Case.11 家に侵入する場合


 放課後。

 俺は氷水家のチャイムを何年振りかに鳴らした。

 いつもは親と一緒だったから、一人で来るのは初めてかもしれない。


「は〜い──あら周一くん、久しぶりね〜」


 出てきたのは、糸目が特徴的な氷水沙希のお母さん。

 昔から思っていたが、本当に綺麗な方だ。うちの昭和の母とは大違い。

 四十代後半であるはずなのに若々しく、今でも街でナンパに遭うとかなんとか……。

 あと、おっぱいがデカい。その遺伝子は着々と娘にも受け継がれている。


「お、お久しぶりです。沙希のお母さん」


 普段、あいつのことを氷水と名字呼びであるが、同じ氷水家の人を呼ぶ時は昔から沙希の○○としている。下の名前で呼ぶのはむず痒い気持ちになるんだよな。


「たまたま、あの、美味しいメロンがありまして、よければお裾分けにと思って、来ました」

「あら〜ありがとう〜」


 そんなわけない。これは俺が駅の百貨店で買った物だ。後で割り勘になるよな⁉︎


「あ、そうだ。よかったらうちで一緒に食べましょう。きっと沙希ちゃんももうすぐ帰ってくるはずだから〜」


 沙希母の性格上、そう誘いが来ることは読んでいた。

 ここで普段の俺なら断るが、


「あ、じゃあお言葉に甘えて……」


 今回はご一緒することに。

 リビングまで通されて、沙希母がメロンを切り分けてくれる間に、俺は「すみません、トイレお借りします」として一度部屋を出る。

 そして、沙希母にバレないようにゆっくりと玄関の扉を開け──


「ご苦労! 旗持ち! さ、早速潜にゅ⁉︎」

「うるせぇよ……! 沙希母にバレるだろ……!」

『七海くんがわたしたちを友達として紹介してくれたら……』


 初月の声量なら問題ないが、一応スマホに入力した文章を見せる。


「それは難しいな。氷水は自分の部屋に友達どころか家族も入れない。それを沙希母は分かってるから、俺たち三人で行っても部屋に通してくれねぇよ。だから沙希母は俺がリビングで引き止めているから、ちゃっちゃと探りを入れろ。くれぐれも静かにな」


「ぶぶっぶー」って、日向は俺の手で口を塞がれたまま「分かったー」って言った。


「初月さん、もし日向が暴走したら止めてくれ」


 初月は頷くが、本当に大丈夫かな……。

 二人を廊下にある階段から二階へ上がらせて、俺は沙希母に怪しまれないようにトイレへと行って、水を流した。

 その音に乗じて、二人はターゲットの寝室へと潜入する。場所は行けば分かるとだけ伝えておいた。

 氷水沙希の部屋の前には『SAKI』というネームタグが子供の頃からぶら下がったままであるはずだ。

 小さい頃、沙希父に作ってもらったという話を聞いていた。それを捨てるようなことをあいつはしないはずだからな。


 俺はリビングに戻ると、メロンを切り終えた沙希母と向かい合わせに座った。

 そこで沙希母は嬉しそうに色々と聞いてくる。


「沙希ちゃんって高校ではどんな子と仲良しなのかしら? 周一くんはお話しているの?」

「いや、俺はそんなに……。けど、向こうは生徒会長でみんなから信頼されてますから」

「そう、それは良かったわ。ただ……最近、沙希ちゃんなんだか悲しそうな顔しているの。それこそ誰かに相談していたらいいのだけど……」


 さすが母親。娘の様子がおかしいことに気付いていたか。


「ねぇ、周一くん。何か知っていることはあるかしら」


 けれど、何かまでは沙希母も把握していない。

 あわよくば沙希母から氷水の異変について聞こうと思っていたが、こちらで情報は得られなさそうだな。


 ガチャッ


 ……ん? ガチャッって言った? 

 日向と初月はもう出て行ったのか?


「あら、沙希ちゃんが帰ってきたみたいだわ」


 え⁉︎ 早くない⁉︎ 

 生徒会はテスト期間中であろうとも、来月の文化祭準備で仕事があると事前に調べていたのにか⁉︎

 出迎える沙希母を追いかけて玄関に向かえば、そこにいたのはやっぱり氷水沙希だった。


「どうして氷水が……?」

「私の家だからよ。私は今日、仕事特にないし……って七海こそどうしてここに?」


 怪訝そうな表情の氷水。

 当然の反応ではある。


「周一くんがね、美味しいメロンを届けに来てくれたのよ。沙希ちゃんも一緒に食べない?」

「いい。部屋で勉強してる」


 それはマズイ! まだ日向たちが部屋にいるはずだ!


「ちょ、ちょっと待て!」

「なに?」

「いや、沙希母もこう言ってるんだし、メロン一緒に食べようぜ。ほら、こんな悲しい顔を母にさせたらダメだろ」


 ショボーンとしている沙希母。氷水は人の痛みが分かる子だ。


「たしかにね」

「だろ……!」

「じゃあ、後でいただくよ。どうしても今すぐに片付けておきたい課題あるし」

「ちょっ……!」

「分かったわ沙希ちゃん。後で一緒に食べましょう」


 沙希母も折れた!

 氷水は階段を上っていく。なんとかして止めないと! 

 そういえば潜入方法考えてたけど、脱出方法考えてなかったな⁉︎


「ひ、氷水! 俺に勉強教えてくれよ!」

「はぁ?」

「いや、お前頭いいだろ。いっつも俺平均点ぐらいでさ。数学に関しては赤点ギリギリなんだよな。だから勉強教えてくれると……」

「私、七海に教えてるほど暇じゃないの。もうテストはすぐよ。まぁ、私がいつも使ってる参考書くらいなら貸すけど」


 それも取りに行くとして、氷水は部屋に向かう。

 このままではあいつらが見つかってしまう。


 ──くっ……! こうなったら仕方ない……! 

 恥を捨てろ……! 

 最終手段だ‼



「氷水沙希! 好きだ! お前のことが! だから俺と付き合ってくれ!」

「え、無理」


 ぐふっ‼︎


 傷付く俺に構うことなく、無情にも彼女は階段を上がっていく。


「周一くん……! 沙希ちゃんのこと……!」


 ああああああああああああああああああああああ‼︎ 

 沙希母の前で告白してフラレたぁぁ!

 結果はそりゃそうなんだけど、いつも以上に恥ずかしいぃ!


 と嘆いていると、沙希母は俺の肩を強めに掴む。


「なんだ周一くんも他と同じだったの。ダメよ。沙希ちゃんは私の可愛い可愛い一人娘なんだから。沙希ちゃんに男の毒牙をかけるわけにはいかないの。それは幼馴染であってもね」

「す、すみません、冗談です、ははっ」

「冗談で告白したの? 沙希ちゃんに?」

「……いえっ、本気でしたけど、ぼ、ぼくなんかが釣り合わないことを分かった上で告白した冗談といいますか、あはは……」


 怖ぇぇぇ‼︎ 今まで見たことないんだけどこの沙希母⁉︎

 耳元で脅すのすげぇ怖い‼︎ 糸目が開眼してるしっ‼︎ そして、それでも笑顔な沙希母がとても怖い‼︎

 そうこうしてる内に氷水は自室に入ってしまった。

 お、終わった……。

 これは警察案件だ。学校どころか社会からも居場所を失い、残りの学生生活を檻の中で過ごすことに……。

 だが、氷水は叫び声をあげることなく、反応もないまま参考書を持って来て俺に渡した。


「え……」

「え、って何。参考書借りたいんじゃないの?」

「いや、な、なんでもない……」

「あっそ」


 氷水は部屋に引きこもった。

 あいつらは無事に脱出できたのか? なら、いいんだけど。


「あー、じゃあ、俺は帰ります。勉強しないとなー、お邪魔しましたー」

「待って」


 沙希母が俺を呼び止める。さては消されるのか。


「これからも沙希ちゃんをよろしくね」

「あ、はい」

「それと……沙希ちゃんに近付く男がいたら必ず私に報告してね。沙希ちゃん自身に恋する気が今はなくても、今後もしかしたらそのような相手が現れるかもしれない」


 沙希母はノートを取り出す。

 そこには今まで氷水に告白してきた男のプロフィールが……え、全部把握してるの……?


「もし、報告を怠ったり、あるいは周一くんが手を出そうものなら……このこと、周一くんのお母様に言うからね」

「誠心誠意努めさせていただきます‼︎」


 氷水家に来て、弱みを握られたのは俺の方だった。



   **



「七海くーん!」


 外へ出ると日向がいた。

 俺たちが玄関を塞いでいたので、窓から出たらしい。


「無事だったんだね」

「ま、まぁなんとかな」

「ん? なんか臭くない? これって──」

「体臭だ。って、あれ? 初月さんは?」

「え? 後ろに……」


 日向は振り返るが、当然ながらそこに初月はいない。

 今度は口をつむぎ、汗を流しながら、またこっちに振り戻る。


「……置いてきたかも」

「置いてきたかもって……はぁ⁉︎ まだ氷水の部屋にいるってことか⁉︎」

「うーん、そういうことになるね」

「どうすんだよ⁉︎」

「そりゃもちろん、助けに行かないと!」

「けど、どうやって──」

「あ、ういちゃんからRINEだ」


 内容を見ると、『なんとか見つかってないです。隙を見つけて抜け出しますね……!』と顔文字付きで送られてきた。

 初月はRINEでは絵文字や顔文字をよく使う。


「ういちゃん……キミのことは忘れないよ……」

「お前が置いていったんだろ」

「仕方ないよー、生徒カイチョーがこんなに早く帰って来るなんて誤算だったんだからー」

「連絡は取れるし、今んとこバレてなくても、初月さん心配だな……」

「うーん、そだねー。ういちゃんがいつ出られてもいいように近くで待ってないとね。とりあえず七海くんの家に行ってもいい?」

「ああ、いいけど。……え?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る