三章 氷水沙希
Case.10 最大の敵が幼馴染である場合
「日向日向さん、七海周一。あなたたちの悪名は生徒会にまで轟いています。停学を受けた上でのこのような蛮行は即刻止めなさい。また停学にでもなりたいのですか?」
氷水沙希──昨年、高校一年生ながらにして生徒会長に抜擢、以来数々の改革を行なってきた。
やはり彼女の名を知らしめたものとして代表的なのは、教師の不祥事を暴いたことだろう。
就任直後に起きたあの事件をキッカケに、支持率を上げたといっても過言ではない。
今後、史上初の二期連続生徒会長として選ばれることは間違いなし。
生徒会が絶対的権力を持つことはフィクションの世界でしかないが、氷水の場合は圧倒的支持率と教師からの信頼によって、犯罪だろうと彼女であれば罷り通るとされている。
そして、類稀なる美貌と優秀な成績。既に名門大学の推薦を貰っているだとかの噂も……。
では、氷水は常に厳格かというと、そうではない。
スマホの持ち込み禁止を緩和させたのも彼女だし、公序良俗に違反しない程度の制服アレンジを認めるようになったのも彼女の力によるものだ。
生徒の声を何よりも大事にしている氷水。
当然モテるのだが、当の本人には自身の恋愛には興味がないらしい。
どんなハイスペックなイケメンだろうと、告白は全て振ってきた。可能性がある男は雨宮ぐらいだろうか。
氷水沙希はフラれる人間ではなく、振る側の人間。
そんな彼女につけられた二つ名は──〝
誰も彼女の心を溶かすことはできない。
「なるほど生徒カイチョーでしたかー。じゃあ、はい! 生徒カイチョー! ワタシたちは失恋更生委員会として、真っ当な活動をしているだけであります!」
「で?」
冷酷な一文字……何という破壊力、辺り一帯が凍りついたのかと思ったぞ……!
「みんなの失恋を更生させる……! これは立派なボランティア活動! ただ部活をしているだけだよ!」
けれども日向も負けていない。
太陽の如く燦々と輝く笑顔と自信たっぷりの態度は氷水の心を溶かすかもしれない……!
「部活、そうですか……。まず、テスト期間中なので活動禁止ですが」
「ガーン‼︎」
日向があっさり破れた!
「第一、あなたたちの団体は部活として認められていません。未公認団体の学内活動は全面禁止です。また、学校の空き教室を私物化し、私物を不法投棄していることが生徒会の調査で分かりました。私は甘いつもりですが、容赦はしませんよ」
そして、氷水は俺たちが一番恐れていたことを言い放つ。
「校則に則り、あなたたち失恋更生委員会は活動禁止。ただちに解散することを命じます」
**
テスト初日の一週間前からテストが終わるその日まで、勉学に集中するために部活は中止となる。
一昨日の月曜から、俺たちが停学している間にその期間が始まっていた。
活動内容と目的(大会が近いためとか)を書いて提出し、学校からの許可が出れば、一部、活動はできる。
が、そもそも俺たちの存在は未認可なので、提出云々とかではない。
失恋更生委員会は解散。
俺の居場所はこれにて完全に消え失せてしまったわけだ。
今は駅から少し歩いたところにあるイタリアンファミリーレストラン「サイゼリア」に日向と初月といる。ん? ヤ? ア? どっちでもいいや。
『ごめんなさい……わたしが拡声器を使ってしまったから……』
店内が騒がしくても、さすがに拡声器は使えないので、初月は文章に書いて出す。
「いやいやそんなことないよ。元々うるさかったわけだし、主に日向が」
「そーそー、元々うざがられたからねー。主に七海くんが」
ここが店内じゃなければ、大声でツッコミ入れてるぞ。
テスト勉強と言えば、友達みんなとファミレスでするのが定番のイメージだが、この近くには友出居高校をはじめ複数の高校があって学生が多いので、店でのテスト勉強は禁止にしているところも多い。
俺たちは別に勉強しに来たわけじゃないから、追い出されはしない。いや勉強しろ俺たち。
「で、これからどうするんだ日向」
「んー、そうだな〜」
勉強が正解です。
失恋更生委員会を引っ張っていくのは日向だ。こいつの指示に従うし、従わざるを得ない。
メニューの表紙にある激ムズまちがいさがしを7つ目まで見つけた日向は言った。
「なんか生徒カイチョーの弱み握れたりしないかなー」
最悪な解答⁉︎ やっぱり非道過ぎるだろこいつ!
「そういや七海くん。生徒カイチョーが来たときに必要以上に反応してたけど、もしかして知り合いだったりするー?」
ギクッと、効果音は出たなと言い切れるほどに反応してしまった。
「まぁ、知り合いっつーか、幼馴染なんだよ俺たち……」
「おー! 幼馴染! てことは、七海くんは幼き頃からフラレてきたんだねぇー」
「フラれてねぇし、別に好きにもなってねぇよ! 幼馴染は意外とそういう関係にならなかったりするんだよ。家族に近い感じだから。……といっても、まぁ、そもそもそんなに付き合いもなかったんだけどな──」
七海家と氷水家は、物心がつく前から家族ぐるみで付き合いがあった。
氷水沙希は出逢った頃から今と変わらず、委員長キャラ。
女子小学生の委員長といえば、口うるさく男子にガミガミ言って、先生に告げ口をするような──だが、氷水は何度も言うようにそんなキャラではない。
もちろん基本は厳しいが、男女分け隔てなく仲良く、怒る前にはちゃんと相手の話を聞く。
人気者の氷水は昔も今も同じような完璧美少女なわけだ。
そういや高校はもっと上を狙えるのになぜかここの友出居高校を選んだよな。
その理由は幼馴染の俺も知らない。いや、知るわけがない。
親同士は仲良いが、子供間ではそんなに。別に俺は嫌いじゃないし、向こうもそのはず──と信じたい。
小さい頃は家にお邪魔することもあったが、あいつはあまり部屋から出てこなかった。
ずっと勉強していたことだろう。完璧の裏にはたゆまぬ努力があるはずだから。
「──ふーん、そっか。七海くんは生徒カイチョーの家に出入りできるんだね」
「そんな年パスじゃねぇんだからさ。まぁ、なんだ。お土産渡すとか、そういった用事とかではたまにな。最近はあんま行ってないけど──」
「忍びこもう」
「は?」
「生徒カイチョーの家に忍びこもう! そこで弱みを見つけて、ワタシたちが活動できるように脅す! どう?」
「どう? じゃねぇよ! 何言ってんだ⁉︎」
「いい? 七海くん。世の中に完璧な人なんていないんだよ。隠すのが上手なだけ。そして隠すのが上手い人ほどその中身はヤバいんだよ……!」
すっげー悪い顔で目をキラキラ輝かせてる。
「ういちゃんもそれでいいよね!」
日向が振ると、初月は反射的に二度頷く。
「じゃあ明日! 七海くん家に集合ねー!」
勝手に決めやがった! しかも俺の家知らないくせに!
さすがにテスト対策しないといけないのに、『今日は重大ミッションだからね!』と、翌朝にはグループRINEで日向のセリフとよく分からん鼻水垂れた犬のスタンプが送られていた。
初月も加入したことで、失恋更生委員会のRINEグループをファミレスにて作ったわけだけど、やたらと日向がうるさくてしつこい。文面でくらい静かにしろ。
そういやグループといえば、誰かの手によってクラスのグループから退会させられてたな……。
まぁ、そうなるだろうと思ってたけど、案外みんな露骨にするよな。こう直接的過ぎるというかなんというか……
「──そこ、廊下を走らないで」「あなたたち制服着崩し過ぎです」「いちゃつかないで、不純異性交遊です」「あなたは歯をしっかり磨きなさい……」
スマホを触りながら廊下を歩いていると、朝からやたらと怒っているやつがいた。そのせいで学内の空気が重い。
こんなにも生徒に注意できるような人は教師、もしくは──
「七海周一、スマホをしまいなさい」
氷水沙希。生徒会長しかいない。
今日はやけに厳しいな。いつもは菩薩のように生徒に優しい氷水が、ところ構わず注意するなんて。
そういや昨日も俺らの話を聞かずに問答無用で解散させたしな。
スマホを休み時間に触っていても問題ないし、そもそも持ち込みを可能にしたのは生徒会長本人だ。
「なんですかその目は。適当に理由付けて退学にでもしましょうか?」
怖っ⁉︎ 菩薩じゃなくて鬼だこれ⁉︎
昨日の俺たちの活動に目をつけられての厳しさかと思ったが、どうやら対象は全生徒全先生。
この日の氷水は人が変わったようだった。八つ当たりかのように目に付く人々に注意をしていた。
迎えた昼休み。
氷水のその変貌ぶりに、学内の話題はそれで持ちきりだった。
そして、これについてはあの女も興味津々であった。
「七海くん七海くん‼︎ すごいよすごいよ! ちょー匂うよ‼︎」
俺のことじゃないからな。
「生徒カイチョーから失恋の匂いがする! それもかなり強力な匂い! マシュマロの匂いがする!」
マシュマロの匂いって何。
なんで失恋センサーの例えは匂いがよく分からないものなんだよ。
「あいつが失恋? 振るなら分かるけどフラれるなんてことはあるのか?」
「え〜、まだ七海くんはワタシのセンサー疑ってるの? ワタシが言うんだから絶対だよ! ね! ういちゃん!」
ちょうど食堂(本部は没収されているので)に来たばかりの初月に話を振るな。
何の話か分かんなくてとりあえず首を縦に振るしかなくなってるから。
「これは、放課後が楽しみですなー。ふっふっふっー!」
「まさか、氷水が失恋した原因を知れば、弱みを握れると思ってないよな」
「え、そうだよ」
「それだと失恋更生委員会の目的とブレないか?」
「七海くーん、まだまだ社会の理不尽さを知らないみたいだね〜。目的の前にワタシたちが存在しなきゃ目的も何も果たせないじゃないかー」
別に今までのように勝手に一人でできるだろ。
「それに、生徒カイチョーが失恋をしてるなら! その悩みを知り! 励まし! 更生させるのがワタシたちの仕事! 弱みを握るというより、更生させることでワタシたちへの貸しを作らせよう! それが目的!」
外道でしかないなこの女。
とにもかくにも俺たちの居場所を確保するために、氷水沙希宅潜入作戦が始まった。
これを世間では不法侵入という。
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