Case.25 寝過ぎた場合
「──おとうさんおかあさん! みてみて! また一番とったよ!」
「あら、凄いわ……! 歩美は本当によくできる子ね」
「あぁ、自慢の娘だ」
「えへへ。次も一番になるね!」
「──おとうさんおかあさん! また一番!」
「……歩美は本当にいい子ね」
「うん! ……おかあさん元気ない? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。少し休んだらよくなるから」
「──おとうさんおかあさん! また一──」
「歩美。大きな声を出すな。分かったから少し部屋を出てなさい」
「……うん」
「──おとうさん……学校のテストで一番だった。……ねぇ、おかあさんは? わたし、また一番取ったよって伝えたいのに」
「そんなことで……いちいち報告しに来るな」
──アタシは、幼い頃、母を病気で亡くした。
父は名医と呼ばれるほど優秀な医者だったけど、難病の母を救うことはできなかった。
それからアタシは勉強を頑張った。アタシが医者になって、人の命を多く救うために。
テストは当然一位。けれど、所詮は公立の小学校。中学は難関私立校に入学したけど、そこでの成績は平均でしかなかった。
本当の天才には勝てなくて、気晴らしにしてみたスポーツや芸術では一番になり、いずれは勉強から逃げるようになって……近くの高校を受け直して来たけど、憂さ晴らしするかのように暴れて二週間停学になって。
井の中の蛙でいたいから、こんな高校で学年一位でも取って、偉そうに主席の座に君臨してやろうと思ったのに、あいつがいて。
ムカついたから、こいつに勝って一番になってやろうと思ったのにまだ勝てないし。
父には一切振り向いてもらえないし。
……あれ、結局アタシって何のために一番を目指してるんだっけ。
◇ ◇ ◇
「──寝過ぎた」
ある休日の昼下がり。
アタシはやっと起きた。寝ることが好きだ。無限に寝てられる。
いっつも遅刻してるから、周りから不良だと余計に言われるようになっちまったけど。
……何の夢を見ていたか忘れたな。普段、内容覚えていないけど、今日はなんだかいい気がしなかった。
「──ニャンコに会おう」
アタシはそう決心し、着替えて町へと繰り出した。
趣味は野良猫たちに会いに行くこと。いくつか猫スポットを巡って癒されに行く。
「にゃんにゃんー、ネコちゃんん……、か、かわいいなぁ……。きょ、今日こそ触らせて──いニャッ⁉︎」
ま、まぁ猫はマイペースだから、機嫌悪い日だってある。そういう振り向いてくれそうでツンケンしているところも可愛いからな。
色々巡ったあと、遅過ぎる朝ご飯を買うためにスーパーへと立ち寄った。
「……あ」
そこには雪浦がいた。店員と同じ格好をしている。てことは店員か。
ここでバイトしてたのか。うちの高校はバイト禁止だぞ。別に誰にも言わんけど。
陳列の仕事をしている彼を先に見つけたので、向こうにはバレていない。って、アタシがいても気にしないか。
相変わらずの無表情で、淡々と仕事をこなしている。多分優秀。レジの仕事も年季の入ったおばちゃんよりも手際がいいし、礼儀もしっかりしている。無表情だけど。
……あ、これはアタシが暇だったからちょっと観察していただけであって、別につきまとっていたわけじゃない!
──はぁ、アホらし。帰ろう。
駅に向かう。もう夕暮れ時だ。一体何時間あそこにいたんだろう……。
途中、小さな公園のそばを通っていると、道路に面した入口で、何やら揉め事が起こっていた。
「おぉぃっ‼︎ なにさらしてくれとんじゃ? おん? お前らのボールが兄貴の車を傷付けやがってよぉ⁉︎」
「「ひぃっ⁉︎」」
「嘘つかないでください! これはゴムボールですよ。そんな引っ掻き傷ができるわけじゃないですか!」
中学生ぐらいの女の子とその弟妹であろう子供たち三人が、強面の男二人に脅されていた。
状況を見るに、車の傷を子供たちが遊んでいたボールのせいにして金を巻き上げようとしているんだろう。大人のくせに情けないな。
「いいから金出せやぁ! 弁償しろよおらぁ!」
「は、払いません!」
「ふぅ……なら仕方ない、一緒に事務所来てもぶっ⁉︎」
「あ、兄貴⁉︎ ひゃぶん!」
ここってそんなに治安悪かったっけ? とりあえず軽く小突くようにして、一撃で落とした。
その後すぐに騙してたことを泣いて謝罪し、エンジン吹かせて逃げていった。
「おねーちゃんすごーい!」
「おねーちゃんカッコいいー!」
アタシのことを怖がらない小学生くらいの男女が足の周りでキャッキャしている。
お、おぉ……褒められるのは好きだから素直に嬉しいな。
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか──」
「いや、いいよ。日常茶飯事だから」
「あんなのドラマでしか見ないですけど⁉︎」
よく、ネコちゃんたちを虐める輩をシバいてたら、後日絡まれて……みたいなのが多いからな。
アタシはそのまま帰ろうとすると、小さい子たちが口を揃えて「おねーちゃん一緒にご飯食べよー!」と言った。
「ちょっと、
「平気。ありがたいお誘いだけど、遠慮しておくよ」
「「え~……あ、お兄ちゃん!」」
ガッカリした二人だったが、すぐに興味は後ろからやって来た人物に移った。
「どうも──って雪浦⁉︎」
振り返るとそこには、自転車に跨った雪浦がいた。
と、間髪入れずに先ほど助けた女子が抱きつく。
「なっ……⁉」
「うぅ、怖かったよ……!」
「くっつくな、暑い」
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ雪浦……⁉ そ、そちらの女の子とはどういう関係で……⁉」
「それはもちろん愛する──」
「妹だ」
「もうお兄ちゃん! 〝愛する〟をちゃんと付けてよ!」
どうやらアタシが助けたのは雪浦の妹たちだったようだ。
それにしては、距離感が近い気はする。
「
「三葉でーす!」
「四郎でーす! あのねお兄ちゃん! さっきこのおねーちゃんが助けてくれたんだよ!」
小学生がそうアタシを褒めちぎるから、きちんと事情を雪浦に説明した。
「そうか。どうやら二美たちが世話になったみたいだな。ありがとう」
「お、おう……」
素直に感謝されて何だか照れくさいな。
てか、さっきから妹がベタベタしているけど、ガン無視なのか。雪浦のスルースキルってこれが原因なのか?
「と・こ・ろ・で……お兄ちゃんと知り合いみたいですけど、二人はどういう関係で?」
「「もしかしてお兄ちゃんの彼女ー!?」」
「はぁ?」
「ち、違うぞ! 友達じゃなくて、えっとテストで競うライバルみたいな感じか?」
「最近、付き纏われている」
「ガーン!」
ア、アタシのアピールは本当に何も届いてないのかよ……。
落ち込んでいると二美の様子が変貌する。
「なっ、悪い女ですか⁉ 騙されないでお兄ちゃん! 女子高生なんて信じちゃダメなんだから!」
「来年は二美も女子高生だろ。それに恩人じゃないのか」
「うっ……そうだけど……けど、お兄ちゃんを狙うのは悪人なんだからー!」
「帰るぞ」
雪浦はどうでもよさそうにその場を後にしようとする。「あ、待ってー」と二美も後を追いかけていく。
せっかくまともに会話したのは初めてなのに、このままでいいのか……?
アタシは……くっ!
「雪浦‼︎」
呼びかけると全員が振り返る。そうか、全員雪浦だったな……。
「あのさ、もうすぐ文化祭だろ。ど、どうだ、もし良かったら文化祭一緒に回らないか。まだ、誰とも約束してなくてさ」
「……お断りさせてもらう」
「え、それは何で……」
「その日はバイトだ」
フラれた。
何かが変わることなく、雪浦は立ち去ろうと──
「ねぇねぇお兄ちゃん! 強いおねーちゃんも一緒に今日はご飯食べよーよ!」
「おねがーい」
幼い子供たちが無垢な願いを遠慮なくぶつけるが、今フラれたばかりだぞ⁉︎ これで実家行くのめっちゃ気まずくないか⁉
雪浦二美も「お姉さんを困らせてはダメでしょ~?」って、(来るなよ)圧を強くかけてくる。
「来るか?」
「え、え?」
「三葉と四郎が気に入ってるみたいだ。うちでご飯食べていけばいい」
「……い、いいのか⁉」
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