Case.26 好きな人の家に歓迎された場合
「本当にありがとう。子供たちを助けていただいて。どうぞゆっくりしてって」
雪浦の母、
色々あって、雪浦家に来たアタシは、晩御飯をご一緒させてもらうことになった。
遠慮はしたつもりだが、欲望に負けてしまったな。がめつい女だと思われたらどうすんだ、アタシのバカ!
……まぁ偵察ってことにすればいいか。うん、そうだな。
グッジョブだ三葉と四郎!
漕ぐたびに軋む、錆びついた雪浦の自転車に案内されて着いた時は驚いた。
雪浦家は狭い空き地に建った一軒のあばら家だった。
外壁は木の枝で覆われ、むしろ支えているのは植物であるかには建物が少し歪んでいた。トタンの屋根はボロボロで少しの雨風で吹き飛んでしまいそうなくらいだ。
ここに家族で暮らしているのはかなり狭いだろうが、それでも幸せが家に収まりきらないほどたくさん随所に感じられた。
「「それじゃあ手をあわせて、いただきます!」」
三葉と四郎(この二人は双子らしい)の号令で晩御飯を食べ始めた。
「……美味しい」
「あ、ありがとうございます」
「二美の料理はとっても美味しいの。じゃんじゃん食べて♪」
まだ中学生なのにこの腕前は、中々のものだな。
これが、雪浦が毎日食べている味か……とてもアタシ好みだった。
誰かとこうしてご飯を囲んで食べるのは久しぶりだ。
いつも一人だったから、今日のご飯がとても美味しく温かく感じた。
「ごちそうさま」
「え、雪浦どっかに行くのか?」
「バイトだ。好きに帰って大丈夫だから」
食後、アタシが双子たちとおもちゃで遊んでいると、雪浦は外出の支度をする。もう外は暗い。
「一真、いつもありがとう。でも、無理しないでね」
「母さんこそ」
「「お兄ちゃんいってらっしゃーい!」」
「あぁ、行ってくる」
今までに見たことない優しい顔で、雪浦は家を出た。
その表情に、アタシは今、心が動いた気がした。
「歩美さん、でいいかしら?」
「は、はい……!」
「一真のお友達?」
「いえ、友達でも、クラスメイトでもなくて、えっとライバルみたいな感じですかね……」
「なるほどなるほど……もしかして一真に〝ほの字〟かしら?」
「「なっ⁉︎」」
アタシと、なぜか雪浦家の長女も同じように驚いた。
「「えー! やっぱりお兄ちゃんの彼女なのー⁉︎」」
「だ、だから違うって……!」
双子の言葉に戸惑ってしまう。
その二人を抱き寄せた零奈さんも興味津々なようだ。
「あら、違うの? 私の見る目も衰えたかしら。好意の矢印はとても向いてはいたけども」
「ち、違います! 彼女どころか、好きというわけでもないですから……!」
「粗茶です」
机に強めに置かれた。さっきから当たりが強い。
最初は命の恩人だとして感謝されたのに、雪浦の話になると長女は警戒心丸出しでこちらを見定める。
水より薄いお茶は熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい温度ではあった。
「じゃあライバルならどのような感じで一真と競ってるのかしらっ! こうお互いに力を認めあうような関けッホッケホッ」
「ちょっとお母さん、興奮しすぎ」
零奈さんが咳き込むと、長女が母の背中をそっとさすってあげる。
もう六月だ。夜は快適に過ごせる気温だというのに、雪浦母は真冬であるかのようにとても温かい格好をしている。
その後も時々、喘息の症状が出ている。病欠というより普段から体調が悪そうだ。
「大丈夫ですか……?」
「ええ、平気よ。学校での一真について聞いてもいいかしら」
「……あいつは寡黙で頭良くて、ライバルどころか、アタシのことなんて眼中にないみたいで。それは少しムカつきますけどね」
「まぁ……! なんと可愛らしい! そっかぁ。一真もモテるようになったかー。お母さんとして嬉しいなー」
「い、いや、だから好きって感じじゃ……」
「いいえ、それはLOVEね。愛しているといった具合かしら」
「ら……⁉︎ らぶ⁉︎」
「あら、
ある意味母親の許可が出た。しかも雪浦に彼女はいないと知り、少しだけ嬉しくなった。
だが、妹の二美はそうはいかないようだった。
「騙されないでお母さん! 女子高生なんて信じちゃダメなんだから!」
「あなたも来年は女子高生よ。それに恩人でしょ」
雪浦と同じこと言われてんな。
「うっ……それはそうだけど……けど、お兄ちゃん忙しいから。あなたに構ってられるほど暇じゃないのよ!」
「バイト、ですよね……」
友出居高校はバイトが校則で禁止されている。
けれども、家庭が経済的困窮をしている場合、許可されることがある。これ以上の説明はいらないだろう。
「一真は私たち家族のために働いているの。お父さんがいなくなっちゃって、私は病気で働けなくて。もちろん政府や自治体からの補助金はちゃんと貰っているわ! あの子そういうのも詳しいから!」
「あいつらしいですね」
「けれど、それでも足りない。一真は弟たちが不自由なく暮らせるように、バイトをいくつも掛け持ちしているの。高校も歩いて通えるところを選んで、大学も行かずに就職すると言って聞かないし……」
どんなに偏差値の高い大学に行こうとも、お金を得るなら早く就職した方がいいと考えているのだろう。今、勉強しているのは、少しでも就活のアピールになるからと、弟妹たちの勉強を自分が見てあげるため。
「本当は私が働かないといけないのに、情けないわ……」
「お母さんは悪くないよ! 悪いのは全部あいつだし……。とにかくお兄ちゃんはバイトと勉強で忙しいの。彼女作る気なんてないんだから! それに私があんたなんて認めないから!」
八方塞がりだった。
別に雪浦の気持ちがどうとかじゃない。そもそも恋愛する環境にないのだ。
これから二美たちはお風呂に入り、小学生の弟妹はもう寝るとのことなので、さすがにこれ以上邪魔してはいけないと思い、帰ることにした。
零奈さんが玄関先まで見送ってくれる。
「さっきはごめんなさいね。二美が失礼なことを言って」
「いえ、全然平気ですよ」
「あの子は昔からお兄ちゃんっ子で。いつも一緒だったから。きっとお兄ちゃんを取られたくないのね」
「アタシはそんな、妹さんの言うように雪浦くんと釣り合わないですよ……」
「そんなことないわよ。私が気に入ったもの! だから一真もきっとタイプよ! 同じDNAですから!」
清々しいほど謎の自信。
「一真にはむしろ恋愛してほしい。あの子には色々と苦労をかけてきたから。せめて高校では青春してほしいの。もし、うちの息子でよかったらよろしくね。お母さん応援してます!」
「は、はい……」
アタシは曖昧な返事をした。
──一人彼を想いながら、家に帰っているとスマホが鳴った。
師匠からだ。
『あ、もしもし……火炎寺さん。あの、一つ思いついて電話したんですけど、今──』
「……うぅ、シショー!」
『えぇ、火炎寺さん⁉ どうされたんですか⁉』
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