Case.6 想いが声に出ない場合


「じゃあ、早速告白練習しよっか。これを相手だと思って告白してみてー」

「俺をこれって言ったか⁉︎」


 告白練習。

 俺を想い人に見立てて、シミュレーションするみたいだ。ったく、何の説明なしにいきなり始めるんじゃねぇよ。

 初月は日向の指示通り、俺の目の前に立つと、勇気を振り絞って目を合わせ…………って、めちゃくちゃ可愛いな!

 クリッとした目、ぷにっとした小さい唇。肌も白くてぷにぷにしてそう。

 どうやらインドア系らしく、ウルトラヴァイオレットに晒されないおかげで、まるで下界に舞い降りた天使──拳を握って頑張ろうとする姿に、ついつい惚れてしまいそう。

 これは守ってあげたい……庇護欲を掻き立てる可愛さだ!

 そう思うと相手が羨ましい。こんな可愛い子から告白されるなんて。

 って、そうだ。シミュレーションで代理とはいえ、俺も今からこの子から告白されるんだ。

 めっちゃ緊張する……‼︎ 告白(失敗例)したことはあるけども、告白(例)されるのは初めてだ……!


「七海くんが緊張してどうするの。腐りかけのサクランボみたいな臭いするよ。ちゃんと代理を果たして!」


 ぬぅ、日向にバレてたか。

 って、誰が腐敗しかけのチェリーだ! せめて新鮮であれ!


「よし、初月さん。ドンと来い」


 初月はコクリと頷くと、声を振り絞った。


「・・・・……!」


「…………んん? え、初月さんもう一回……」

「・・・・……‼︎」

「………………」

「・・・・‼︎」

「何言ってるか分かんねぇ!」

「んー? ちょっと待って! 拡大したら分かるかも!」


 拡大? 何言ってるんだこいつは。いつものことだけど。

 日向は何かしらの特別な方法で初月のセリフを拡大する。


「『すきです……!』 一応告白はしてたみたいだね」

「・・・・って縮小され過ぎた文字かよ!」


 初月は恥ずかしそうに顔を隠す。


「これじゃフラれるどころか結局聞こえなかったっていうオチになるぞ」

「そんなラブコメは困るなぁ〜、ちゃんとフラれて貰わないと〜」


 別に俺らが困ることは何一つとしてないが、まぁ、初月がやり切れないよな。


「よし! じゃあまずは声を出すところから特訓だね! 目指せ100db!」


 パチンコ店よりうるさくなってどうすんだ。

 ただ、このままではマズいと、俺たちは初月に声を出させるために特訓を始めた。



   **



「まずは基本発声からー! あ! え! い! う! え! お! あ! おー!」


 演劇部等でよく使われる発声練習。

 日向はバッチリだが……


「ぁ……ぇ、ぃ、ぅ、ぇ、ぉ、ぁ、ぉ……」

「よし! まずは文字が見えるようにはなったね!」


 静寂の中でなら聞き取れるように。

 少しの成長。音量アップ。



   **



「みなさん! 失恋していませんか! ワタシたち失恋更生委員会が、みなさんの失恋を更生させます! ほら、ういちゃんもなんか言って!」

『あ……ぅ、よ、よろしくおねがいしますぅ……』

「みんなよろしくー!」


 駅前での宣伝活動。人前に立つことを慣れるためだ。

 初月は拡声器を使っているので、強制的に声が届いている。慣れていけば少しずつ拡声器のボリュームを下げていくようだ。


「にしても何で学校じゃなくてこんなとこで」

「失恋は別に学校だけに限らないからね。幼稚園児からおじいちゃんおばあちゃんまで、失恋は等しく訪れるよ。恋なんて人生百週目でも上手くいかないもんだから」


 だそうだ。

 初月の強化ついでに外部への宣伝。まぁ、確かに名前や活動内容のインパクトは十分にあるし、リーダーはやかましいし。

 人目に晒されることがあればそれだけで宣伝にもなり、初月の特訓にもなる。


「初月さん、別に無理して付き合わなくていいんだぞ」

『いえ、お二人がわたしのために手伝ってくれてますから……!』


 震えながら拡声器で話しているためにノイズが混じっているが、まぁ、何とも可愛らしいではないか。

 くっ……守ってあげたい……。



   **



「──俺には彼女がいるんだ。だからごめん、ありがとう」

「……ぁ、ぅ……」


「はい、カーット‼︎ ういちゃん、ここは堪えて~。泣くのはワタシたちが来てから。今は『そっか、ごめんね。変なこと言っちゃって。また明日学校で』的なことを言わないとー」

「……む、むずかしいよ……」

「ここで変に相手に気を遣わせたら、ういちゃんが更生したとしても、相手がずっと気になって気になって、結局浮気とかに繋がっちゃうかもしれないよ。今後、変なもつれを起こしたくなければ、ここでキッパリスッキリさせないと!」

「ぅ……ぅん……」


 ずっと一緒にいて音量に慣れてきたからか、徐々に彼女の言葉が聞き取れるようになった俺たち。

 それでも声はまだ小さく、一部わからないところもあるが。


「はい、もう一回! アクション‼︎」


 いつの間にやら胡散臭い映画監督の格好をした日向はカチンコを鳴らした。


「……雨宮あまみやくん。わ、わたしは雨宮くんのことが好き、です……」


 雨宮って言うのか。羨ましい奴め!


「俺には彼女がいるんだ。悪いが付き合えない」

「……そっか、ごめんなさい。変なこと言っちゃって……い、今のは忘れて……」

「はいカーット‼︎ うん。まぁなんか、いいんじゃないかな」


 なんと最後は適当な……。

 まぁ、フラれる準備と段取りはできたか。


「あり、がとう……いろいろ手伝ってくれて……」

「それが失恋更生委員会ですから! じゃあもう夜遅くなってきたし、今日はここまでだね。応援してるから明日告白してね」


 初月は頷く。

 が、すぐに自分がとんでもない決断をしてしまったことに気付く。


「あ、明日⁉︎ いきなり本番って心の準備とかいるだろ……」

「え? フラれるの分かってるのに準備とかっている? いるのは覚悟だけでしょ。覚悟なんて後にも先にも決めれば同じなんだから」

「そりゃそうだが……」

「延ばせばういちゃんはその分ずっと苦しむだけ。告白なんて両想いなことを改めて確認する儀式でしかないからさ。どうせ失恋するならいつどこでも変わらないよ」


 そういうものなのか……。俺は改めてあの告白までの自分が自意識過剰であったことを思い知る。


「……します。わ、わたし……明日、傷付きます」


 初月は既に覚悟が決まっていた。

 なかったのは俺の見届ける覚悟の方だったか。



   **



 初月は俺たちと一緒に帰宅する前にお手洗いに行った。

 その間、俺は色々と日向が散らかした物を片付けていた。


「フラれるの分かってて告白するなんて、初月さん結構強いよな」

「そだねー」

「……早期決着させるつもりかもしれねぇけどさ、結局はうまく行くってこと分かってんだろ?」

「んー? どういうことかな七海くん」

「男ってのは馬鹿な生き物だからさ。どんな奴でも自分を好きでいてくれるのは嬉しいもんなんだよ。ましてや告白もするわけだし。浮気……遅かれ早かれ雨宮って奴が今の恋人と別れたら、次は初月がその枠に入るってことだろ。それってつまり成功とも言い切れるだろ」

「七海くん、最初から何言ってるか分かんないし、つまんない」

「なんでだ!」

「最初からずっと言ってるでしょ。ワタシたちは失恋更生委員会。失恋を応援する組織だよ。恋愛成就させようなんて微塵もないよ」

「なら、なんのための告白特訓だったんだよ。俺たちは一体何を応援してたんだ」

「だから、さっきから言ってるじゃん。覚悟だよ」

「覚悟……?」

「……ま、明日はも用意してるからだいじょぶだいじょぶ! 七海くんは見てるだけでいいから」


 日向はそう言ってケタケタと笑った。

 秘密兵器って何するつもりだ。まさか、フラれたことをなかったことにするために爆弾でも投げて、その場をめちゃくちゃにするつもりじゃないだろうな。

 冗談が冗談であってほしい。


「それに──あ、おかえりー」


 何かまた話そうとしていた日向だったが、初月が帰ってきたからこの話は終わりだ。

 もう外は真っ暗。俺たちは一緒に帰ろうと、


「あ、七海くん先帰ってていいよー。今からワタシたちはガールズトークするから、ねー!」


 ……なぜか、ハミられた。

 初月は感謝の意を込めて頭を下げていたけど、急にボッチになってしまった俺は悲しい。

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