彼女を傷付けてしまった。


「あっ、ごめん。別に師匠を責めてるわけじゃないんだ。けど、怖くて……」

「……ごめんなさい……わたしが、火炎寺さんを傷付けていたんですよね……」


 失恋更生委員会が励ます組織であっても、誰かを死地に送ることは初月にはできない。

 今、目の前でまた泣きそうになっている人がいる。

 普段は番長として恐れられる強い人だが、恋を前にしたら誰だって一人の女の子だ。

 彼女を励ましたい。何か気の利く言葉を投げて安心させたい。何か画期的な方法を考えついてこの状況を打開したい。

 だが、何も思いつかなかった。

 日向に頼りたいが、今頼られているのは目の前にいる自分だ。

 何をしてあげたらいい──わたしなら何をされたいか。


 ──ただ、そばにいてほしい。


 初月はギュッと火炎寺のことを抱きしめた。


「……師匠?」

「ごめんなさい。わたしにはこんなことしかできません。けど、泣きたい人に寄り添ってあげられるのがわたしたち失恋更生委員会なんです、だがら──」

「師匠……泣き過ぎじゃね?」

「うぅ、ごべんなざい……‼︎」


 初月の泣き顔を見て、火炎寺は思わず笑ってしまった。


「師匠は優しいな。アタシを喜ばせようとしたり、アタシのために泣いてくれたり。今までそんな奴いなかった。こんなにボロボロ泣く人も見たことないし」


 火炎寺は持っていたハンカチで初月の涙を拭いてあげる。


「ありがとう師匠。一緒にいてくれるだけでアタシは嬉しいよ。だからもう泣くなって」


 初月の頬に触れられた火炎寺の手のひらは、とても温かった。



   **



「……すみません。なんか恥ずかしいですね」

「そ、そうだな」


 初月の涙が枯れるまでは結構な時間がかかった。

 それまで夜遅くに屋外で女の子二人が抱き合って泣いていたことを考えると、気恥ずかしい。

 火炎寺が気分転換にと新しい話題を振る。


「そ、そうだ、もうすぐ文化祭だよな。師匠の方は誰かと回ったりするのか?」

「いえ、わたしはまだ……」

「あ、ああーそうなんだ。へー、あ、アタシも、いなくてさ。まぁ、今年だけじゃないんだけど。だからいつも文化祭は休んでた。一人で騒がしいとこにいるのは寂しいからな」


 彼女の周りには誰もいなかった。怖がられているのは分かっていたから、自分から友達を作ることもなかった。


「だから、そのさ、文化祭を一緒に行かないか⁉︎ 本当はあいつと回ってみたかったけど、それが叶わないアタシの失恋更生ってことで、ど、どうかな……?」

「もちろんです。こちらこそ、お願いします……!」

「だよな……え⁉ ほ、本当か⁉︎ ふぅ、よかった……またフラれたらどうしようかと思ってたよ」

「そんなことしないですよ。わたしは失恋更生委員会ですから。それに、失恋更生じゃなくても、わたしも友達みんなで回りたかったですから」

「……友達、アタシが?」

「……? はい、そうですよ。ひなたちゃんも七海くんも、もちろん火炎寺さんも。最初から誘おうと思っていたので」

「し、師匠‼︎」

「わわ、その呼び名やっぱり恥ずかしいですよ……!」



   ◇ ◇ ◇



「おつかれ〜」の言葉が方々に飛び交う教室。

『焼きそば屋』を担当する一組は、仮設テントに貼り付ける装飾品を完成させた。

 明日は材料を買って、放課後に調理室で調理の練習を行う。生徒会と保健委員の指導の下、美味しくかつ安全であるものを提供できるように。


「日向さんも部活だったのに手伝ってくれてありがとう」

「ううん! これくらい大丈夫だよ!」


 日向日向は一組である。

 彼女のシフトは、一日目は全日、二日目は全休。

 初月から『文化祭を一緒に回りませんか?』との連絡がグループRINEで来ていた。


「ういちゃんったらー、いつのまにかあゆゆと仲良くなって、お姉さん妬けちゃうよ!」


 ただ、火炎寺の中で一区切りついたらしく、これからは失恋更生となることを知って、日向は一安心していた。

 好きを認めず、想いの熱を発散できずに心の中でずっと燻っていた火炎寺が、自分の気持ちを整理できたのは失恋更生への大きな進歩だと言えた。

『一日目はお店でお出迎えするよ〜。二日目はみんなで回ろうね!』と返事しておいた。

 ただ七海から『シフトに加えて実行委員もあるから一緒には回れない』との返事があり、ちょっと残念だな、と日向は思った。

 一組のクラスメイトに「また明日ねー!」と告げて夜の教室を出て行った。


「日向さんって可愛いよな」「明るくて元気だし、何気にポイント高くね?」「けど、日向さんって──」のところで聞こえなくなったが、彼女は気にしなかった。


「あ、そうだ。七海くんはまだいるかなー」と校舎反対側にある七組まで、真っ暗な廊下を早歩きして向かう。

 もうすぐ完全下校時間である。どのクラスも準備に追われてギリギリまで作業をしていた。

 七海のクラスも例外ではなかった。

 数人のクラスメイトと一緒に、ブルーシートの上で段ボールを黒色に塗っていた。

 制服が汚れないように着替えた体操ジャージにはところどころペンキが付着している。

 けれど、そんなことは気にせず、七海はただただ自分の作業に集中し、没頭していた。大変そうだけど、楽しんでいそうだった。

 七海にちょっかいでもかけようかと考えていた日向だったが、邪魔しちゃ悪いかなと思い、こっそり一人で帰った。

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