Case.12 ターゲットの家に取り残された場合


 ──みなさん、こんにちは。初月ユウキです。

 失恋更生委員会として皆さんのお役に立ちたい。その想いでわたしは氷水沙希さんのお家にお邪魔しました。

 そして今、わたしはベッド下にいます。

 ど、どうしてこうなっちゃったんだろ……。

 それは、ほんの数分前に遡ります……



   ◇ ◇ ◇



「ういちゃん! さっそく生徒カイチョーの弱みをさがそー!」


 七海の手引きで氷水の寝室に侵入した日向と初月。

 これ不法侵入だよね……。と初月は思っていたが、もう考えないようにした。

 日向も行く時に言っていた。


「バレなきゃ問題にはならないんだよ」


 けれど、そういう問題ではない。

 善意からの問いかけと罪悪感に耐えられるかが問題なのである。


 部屋は氷水のイメージらしくシンプルだった。余計なものは置かず、本棚は参考書のみ。


「うーん、面白くない部屋だね。でも、こういう部屋こそ隠してるものはきっとエグいよ!」


 日向はエグいセリフを笑顔で言った。


「生徒カイチョーからはキツイ失恋臭がしたからね。てか、ここも残り香がキツイ! きっとどこかに失恋相手が誰だか分かる証拠があるはず! 大体こういう時の隠し場所といえば、ベッド下! クローゼット! 机の引き出し! じゃあ手分けして探そっか。ワタシはクローゼット探すから他お願い!」


 日向は臆せずにクローゼットを開ける。

 初月もベッド下を覗いてみるが、物は何もない。掃除が行き届いていて埃すらもない。

 けれど、奥に毛玉みたいなのを見つけ、それを手に取ろうとベッド下に手を伸ばすと、いきなり日向が叫んだ。

 初月は驚いて、ベッドに頭をぶつける。


「うぉー! 見てー! ういちゃん! 生徒カイチョーのブラジャー! デカイよ! 大玉メロン袋だー!」

「うぅ、ひ、ひなたちゃん……! ダメだよぉ、勝手に人の下着を漁ったら……!」

「もうここに勝手に入った時点で何しても同じだよ」

「つ、罪を重ねちゃダメだよ……!」


 すると、誰かが帰ってきた音がした。


「まずい! 生徒カイチョーが帰ってきたのかも!」

「えぇ⁉︎」


 日向の言ったとおり、沙希母と七海の声も聞こえてきたことから、氷水沙希が帰ってきたことが確信に変わる。


「ど、どうしよ……!」

「逃げるよういちゃん!」


 と、日向はさっさとピョーンと窓から出て行った。

「ここ二階だよ⁉︎」と言う間もなく日向は無事に家から離れて行く。

 初月も追いかけて逃げようとするも……できなかった。

 彼女は高所恐怖症だった。

 ロープもなしに、自分の身長より高いところから飛び降りるのは無理だ。

 でも、そうこうしている内に階段を上る足音が。

 今さら覚悟を決めて窓から降りたとしてももうバレてしまう。

 間に合わない……!



   **



 そして、初月はベッド下に隠れたのでした。

 七海も二人が脱出したのだろうと思い、帰ってしまった。

 グループRINEで連絡は取れるが、一人取り残されてしまった初月は出るタイミングを完全に失ってしまった。

 さらには、氷水がずっと自室に留まっているため、下手に動くと物音でバレてしまう。息を押し殺して、ただただ潜んでいた。

 もし見つかれば、確実に警察は呼ばれる。そうなってしまったら、自分は捕まってしまうのではないか……⁉︎ 両親を悲しませ、失恋更生委員会もこれが原因で破滅……!


(……あれ、わたしがここにいるのは委員会の活動で……ダメダメ! 他のせいにしちゃダメだよぉ! とにかく隠れ続けないと……!)


 結構な時間が経った。

 それでも尚一人で黙々と勉強し続ける氷水。

 すると、区切りが付いたのか、席から立ち上がって背伸びをした。

 氷水の学年順位は常に一桁。ここ最近のテストではずっと三位をキープし続けている。


 ──やっぱり努力をし続けているなんてすごいな……──と、初月が感心しながらベッド下から見ていたら、スカートが急に目の前に落ちてきて声をあげそうになる。

 氷水が着替えだし、スカートをベッドに投げ捨てたみたいだ。

 見てはいけない……ただ、同性であるから見てはいけないこともないけど、やはり不法侵入している身なので見てはいけない。

 でも、日向の言っていた胸の大きさに思わず見入ってしまう。

 自分もあれだけ大きかったらな……と、つい羨望の眼差しを向ける。

 いまだに初月の存在に気付く様子はない、下着姿となった氷水は、机の引き出しから鍵のような小さな棒を取り出すと、ベッドに上る。

 それを、壁に空いた視認できないくらい小さい穴に入れて回すと、鍵を取っ手にそのまま横に開けた。

 クローゼットの横側、壁の中に大きな空間が出現したのだ。

 とんだビックリハウスに驚くも、きっとここに氷水の秘密があると踏んで、初月が体勢を逆向きに変えると何かを踏んだ。


「…………‼︎」


「……なに?」


 声にはならない声に、真上にいる氷水に気付かれてしまった。


(このままだったら刑務所に行っちゃう⁉︎ どどどどどどどどどうしよっ⁉︎)


 どうすることもできない初月の眼前、氷水の手がベッド下の淵にかかる。


(お、終わった……)


「──なんだ、マサムネか。そんなとこにいたのね。もう、驚かせて」


 氷水が見つけたのは初月、ではなく猫だった。

 モフモフの毛玉みたいな猫。さっきベッド下にいたのはこの子だった。

 見つからなくて良かった……と安堵していると、


「──政宗ぇ……うっ、うぅ……」


 氷水は顔をベッドにうずめ、すごい泣き出し始めた。

 下着姿で、猫を抱えて、という何とも言えないビジュアルで号泣している。

 その答えはクローゼットの中にあった。

 壁や天井にビッシリと貼られたある男性の写真。男性に関するグッズの他にも、様々な男性アニメキャラのグッズが所狭しに飾ってあった。

 これはまるで、祭壇──氷水が祀り上げるようにして作り上げたこの空間。

 この男性に既視感を覚えた初月は、氷水の言葉から名前をスマホで検索した。

 柴崎政宗しばさき まさむね。少年から老人まで、広い声域を持つ実力派の超人気声優がヒットする。

 祭壇にいたランダムなキャラクターたちの共通点は、その声優が声を担当したこと。

 そして一昨日、一般女性と結婚した。


「どうじでぇぇ! どうじぢぇなの政宗ぇぇ……!」


 阿鼻叫喚は止まらない。涙や鼻水に汗、身体中の体液が流れるのも止まらない。

 氷水はオタクだ。しかも限界突破した限界オタクだった。


「沙希ちゃーん、ご飯できたわよ〜!」

「……っ! 今いく」


 ピタリと涙を止めた氷水は、部屋着に着なおして、部屋を出て行った。

 大好きな声優が結婚したことによる失恋──それにより他者への当たりが強くなったと考えられる。

 これが、彼女の抱える秘密。

 母の前では気丈に振る舞うことから誰一人として打ち明けず、隠し通してきたのだろう。


(早くこのことをみんなに伝えないと……! あ……充電が……。……え?)


 氷水がいなくなったのを機にスマホで連絡しようとするも充電切れ。

 さらには猫と目が合ってしまった。

 少しでも動けば襲い掛かるぞ。

 そう言いたいかのような眼差しでジッとこちらに狙いを定めている。

 ベッド下からも出られずに狼狽えていると、食事を終えた氷水が帰ってきてしまった。

 そのまま部屋で過ごし、午後九時には就寝。

 そして初月は出られないまま、氷水とベッド越しに一夜を過ごした。



   **



 寝落ちしてしまった初月が目を覚ました時には、氷水はいなかった。猫もいない。

 まだ登校するには十分に早いが、このタイミングをさすがにもう逃さなかった。

 音を立てず、靴を履かず(靴は日向のバッグに一緒に入れてもらっていた)、靴下のままに飛び出した。

 あの日ステージに立った時よりも勇気を出したかもしれない。


「──あ、ういちゃん! おーい! おーい!」


 事前に聞いていた七海の家の前には二人の姿が。


「初月さん大丈夫だったか⁉︎」


 初月は激しく二度頷き、そして頭を下げた。


「いやいやそんな謝らなくても……! 日向のせいだからな全部」

「はい。ういちゃん。拡声器だよ」

『あ、ありがとう』


 まだ明朝なので、最小音量で拡声器をつける。


『えっと、ひなたちゃんもここにいるってことは、七海くんのお家に泊まってたの?』

「えっ⁉︎ う、うん。ういちゃんが心配だったからね……!」

『……? 何かありました?』

「えぇ⁉ ワタシたちは、特に、なにも、なか……ったから。うん、大丈夫だよ! ういちゃんに何もなくてよかったなぁ〜ははは〜!」


 どこかよそよそしい態度の日向。

 それと七海もそっぽを向いて顔を赤くしていた。


(あ、これは……なにかあったな……)


 色々、聞いてみたい、詳しく何があったか聞いてみたいけど、その前に初月はどうしてもやりたいこと、やらなければいけないことがあった。


『あ、あの……七海くん……』


 初月は左手で七海の腕を掴む。


『と、トイレ……貸してください……』


 爽やかな朝である住宅街で、拡声器を使ってそんな言葉を言うとは、思ってもみなかったと、初月はのちに振り返って赤面した。

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