Case.28 すれ違う場合


 文化祭前日。

 最後まで準備に追われていた。

 俺は文化祭実行委員として、指示出し、作業管理に雑用、もちろん自分も作業をしての大忙しだった。

 お化け屋敷の壁や装飾を教室に飾り付けただけでなく、部活組に頼んでいた仕事ができていなかったので、その作業も補った。

 正直かなりヘトヘトだ。ここまで活動するとは思ってなかった。

 けれど、こうやってクラスのために働いたおかげでみんなと話せるようになった。なんなら前よりも仲良くなった。

 名誉挽回したい、みんなのために活躍したい、もっと仲良くなりたい。

 俺が動く理由にはこれで十分だ。


「あれ、暗幕足りなくない? どうする? これじゃ光漏れるけど」

「なら俺が生徒会に行って、暗幕まだ借りれるか確認してくるよ」

「お、七海あざーす」

「俺に任せとけって」


 確か備品を管理してるのはあの人だったよな。生徒会室にいるはずだから急ごう。時間が惜しい。



   **



 けれども、思ったより時間がかかってしまった。

 備品担当の生徒会役員が別クラスで起こったトラブルに駆り出されており、いなかったのだ。

 偶然にも氷水が戻ってきたが、さすがの完璧彼女でも勝手な判断で渡してはいけないとして、結局その人から連絡が来るのを待っていた。

 クラスのみんなが待ってると思い、暗幕を受け取ったらすぐに、走って戻った。


 ──教室が少し騒がしい。多くの生徒が廊下から中の様子を伺っている。

 群衆を掻き分けて入ると、ある女子生徒が憤り叫んでいたのだ。

 その様子を見て、俺は絶望に近い感情を抱いた。


「──日向、お前何してんだよ」

「……あ、七海くん」


 日向は俺に気付くと、さっきまでの怒号は急に弱々しくなった。


「…………騒いでるのはお前か?」

「あ、そ、そうだけど、そうじゃなくて! ねぇ聞いてよ七海くん!」

「……なんだよ、お前。せっかくここまで戻れたのに、俺のことそんなに邪魔したいのか」

「ち、ちがうよ! だって、みんなおかしいだもん‼︎」

「おかしいのはお前だろ‼︎」

「……っ」


 静かになった。騒がしかった日向が黙ったから。

 こいつは、俺がクラスで上手くいこうとしていたのを騒ぎ散らすことで邪魔しようとしたのか。どこまで人を振り回すつもりなんだ。


「こいつ俺を突き飛ばしやがって……! こっち来いよ‼︎」


 一人の男子が日向に掴み掛かろうした。止めるべきだろうが、俺は動く気になれなかった。

 だが、その手は飛び入りしてきた女子生徒の手によっていとも簡単に止められる。


「うぐっ⁉︎ 火炎寺……⁉︎」

「男が女の子に手を出すな。なんだ、相手だったらアタシがしてやろう。左右の手でも入れ替えてやろうか?」

「チッ、ぅるせぇな、おい、行くぞ」


 火炎寺を振り払った男子生徒と、半笑いを浮かべた仲良い数人が、教室を出て行った。

 それを皮切りに廊下にいた生徒も自然と解散していく。


「………………」


 そして、日向も何も言わずに走って逃げて行った。

 俺が、俺が今するべきなのは──


「……さ、作業しようぜ、みんな。あいつらどっか行ってサボりやがってー。ま、残った俺らで続きしよう。暗幕借りてきたから──」

「追わないのか?」

「……別にいいだろ。あいつはどうせケロッとした顔で戻るから」

「それ、本気で言ってんのか? 今、追いかけないと後悔するんじゃ──」

「俺にとったら、文化祭を成功することが一番優先事項なんだ。ここを離れた方が後悔する。それよりも火炎寺は失恋更生するんだろ。自分のこと考えたらどうだ」

「……そうか。同じ委員会の仲間だと思ったが、お前は違うんだな」


 火炎寺はこれ以上何も言うことなく、立ち去った。

 俺はやらされていただけだ。どこにも行けないからいただけなんだよ。

 今は戻る場所ができた。俺がそこにいる必要はもうない。

 それにあいつは大丈夫だ。日向は明るくて元気な奴だ。ずっとドヤ顔で笑ってて、すぐ元通りになるはずだ。

 けれど、そういや、静かになったところは初めて見たな。


「……そうか、あいつはあんな顔もするんだな」


 日向とはそれ以降会うことも、連絡を取ることもなく、お互いギスギスしたまま文化祭本番を迎えることになった。



   ◇ ◇ ◇



 一日目


 友出居高校の文化祭は二日間行われる。初日は在校生のみ。二日目である土曜日に外部から人を招き入れる。

 この日の俺はずっとお化け屋敷の受付だ。絶えず客は訪れるが、在校生のみなので混み具合も知れてる。教室内ではお化け役になった奴らが驚かし、客(主に女子)をキャーキャー言わせている。


「いやー、反応は上々だな! これは俺たちが優勝したようなもんだろ!」

「あー、そだな。いらっしゃいませー!」


 だが、俺に対してのクラスの反応は薄い。今日は朝からこんな調子で、溝を感じる。昨日の騒動が尾を引いているのか……。

 いや、大丈夫だ。今度こそ俺なら上手くやれるはずだ。


「……七海くん」

「お、初月さん。と、火炎寺か。今は失恋更生中か。てことは、初月さん責任重大だな」

「う、うん……。その、ひなたちゃんと喧嘩したって本当ですか?」

「あー、全然全然。そんな大したことじゃないよ。いつもの気まぐれだから」

「でも、ひなたちゃん、いつもの感じじゃなかったです。わたしたちさっき一組の焼きそば屋に行ったんですけど、元気なくて……」

「道草でも食って、腹でも痛いんじゃねーか?」

「おい、お前──」

「はい、じゃあ十人お入りくださーい」


 火炎寺が何かを言う前に、俺は二人を教室の中に入れた。半ば強引に。


「後でちゃんと話し合った方がいいと思います」


 初月は遺言のように言葉を残していった。

 話し合うって何を。俺はあいつが焼きそば屋で、一組であることすらも知らなかったんだが。自分のことを話さない奴と何を話せる。

 俺が聞かなかったからか? 聞けば話してくれるか?

 あいつがやったことは散々許してきた。仕方なしに付き合ってきた。

 けれど、今回は違う。俺がせっかく築き上げてきたものを壊そうとした。

 ……いや、そもそも告白後のトドメを刺したのは日向だったよな。

 今さらどう謝ろうと許しはしない。


 ──雲行きが怪しくなってきたな。雨が降りそうだ。

 受付から目の前の窓に映る空を見て、ふと思っていたら予感は的中。

 突如、雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってきた。ゲリラ豪雨だ。当たりすぎだ。

 外にいた生徒はみんな校舎に避難。一時、文化祭が中止となった。


 やがて、ずぶ濡れになった生徒たちが次々と上ってくる中に混じって、日向もいることに俺は気付いた。

 七組と六組の教室を使っているお化け屋敷の受付は階段側にあるために向こうもすぐに俺の存在に気付く。

 文化祭用のクラスTシャツを着た日向は髪から足まで全身濡れていた。店の物を撤退するのに長時間雨中に晒されていたのだろう。

 立ち止まった彼女の足下にはもう水溜りができていた。


「………………」


 俺が声もかけずに目を逸らせば、日向は何も言わず消えていった。向こうにも話す気がないらしい。

 結局、豪雨がおさまることはなく、大雨警報が出されたために文化祭一日目は中止となった。

 学校中から文句が上がる中、俺は文化祭をあんなに楽しみにしていたはずなのに、早く帰れることが少し嬉しく思った。



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